4
そして満足いくまで歩きまわり、退館する。
思い出すのは少年の顔だ。
だいぶ顔色が悪く肉付きも悪かったけれど、顔立ちは整っていた。
健康で前髪がなかったら、女性好きのするものだろう。
でも、と顔立ちよりも目を惹いたのは。
「お月様の目、綺麗だったなあ」
レイスリーネの好きな、満月のような瞳。
一瞬で目を奪われた。
同時に、でもなあと思わず腕組みする。
せっかくの月色の瞳は暗く沈んでいた。
完全に目が死んでいる。
まるで三日前に死んだ魚のような目だ。
あれはいただけない。
「せっかくあんな綺麗な瞳なら、もっとキラキラしてるところ見たいな」
なんならいっそ自分の手で磨きたいとすら思う。
「ま、名前も知らないし。夜会が終わったら帰るしなあ」
とても残念だ。
まんまるいお月様。
せっかく気に入ったのに、と思いながらレイスリーネはタウンハウスへと足を向けた。
□ □ □ □ □
「あ、来た」
「え?」
図書館の入り口で朝早くから入館していく人を眺めていたら、お目当ての人物が現われるのが見えた。
二日間会話をした少年である。
入口付近のベンチに座っていたレイスリーネがちょいちょいと手招きすると、少年はとまどいながらも近づいてきてくれた。
「来てくれてよかった。待ってたんです」
「私をですか?」
ぴょいと立ちあがると、レイスリーネは満面の笑みを浮かべた。
通り過ぎる何人かの人間がチラチラとレイスリーネを盗み見していく。
本人は歯牙にもかけていなかった。
「王都まできて唯一話したんだから、挨拶したいなと思って」
「挨拶、ですか」
「社交デビューの夜会が終わったら、領地に帰るので」
「社交デビュー……明日のですか?」
「そう」
社交デビューと訊いたとたんに、少年の口元が強張った。
顔色も、いつにもまして悪い。
大丈夫か訊きたいけれど、名前も知らない二度会っただけの人間が踏み込んでいい出来事かもわからない。
ならば気づかなかった振りの方がいいだろうと、レイスリーネは結論づけた。
「夜会の翌日には帰るから、もう図書館で会うこともないかなって」
「そう、ですか」
「だから、はい」
レイスリーネはバッグから小さな袋を取り出した。
それはレース地のものを袋にしてリボンで結んである。
レース地からうっすら透けて見えるのは小ぶりの焼き菓子だった。
にこりと笑うと、少年が一瞬動きを止める。
前髪の下からでも、戸惑った様子がよくわかった。
「いつも顔色悪いから、ちゃんと食べてないのかなと思いまして。食はおろそかにしないい方がいいですよ」
まだ止まっている少年に、レイスリーネは押しつけるようにぐいと焼き菓子を差し出した。
「それ、結構並んだお店のとっておきなんです。おすそわけ」
「……ありがとうございます」
そっと焼き菓子を受け取ると、少年は小さく笑った。
髪のあいだから金色の瞳が細められているのが見えて、いい気分になる。
今日もお月様は健在だ。
まだ死んでるけれど。
「あなたと話すと元気をもらえました」
「そうですか? 元気すぎるってよく言われますけど」
肩をすくめると、ふ、と少年が声を小さく出して笑った。
いつも疲れたような顔をしていたから、笑えたならば何よりだ。
「じゃあ私はこれで」
「ええ、お元気で」
くるりと背中を向けて数歩歩く。
そこで言い忘れたことを思い出して、レイスリーネはくるりと振り返った。
パールピンクの髪がふわりと舞う。
「私もあなたのお月様の目を見れてよかった」
レイスリーネの言葉に、少年はポカンとしたように口を開いてその場に棒立ちになった。
言いたいことを言ったレイスリーネは満足気にガーネット色の瞳をたわませて、今度こそ歩き出す。
「あ、さよなら!」
少年のいつもより大きな声がちょっとおかしくて、レイスリーネは足取り軽く歩き去った。
とっておきの焼き菓子で少しは元気になればいいけれど。




