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「王都って人が多いな」
軽くあたりを見回しながらレイスリーネ・チュクシオンは感心してしまう。
お洒落に飾られた店には貴族や裕福な家の者らしき人々が入っていく。
向かいから歩いてくる令嬢たちも煌びやかだ。
「辺境とは全然違う」
一大イベントのために王都にやってきたので、ハッキリ言い切ると田舎者だ。
けれど領地とは違う雰囲気は珍しくて、楽しい。
レイスリーネはふわふわとした淡いパールピンクの髪を揺らし、ガーネットのように赤い瞳をきょろりと動かす。
髪と同じ睫毛が瞳にかかると、とても可憐だった。
顔立ちも瞳以外が小ぶりで、なおかつ髪の色も妖精と呼んでも差し支えない色合いだ。
職人が端正込めて造った繊細なお人形のような見た目は、あらゆるものから守ってあげたくなるような庇護欲をかきたてるものだった。
通り過ぎる人間が思わず道をゆずり、二度見したり立ち止まって見つめたりする。
そのとき、背後から「ひったくりよ!」と声がした。
振り返ると金持ちそうな夫人が叫んでいて、大柄な男が戦利品らしき鞄を持っていた。
「どけ!」と声を荒げながらレイスリーネの方へと向かってくる。
「危ない」だとか「逃げろ」と周りが声を出すけれど、レイスリーネはいたって平然としていた。
男が目の前まで来たところで、邪魔だとレイスリーネを突き飛ばそうとする。
その腕を逆にとって、ふわりと踊るように男の体を捻らせた。
仕上げに膝の裏をガンと蹴倒して、地面に転倒させる。
儚い妖精のような少女の暴挙に、男も周囲も唖然としていたけれどレイスリーネは気にせず鞄を夫人に渡して早足でその場から離れた。
お礼だなんだと足止めされるのはごめんだ。
レイスリーネはまったく気にせず予定先の図書館に到着し、入館した。
歩調をゆるめて、本棚をひとつひとつ通り過ぎていく。
「うちの図書室もなかなかだけど、やっぱり王都の図書館は凄いな」
気になるものがあれば借りたいけれど無理なんだよなと、どんどん本棚を通り過ぎていく。
ここから先は専門書らしいなと足を止めると、そこには脚立に乗って本を取っている少年がいた。
なんというか、若干ふらついているのが危なっかしい。
落ちたら危ないと思い、レイスリーネは一応声をかけようかなと近づいた。
「あ!」
途端、頭上から声がして分厚い本が二冊落ちてくる。
「危ない!」
頭上からの声に慌てもせず、レイスリーネはちらりと視線を上げて最小限の腕の動きで本を二冊受け止めた。
結構な厚みのある本だなと思っていると脚立から慌てて少年が降りてくる。
「すみません!大丈夫ですか?」
「大丈夫。反射神経いいから」
目の前に立った男にそう返すと少し戸惑っている雰囲気だ。
反射神経がいいとご令嬢に言われて困惑したのだろうか。
目の前の人物は長い前髪に隠れて、表情はよく見えない。
一言で言うなら不健康そう。
おそらく銀髪であろう髪は、背中までありひとつに結ばれているけれど、艶が無くてパサパサだ。
その髪のあいだから見える肌も、あきらかに栄養不足で水分も感じられない。
年は十五歳のレイスリーネと近く見えるけれど、不健康というよりもくたびれて見えた。
服装から貴族の子息だとは思うけれど、見えている手首が細いし頬もげっそりとしている。
背が高いせいで、よけいに貧相に見えた。
(この年齢でこんなくたびれてるとか、ある?)
真面目に心配になってくる。
ううーんとまじまじ目の前の少年を見つめる。
その視線に動揺している雰囲気が伝わってくるけれど、疲労困憊しているように見える少年に、レイスリーネは小さなバッグから取り出した飴を差し出した。
「あげる」
「え?あの……?」
「なんか疲れてるように見えるから」
「それは」
レイスリーネの言葉に、少年は困惑しながらも言葉を詰まらせた。
その手を取ると「ちょっ」と少年が動揺してみせる。
前髪の下から見える頬はほんのり紅潮していた。
気にせずその手に飴を無理やり掴ませる。
「甘い物は疲れが取れるよ」
それだけ言うと、レイスリーネは他の気になる書棚も見ようと、少年に背を向けて歩き出した。
「あの、ありがとうございます」
控えめながらもしっかりとした声のお礼に、肩越しに一度振り返ってレイスリーネは笑いながら、ひらりと手を振ってその場を離れた。
結局そのあともうろうろして図書館を出たけれど、あの男の子は果たして大丈夫なのかと何となく気になった。




