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いつも通りフラップたちと合流して食堂の一角に腰を下ろす。
二人は席を外そうかとこっそり訊いてきたけれど、絶対にテンパって何かしでかすから同席してくれと懇願した。
席はハイドラがさっさとフラップの横に座ってしまったので、声をかける暇もなかったと若干落ち込む。
それでもフラップたちが振る話題のおかげで沈黙はまぬがれたので、なんとかハイドラとも会話は出来た。
ちらちらとハイドラを盗み見て、時たま目が合うとそらしそうになる。
そのたびにマリアンナが制服をちょいと引っ張って勇気づけてくれた。
(そうだ。こういう反応はハイドラのトラウマに触れるかもしれないんだ)
そう思えば、自分の照れなど二の次だ。
なんとか奮起して、へらりと笑って見せた。
レイスリーネのその反応に、ハイドラが一瞬視線を手元に落としてから顔を上げた。
そして口を開こうとしたとき。
「やあ奇遇だね」
聞きたくもない声がレイスリーネたちのいるテーブルに近づいてきた。
眉をしかめてハイドラから目線を移す。
今何かハイドラが言いかけたのにと、いっそ殴り飛ばしたい気分になってくる。
近づいてきたのは予想どおりリーブスだった。
こいつ相手なら簡単にマウントを取って殴れるのになと思い、内心物騒な考えがよぎる。
レイスリーネがそんなことを考えているとはつゆ知らず、リーブスは見慣れたくもないのに見慣れてきたいやらしい笑みを浮かべていた。
「やあレイスリーネ嬢」
「近づくな、名前を呼ぶなって言わなかった?」
「仲良くしたいって言っただろ?」
あいかわらず人の話を訊かない。
ベアトリーチェといい勝負だ。
テーブルに手をついてリーブスはレイスリーネの顔を覗き込んできた。
顔を近づけるな、顔を。
打算やら傲慢さがありありと浮かんだ目がイラつきを増幅させる。
(気持ち悪い目。ちっとも綺麗じゃない)
ハイドラの澄んだ瞳とはえらい違いだ。
「おい、馴れ馴れしくするな。婚約者の前だぞ」
見かねてフラップが口を挟んだ。
ハイドラはまっすぐに二人を見ているけれど、強張った表情をしている。
もしかして最近のレイスリーネの態度のせいで、リーブスと仲がいいと思われてやしないだろうかと不安がよぎる。
遺憾の意しかない。
「別にいいでしょ。婚約者だったベアトリーチェ様からも適当に扱われた、価値のない奴じゃないか。捨てられるなんてまるで廃棄物だ。レイスリーネ嬢も飽きてきたみた———」
リーブスの言葉は最後まで続かなかった。
肩を抱こうとした相手、レイスリーネ本人に止められたのだ。
フォークを右目に突きつけられて。
リーブスの方を見ることもなく、予備動作もまったくないものだった。
「ひっ」
リーブスの口から情けない声が出るのと、周りが一斉にざわめいたのは同時だった。
フラップやマリアンナも息を飲んで、動揺し瞠目している。
ハイドラだけがわずかに目を丸くしただけだった。
リーブスへの対応に反応しただけで、レイスリーネのスピードや動きに驚いている様子はない。
「触らないで」
「な、なに、を」
「仲良くする気もないし、触るなとも言ったわ」
「だから、て」
動けば眼球に傷がつくかもしれない。
レイスリーネはそんなへまはしないけれど、リーブスにそんなことがわかるわけがない。
喉を震わせ、何度も不規則にあえぎながら何とか言葉を発していた。
「ナイフじゃなくてフォークなのは何でだと思う?」
「し、しらな」
「フォークの方がえぐりやすいからよ」
リーブスの悲痛な声に、レイスリーネは何てことがないように返答する。
その言葉にリーブスの喉から「ひぃ」と引きつれた声が漏れた。
慌てて離れようとしたのを許さず、空いていた手でリーブスの胸倉を掴む。
フォークをかまえた手はそのままなので、リーブスは腰を折った負担のかかる体勢で一ミリも動けないでいた。
「わ、わかった!もう、近づかない。話しかけたりしない!」
「そう」
「だから、は、離してくれ」
悲痛な声に、リーブスの顔すら見ていなかったレイスリーネが、ようやく恐怖に歪んだその顔を赤い瞳で見やった。
「ハイドラが価値のない廃棄物ですって?」
フォークをぐっと近づければ、さらに情けない声が食堂に響いた。
誰も止めるための声を上げることが出来ない空気だ。
「レイスリーネ、そこまでで」
空気を緩ませたのは、似つかわしくない穏やかで柔らかい声だった。
フラップやマリアンナが緊張した面持ちでハイドラを見やる。
食堂にいる人間もハイドラを見たあと、恐る恐るレイスリーネを見やった。
その目は誰も彼もが恐怖を浮かべている。
リーブスがハイドラにすがるような目を向けたけれど、本人はレイスリーネに気にしなくていいと言うようにゆるく首を振った。
その仕草に、なんとか腹のなかに瞬間的に溜まった怒りを散らす。
そしてリーブスにちらりともう一度絶対零度の視線を向けた。
「……庇ってくれてるのに謝罪も無し?」
「わかった!悪かった、撤回する!」
もういっそ泣き出しそうな涙声に、ようやくリーブスの胸倉を離してフォークを持っている手を引いた。
「二度と私達に近づかないで」
言い放つと、リーブスはその場にへたり込んだ。
完全に腰を抜かしている。
それを一瞥したあと、レイスリーネは目の奥が熱くなってくるのを感じた。
ガタンと勢いよく立ち上がる。
その動きに、集中していた視線が怯えるような色を持っているのがわかったけれど、レイスリーネにとってそれはどうでもいい。
「先に戻ってる」
言うなり速足でレイスリーネは食堂を出ていった。




