36
バシンと入れすぎなくらい気合いを入れて、レイスリーネは自分の頬を叩いた。
白磁に一滴バラ色を落としたような美しい頬がいつもより赤くなる。
レイスリーネの中身を知らない人間が見たら悲鳴を上げていただろう。
朝、制服に着替えたレイスリーネは鏡の前で気合いの入った自分の姿を見た。
「よし!」
昨夜学校から帰ったあともべそべそと泣いたけれど、一晩たって気持ちを切り替えたのだ。
元来うじうじと引きずるのは性に合わない。
悩んでいる暇があるなら行動した方が建設的だ。
「要はハイドラに好きになってもらえるように頑張ればいいのよ」
結論はそれしかない。
気合十分で登校し、早々にくじけそうになった。
あいもかわらず群がる女生徒。
あれを突破するのはやっぱり無理だなと思って、はたと気づく。
いつもはハイドラが声をかけてくれていたから突破する必要がなかったのだ。
今朝はそれが無くて、頭を鈍器で殴られた気分だった。
そのあともいつものように目があわない。
そういえば昨日から、お月様だと自分が例える瞳をまともに見ていないことに気づいて余計に落ち込んだ。
全部自業自得とはいえ、しんどいものがある。
そして食堂でも隣に座るぞと意気込んでいたのに、ハイドラがさっさとフラップの横に座ってしまった。
やはり頭を殴られたようだった。
昨日これを自分はハイドラにやったのだと思うと、地面にめり込む勢いで頭を下げたい。
それでもなんとかとハイドラに話しかける。
「お、おいしいね」
「そうですね」
さらりと流された。
表情も控えめな笑みだ。
最近の柔らかいものではなく、会ったばかりの頃の他人行儀なもの。
そんな顔、二度と見たくなかった。
会話が続かず、ダラダラと冷や汗をかきながらスプーンを見下ろすけれど、打開策なんてない。
放課後もハイドラは席を外すと帰ってしまったので、練習場には三人しかいなかった。
言われた時ちょっと泣きそうになったのも自業自得だとぎこちなく頷いたあと、思い切ってマリアンナの練習を休みにしてもらい、三人で輪になって座る。
「で、相談って?」
「ええと、実は好きな人のことで相談が……」
「ハイドラだな」
「ハイドラね」
「な、何で!」
しどろもどろに切り出したら、二人一緒に口を揃えられた。
「そもそも婚約者だろ。それに見てたらわかるしさ」
「わかるの!? 私昨日、自覚したばかりなのに」
「は!?」
「え!?」
またもや二人の口が揃った。
仲がいい。
「冗談よね?」
「まさかハイドラからどう見られてるか、わかってないのか?」
「恩人で仮の婚約者でしょ」
レイスリーネがあっさり答えると、フラップは手に顔を埋めて大きくため息を吐いた。
「え、何? なんなの?」
「なんかハイドラが気の毒になってきた」
「何故……」
意味がさっぱりわからない。
そんなフラップとのやりとりに、マリアンナがはいと小さく手を上げた。
「つまり今日はハイドラとの仲を取り持ってほしいということなのかしら」
「いや、そんなんじゃないよ。ただ、その、好きになってもらうにはどうすればいいかと」
「そのまま好きだって言えば解決だ」
「投げやりにならないでよ」
あきらかに面倒くさそうに返すフラップに、レイスリーネは可憐な唇を尖らせた。
誰もが甘やかしたくなるような表情で眉を下げる。
「そりゃ嫌われてはないと思うけど、恋愛対象に見られたいんだよ」
両手の指をすり合わせながらしどろもどろに主張するレイスリーネに、フラップは顔を顰めた。
「面倒くせぇー」
「見込みないかな?」
「いやもう全部すっ飛ばして告白しようってば」
「ちょっとでも振られる可能性を低くしたいんだってば」
今度は天井をあおぐフラップにレイスリーネが泣き言を言うと、マリアンナがパンと手を打った。
四対の瞳がマリアンナへと注がれる。
「わかった。どのみち今ハイドラと距離があるわ」
「意識したら上手く顔見れなくて……」
「あれだけベタベタしといて何をいまさら」
「黙って。いい? 好きになってもらうのも大切だけど、ハイドラに嫌いじゃないって知ってもらうのが大事よ。今のままだと嫌いなんだと誤解されるわ。それは嫌でしょ?」
「……やだ」
ポツリと返せば、マリアンナはそのあどけない顔をにっこりさせた。
「じゃあさっそくレイスリーネがハイドラと仲良くしたいと思ってることを知ってもらいましょう」
そんなわけで、ここにハイドラへ対する同盟が結成された瞬間だった。




