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練習場のドアの前に到着して手が離れたけれど、ひどく名残惜しく思えてレイスリーネは思わず再び煩悩退散と呟いていた。
そうでもしないとハイドラの手のひらの感触にばかり意識がもっていかれそうだ。
ドアノブに手をかけて、ほかの少し開いたときだった。
マリアンナとフラップの会話が訊こえてくる。
そこで、おやとレイスリーネは首を傾げた。
何だか二人の雰囲気がいつもと違う。
なんとなく緊張感がはらんでいるような気がするのだ。
「あの、あのね、いつも練習につきあってくれるから、こ、恋人とかいないのかなって。その、好きな人いたら誤解されないかなって思って」
「恋人も、好きな奴も、いない」
何だか会話がぎこちない。
これは甘酸っぱい空気というものではないだろうか。
一応レイスリーネだって年頃の少女が好む恋愛小説を読んだこともある。
「ど、どうしよう、どういう状況?」
慌ててハイドラの方を、助けを求めて見てしまった。
「しぃ、入らない方がいいです」
ハイドラの助言にこくこくと同意するように頷いているあいだにも、室内の会話は進んでいた。
「マリアンナは? 誤解されたくない奴とか」
「いない、わ」
「好きな奴は?」
「あ、ああの」
そっと隙間からなかを覗くと、マリアンナが真っ赤になってフラップを見ている。
もうこれはそういう流れだろうと、思わずレイスリーネは拳を握って応援してしまう。
「……俺?」
「……はい……あの、ごめんなさ」
「あのさ! その……マリアンナの家に婚約、申し込んでもいいか?」
「……嬉しい」
カップル誕生の瞬間を見てしまった。
思わず声を上げそうになったレイスリーネを、ハイドラは再び手をとって速足でそこから離れた。
さきほどは名残惜しいとか言っていたけれど、そんなものは吹っ飛んでしまった。
ある程度離れたところで手を離されると、解放とばかりにまくし立てる。
「わ、わああ! お祝いしたい、今からでも戻って言っちゃ駄目かな」
「今は邪魔はしない方がいいですね。二人が伝えてくるまで待ちましょう」
「そっか、そうだね」
おめでたいと思いながら、真っ赤になっていたマリアンナを思い出す。
「好きって言うの、勇気いっぱいいるんだろうね」
「そうですね」
ぽつりと零すと、ハイドラが存外真剣な声で返事を返す。
おや、と思って顔を見るとまっすぐにレイスリーネを見つめていて鼓動が跳ねた。
何かを決意したように強い眼差しがレイスリーネを貫く。
(ハイドラの目が好きな自覚はあったけれど、どんな表情を浮かべてても好きなんだな)
改めて自分のなかの気持ちが確固たるものになる。
「今日はもう帰りましょうか」
そういえば二回も手を繋いだのに、二度目は何も余韻に浸れなかったなと残念に思う。
前を歩く背中を見て、マリアンナだって勇気を出したんだから、自分だって気持ちを伝えようとレイスリーネはぐっと唇を引き結んだ。
拒否されるかもしれないけれど。
(伝えないままなんか、絶対嫌だ)




