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またか!と叫びたくなる。
「本当、なんなのあんた」
もはやとりつくろうこともなく、あんた呼ばわりだ。
「仲良くしたいって言っただろ」
「だからベアトリーチェ様と仲良くしろって言ってるでしょ。取り巻きみたいなものなんだから」
リーブスは心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
「そんなんじゃないよ。トキーノは王族を守るってことに酔ってるみたいだけど、僕は違う」
「ベアトリーチェ様の恋人なんじゃなかったの。婚約者になるんでしょ」
「それなんだよね。ハイドラと婚約破棄すれば高位貴族はみんな拒否してるから、ベアトリーチェ様自身が新しく公爵位を与えられると思ってたのに、そんな様子がないし」
その伴侶に収まるつもりだったのか。
ハイドラを蹴落した理由がとても不愉快この上ない。
「ベアトリーチェ様は陛下に可愛がられてるから、いけると思ったんだけどね。王太子殿下がそれを許さないみたいなんだ。計画は破綻しそうだし、泥船にいつまでもいたって仕方ないだろ」
クズじゃん。
レイスリーネの頭のなかにはそれだけだった。
まごうかたなきクズ野郎だ。
「それで何で私につきまとうわけ?ほかの女の子のところに行きなさいよ」
それなりの顔立ちはしているのだ。
相手をしてくれる女生徒の一人や二人いるだろうに。
「だって爵位につく子に婿入りしないと、平民になるだろ。でも伯爵家以上は大体が婚約済みだし、それ以下は興味ないんだ」
「私も婚約済みなんだけど」
うっわあとドン引いていると、リーブスはおかしそうに肩を揺らした。
「どうせそのうち解消するでしょ」
「勝手に決めつけないでくれる」
「ベアトリーチェ様があれだけご熱心なんだ。癇癪起こしてでもハイドラと婚約しようとするだろうし、君を排除しようとするよ。嫌な目にあう前に離れるべきだ」
「それでうちに婿入りしたいって?」
反吐の出る話だ。
庇護欲のある表情とは裏腹に、レイスリーネの赤い瞳は嫌悪感を滲ませていた。
「そういうこと」
「おことわりよ」
「噂でもまわってるけど、跡取り同士が結婚なんて無理でしょ。お互いせっかくの地位が約束されてるのにそれを捨てるなんて、どうせそのうち言い争いになる」
「そんなことは」
「破綻するのは目に見えてる。君は見た目はとびきり極上だから、中身がろくでもなくても妥協してあげるよ。僕は優雅に暮らせれば、それなりの我慢は出来る」
リーブスの言葉に、レイスリーネの喉がぐっと詰まった。
まただ。
見た目はいいのに中身は野蛮人、ろくでもない、魅力がない。
そんな評価ばかりだ。
(外見だって中身だって、全部あわせて私なのに)
足元に視線を落とし、きゅっと唇を噛んだ。
それをどう思ったのか、リーブスの声が楽しそうに跳ねて近づいてくる。
「まあ、それなりに可愛がるくらいはしてあげるからさ」
頭の中がグルグルしていたせいで、リーブスが目の前に来ているのに気づかなかった。
ぐいと肩を抱かれて、背筋が粟立つ。
気持ち悪さに思わず体が固まって動けなかった。
突き飛ばしたいのに、指先が冷える感覚がする。
(何してるの私!振り払わなきゃ)
早く離れたい一心で動けと自分を叱咤していると、逆方向から強引に腕を引っ張られた。
今度は何だと思っていると、ぽすりと何かに包まれる。
その感覚と匂いに、いつも魔力練習するときの感覚を思い出して力が抜けそうになった。
顔を上げると、やはりハイドラだ。
立ち止まっていたから追いついてきたらしい。
レイスリーネを胸に抱き込んで、苛烈な眼差しをリーブスに向けている。
「人の婚約者に何をしているんです」
「別に、ちょっと話してただけだよ」
「なら、どうして触れていたのです」
「具合が悪そうだったから支えただけだよ」
悪びれないリーブスに、むしろお前のせいで顔色が悪くなったのだとレイスリーネは詰め寄りたい。
「ベアトリーチェ様の元へ帰ったらいかがかと」
「ベアトリーチェ様とはもう終わったんだ。今は新しい婚約者を探し中」
「だったら婚約者のいない人間に声をかけることをお薦めしますよ」
口調はおだやかだけれど、声は硬質だ。
見上げたハイドラのお月様の目は燃えるような瞳に冷たい顔だ。
なのにレイスリーネは怖いとは思わない。
「僕が誰と仲良くしようと勝手でしょ」
それだけ言うと、リーブスはさっさと歩き去ってしまった。
ようやく姿が見えなくなったと思っていると「はあ」とハイドラが大きく息を吐く。
思わずびくりと肩を跳ねさせると、慌てたようにハイドラが腕の中にいるレイスリーネの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
その声にのろのろと目を合わせて、こくりと頷く。
「顔色が悪いですね」
「そ、かな」
肩を抱き込んでいるハイドラの腕の体温に、リーブスとの違いをまざまざと感じた。
(あいつに肩抱かれたときは気持ち悪かったのに……ハイドラの腕の中は安全って思える。安心する)
何故だろうと思っていると、ハイドラの腕が肩から離れた。
「あ……」
「レイスリーネ?」
「なんでもない」
離れるのが嫌だなんて思った自分に驚いた。
体を離したハイドラが、なにかに気づいたようにそっとレイスリーネの顎をすくう。
「唇が赤くなってますね。噛んでしまいましたか?」
桜色の一部が赤く腫れていることに気づいたらしい。
「嚙み切ってはいませんね、よかった」
ほっとした声と眼差しは優しい。
それを感じた瞬間、パチンとレイスリーネの体のなかではじけた音がした。
(私、この人が好きだ)
頭にその言葉が浮かんだとたん、レイスリーネは一気に顔を赤らめた。
そして目の前のハイドラを見るのが、なんだかひどく恥ずかしくなってくる。
「どうしました?まさか私が来る前に何かされましたか?」
「う、ううん、大丈夫」
じりじりと後ずさりしながら、レイスリーネは頭のなかで悲鳴を上げた。
お気に入りのお月様の瞳に見つめられることが、落ち着かないにもほどがある。
今まであれだけガン見してきたというのにだ。
まるで発火したように頬といわず顔全体が熱くなった。
途端に挙動不審な様子になると、レイスリーネはきょろきょろと忙しなく視線をさまよわせた。
「あの、今日は、ちょっと、今すぐ、帰る、ね」
「体調が悪いのですか?」
心配そうに覗き込んできた顔は今までは平気な近さだけれど、今のレイスリーネには平静を装っていられない近さだ。
「だいっじょうぶ!念のため、念のために今すぐ帰りたいだけだから」
レイスリーネの訳のわからない捲したてにハイドラが不思議そうな顔をするけれど、だったら馬車へと言われてしまった。
それはいけない。
よくよく考えなくても送迎されているのだ。
密室に二人きり。
無理だと心中で盛大に叫んでしまうし、今すぐレイスリーネはハイドラから離れたい。
「一人で平気! というか、そう! しばらく送迎もいらない。しなくて大丈夫だから!」
「待ってください! それはどういう———」
「それじゃあ!」
ハイドラの返事は待たずにとにかく走り出した。
トップスピードではないけれど、ハイドラではレイスリーネの走る速さにはついてこれないだろうから大丈夫なはずだ。
両手で熱い頬を押さえながら、レイスリーネは口のなかで何度も「どうしよう」を繰り返した。
もしやこれが恋というやつだろうか。
本で読んだことはあるけれど、こんなに動揺するものだなんて聞いてない。
一目散にタウンハウスへ逃げ帰ると、レイスリーネは制服を着替えることすらせずベッドへ飛び込んだ。
そして勢いよくローリングする。
「恥ずかしい! こんな、ハイドラの前にいるだけで恥ずかしいなんて! どうしよう……明日からまともに話せる気がしない」
ひとしきり騒いでから、レイスリーネは枕にぼふりと顔を埋めた。
「私の馬鹿。いつか解消前提の婚約なのに好きになるとか、こんなの不毛な恋じゃない」
久しぶりにレイスリーネは泣きそうだと思った。
その日の夜、ハイドラから手紙が届いた。
体調は大丈夫か、明日は迎えには行かないけれど学園で会えるのを楽しみにしている、という内容だった。
その文面を見て、またじわじわと頬に熱が灯る。
「もしかして辺境にいたときから好きだったのかな私。というか、もしかして最初に目を見た時から?」
よくよく考えたら初対面の相手の瞳を気に入ったからといって、こんな事態になるものだろうかと考え込み、いやならないなと結論が出た。
結果、ハイドラが特別だったのだ。
ほぼほぼ一目惚れだったらしい。
そして出会ってからの自分のやりたい放題な行動を思い出して、レイスリーネは穴があったら入りたいと落ち込んだ。
「とにかく明日は挙動不審にならないようにしよう」
レイスリーネは固く決意した。




