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いつ伝えようかと思案して、決意してから五日。
練習中にフラップとマリアンナが話があると言ってきたことで、報告だとレイスリーネは顔を輝かせてハイドラを見た。
その表情は困った子だなといったような笑みだ。
「その、フラップと婚約したの」
「おめでとう二人とも!」
「フラップが申し込んでくれて、書類ももう出したの」
照れながらのマリアンナの報告に、おやとレイスリーネは首を傾げた。
「早いね」
「口約束で宙ぶらりんは嫌だったからな。ん、早い?」
「だって申し込んだの五日前でしょ」
「なんで知ってるんだ」
「まさか」
声を震わせる2人に、レイスリーネは「ごめん見てた」とあっさり白状した。
途端二人は悲鳴を上げる。
「部屋に入ろうとしたら込み入った話をはじめたから出られなかったんですよ」
「じゃあ報告するまでのこと、全部見てたの!?」
「ごめんね」
そりゃ恥ずかしいよなあと思いながら、のたうち回る二人を生温い目で見てしまう。
そんな微笑ましい気分でいると、マリアンナがこしょりと耳傍で囁いた。
「私も頑張ったから、レイスリーネも頑張って」
「そ、それは、うん!」
激励を貰って、レイスリーネは力強く頷いた。
「私、頑張るよ」
「その意気です」
ということで次の休みにハイドラをタウンハウスに招待しようとしたら、それより先に公爵家へと招かれた。
現在テーブルについてお茶が運ばれてきたところだ。
告白の場所にはこだわらないけれど、なんだかハイドラの雰囲気がいつもと違う。
気軽なものではなさそうで、レイスリーネは内心そわそわと落ち着かなかった。
お互いお茶にも手をつけずに静かに向かいあう。
口を先に開いたのはハイドラの方だった。
「実は大事な話をしたくて招待したんです」
「大事……」
「先日フラップ達が婚約しようと会話していたのを訊いたでしょう? 他にも理由はあったんですが、ようやく伝える決意がついたので、それで決めたんです」
大事で、伝えたいこと。
しかも婚約関係。
まさかとレイスリーネから血の気が引いた。
好きな人が実は出来ていて婚約を解消するだとか、もっといい正式な婚約者の候補が見つかっただとか。
(告白する前にこんなの、あんまりだ)
じわりと赤い瞳に水分の膜が広がる。
「レイスリーネ、実は」
「や、やだ!」
思わず出た言葉に、ハイドラがぱちりと目を瞬いた。
その言葉とレイスリーネの瞳に、いぶかしげな色が目に浮かぶ。
「婚約解消、やだ」
瞬きひとつでぽろりと涙の粒が頬に零れ落ちる。
それで堰を切ったように、後から後から涙が頬を滑った。
怖くてハイドラの顔が見れず、両手で顔をおおって俯いてしまうことしか出来ない。
それでもしゃくり上げそうな喉からせり上がる熱い息を、浅く呼吸しながら繰り返した。
「やだ……」
ハイドラが自分以外の人間と婚約して、隣に並ぶのはレイスリーネには耐えられない。
(あの瞳に映るのは自分だけがいい)
満月を思わせる瞳。
それを生涯自分のものにしたい。
カタリとハイドラの立ちあがる様子に、レイスリーネはぐっと息を呑み込んだ。
迷惑だと出ていくかもしれない。
そう思っていると、そっと顔を埋めている両手に手をそえられた。
「レイスリーネ」
自分の予想とは裏腹に、存外近い場所から訊こえた声にレイスリーネは恐る恐る顔を上げた。
そこには膝をついてレイスリーネを見上げるハイドラの瞳がある。
その目はやわらかな色をたたえて、まっすぐにレイスリーネへ笑いかけていた。
はじめて触れられたときから大きいと思っていた手で両頬を包まれる。
「婚約解消なんてしません。私はあなたが好きなんです」
言葉が頭に入ってきた瞬間、レイスリーネは顔をくしゃりとさせた。
そんな顔をすれば、ますます庇護欲の駆り立てられる顔になる。
「嘘だよ」
「本当です、だから解消はしません。大事な話は逆で、私の安全を守るためではなく本当のものにしたいという話です」
じわじわと浸透する内容に、レイスリーネはハイドラの手を濡らしながらきょとりと目を丸くした。
あまりにも想定外だ。
「本当に?」
「ええ」
「……私も好き。ハイドラのこと大好きだよ」
泣き笑いの表情で告げれば、ハイドラが嬉しそうに瞳をしならせる。
その顔は今まで見てきたどれよりも、幸せそうな表情だった。
「今日はこれも渡したくて」
言いながらハイドラが差し出したのは小さな小箱だった。
不思議そうに見やると。
「あなたに」
と言われたので、そっと手を差しだして受け取る。
おそるおそる開くと、そこには外国産の意匠が施された凝った髪飾り。
見覚えのあるものだった。
ハイドラに贈ったものと同じ意匠だ。
驚いて顔を上げると、ハイドラが悪戯が成功したような顔で笑っている。
「懇意にしている店に注文していたんです。これが出来上がったら伝えようと思っていたので、今まで婚約のことをハッキリ言いませんでした」
ハイドラの言葉に目を丸くして、もう一度髪飾りを見る。
髪飾りはハイドラの物のようにシンプルではなく、可愛らしい形と意匠だ。
レイスリーネの髪にもよく似合うだろうことが伺える。
「可愛い」
「こういったデザインが好きだと思ったので」
その言葉にパチリとまばたくけれど、そういえばハイドラには好みなんて何もかもバレているのだと思い出して苦笑してしまう。
何粒かついている石は琥珀色だ。
「ハイドラの目の色だね」
「ええ、レイスリーネに私の色を身につけてほしかったので」
その言葉に「あっ」と思い出す。
「私の色が欲しかったって、もしかして……」
「ええ、あの頃にはレイスリーネが好きでした」
優しく笑うハイドラに、レイスリーネはぱちりぱちりと何度か睫毛を上下させた。
「全然わかんなかった」
「あなたは私の恩人ですし、同情した男は嫌じゃないかと思ったんです」
「同情じゃない。だってその目を見た時から惹かれてた。辺境でずっと一緒にいて、それが当たり前になって、嫌な事なんかひとつもなかったよ」
「そう言ってくれて嬉しいです。私も、あなたの外見も内面も、全部ひっくるめて好きですし大事です」
そんなことを言うのはハイドラだけだ。
ぐすりと鼻をすすって、でもと眉を下げた。
「公爵家の嫡男と次期辺境伯じゃ成立しないって」
「噂ですね。それはもう私が婿入りで解決しています」
「え!」
寝耳に水だ。
思わずレイスリーネの涙も引っ込んだ。
「お父上にはすでに話を通してあります。レイスリーネが受け入れれば、婿入りは確定です」
「いつのまに。でも公爵家は?」
「ちゃんと話し合いましたよ。弟が頑張ってくれるそうです。私が学園にいるあいだに出来る限りのサポートをして体勢を整えることになっています。だから、心配はいりません」
そこまで万全に外堀を埋められているとは思わなかった。
でも、ハイドラの努力を知っているレイスリーネとしては、ここで簡単に頷くことは出来なかった。
「そんな簡単に決めちゃっていいの?あんなボロボロになるまで勉強頑張ってたのに」
「問題ありません。場所が変わるだけです。あなたが言った通り、これまでやってきたことが私を作っているのなら、それらすべてであなたを支えたい」
ぐっと泣きそうになるのをこらえてレイスリーネは頬に添えられている手に自分の手を重ねた。
「ずっと一緒にいてくれる?」
「勿論です。ずっと一緒にいましょう」
泣き濡れてぐしゃぐしゃの顔だけれど、レイスリーネにとっては人生最高の日だと思えて、弾けるような明るい笑みを見せた。
ちなみに急によそよそしくなった理由を訊かれ、恋心を自覚したからだと言いにくそうに告白すれば、ハイドラの方は先程言ったとおり辺境にいたときには好きだったらしい。
よく考えたら自分もそうだっただろうに気づかなかったレイスリーネは、そんなそぶり見せなかったのにと自分の鈍さを棚上げして拗ねたのだった。
そして心配していたベアトリーチェ関連のトラウマは吃驚するほど無いらしい。
ただただスケジュールがしんどかっただけで、辺境にいるあいだに完全にどうでもよくなったと言われた。
それもレイスリーネのおかげだと言われれば、何かしただろうかと思いながらも嬉しく感じたし、心配事が杞憂に終わって安心した。




