封印
結果からいえば、被害は大したことはなかった。
滅剣の継承者がハルディンに到着後、移送中に突如として彼の体から赤黒い炎が出現し、小爆発を起こした。しかし、レムの咄嗟の機転で展開した結界のおかげで周囲に被害がでることを防ぐことに成功。すぐに炎は消え失せた。
結果だけをみればそれだけのことだった。
「この流れはまずいな」
そう呟くようにいったフゥは今にも頭を抱えそうな口調だった。
「いや、マジで危なかったな。レムの対応が遅れていたら怪我人がでていたぜ」
そういったのは壁に背を預けているラナ。名前が上がったレムは疲れた表情をしている。
「暴走の原因は不明ですが、術式の痕跡は確認できたものの…周囲に外部から介入したような魔法的な痕跡はありませんしたわ。おそらく彼自身に何か術式が施されているものと思われますわ」
ふぅ、と溜まった疲れを吐き出すように長く息をついた。その隣に座っているアーティも現状を憂鬱そうな顔をしている。
「移送と同時に滅剣の発動…今回の小暴走の件、箝口令は敷きましたが…果たしてどこまで機能するか」
人の口には戸は建てられない。どれだけ言うなといったところで噂程度には広がってしまうだろう。滅剣の継承者が危険だと。いつ、何を条件として爆発するかわからない危険物をいたずらに持ち込んだようなものだった。
「ごめんなさい、私がエンゲージしたばかりに」
いたたまれなくなったィリーリアが耐えきれず、謝る。
「姫さまが悪いなんてことはないですよ!エンゲージする相手が見つかるということは喜ばしいことですから!」
シュンと縮こまるィリーリアの姿に、アーティが慌ててフォローするが、それでも想ってしまう。なにも彼じゃなければよかったのに、と。
「で、その話題のやつは、いまは大丈夫なんだろうな?」
ラナのいう話題のやつとは間違いなく、彼――コウのことだろう。
「えぇ。結界は念の為、維持していますがあれ以降、意識を失ってそのままですわ」
レムの答えにラナは「けっ」と面白くなさそうに悪態を付く。
ィリーリアは彼が暴走した時、彼の感情や気持ちが流れ込んできたときを思い出す。
(すごく痛かった)
強い自責の念とでもいうのだろうか。無理やり自分の胸に押し込まれる自分のものではない感情に、痛みすら覚えた。
いまだどうだろう。
胸に手を当てて、集中する。
エンゲージして繋がりができたからであろう。意識し集中するとなんとなく彼のいる場所や状態が分かる。たぶんこれが繋がっているということなのだろう。
皆がなにか考えるように口をつむぐ中、レムがぽつりと独り言を話すように口を開いた。
「…せめてなぜ暴走したか分かれば対処のしようがあるのですが」
「―あ」
ィリーリアには思い当たる事があった。おずおずと口を開く。
「あの、違うかもしれないけど、原因がわかるかも…」
「姫さま、本当ですか?!」
ィリーリアの言葉にアーティがいち早く声を出していた。全員の注目がィリーリアに集まる。ィリーリアはこれから言おうとすることにいまいち自信を持てないが、思い切って口を開く。
「…はい、その、彼――コウくんとエンゲージして繋がりができたからわかったのだけど、暴走する直前、彼の心の叫び…自分が悪いんだ、死ななくちゃいけないって彼の心は叫んでいた」
そうだ。思い返せば、思い当たる。あの瞬間、確かに彼の悲痛な声を聞いた。
【僕は死んだほうが良い。罪があるから償うために死ななくちゃいけない】と。
「それは――」
「何か言おうとしたアーティを遮って、レムがガタンと椅子を揺らし、身を乗り出した。
「姫さま、それは重要な鍵ですわ!なるほどなるほど、だからこそ罪人のような扱いをしていたのですわね! それならば全て納得がいきましたわ!」
ビクリと大きな声でまくしたてるレムにィリーリアは驚き小さく飛び上がった。
「フフフ……」と上品に笑いながら、一人で納得している。その様子は傍目から見ていてもちょっと怖い。
「な、なぁ? 頼むから俺等にも分かるように説明してくれねぇか?」
腰の引けたラナが言う。
「ふふ、あ、私ったら。申し訳ございませんわ、一人で納得してしまって」
こほん。モノクルを直し、レムは一転して研究者の目になる。
「それで、レム。何が分かったのですか?」
何も見なかった体で聞くアーティはすごい、とィリーリアは素直に感心する。自分だったら、いきなりテンションがあがったレムに対して平然と質問を続けられる自信がない。
「滅剣の力なのですが――彼の“罪の意識”を条件に、封印が作動すると見てよいですわ」
「罪の意識……?」
「はい。封印術の一種。彼が力を使おうとするとき、“罪人である自分が使っていいのか”という躊躇いを自動で挟む。――罪人という楔を、精神に打ち込む術式ですわ」
「つまり、彼は罪人であるという事に意味があったため、あのような仕打ちを受けていた、ということですか?」
「えぇ、そのとおりですわ」
レムは熱を帯び、言葉が加速する。
「さらに言えば、これは個人の封印ではありません。彼を罪人という役割に当てはめ、周囲の扱いでその自己認識を固定する――社会構造ごと利用した封印とみてよろしいでしょう」
「……ッ」
ィリーリアは喉の奥が冷えるのを感じた。
社会構造ごと利用した封印。その言葉はとてつもなく大きな動きを匂わせている。
「そして、暴走の瞬間に露呈した“刻印の位相”と、姫さま――陛下がエンゲージ越しに感じた心の動き。あれが一致していますわ」
「一致……?」
「ええ。彼の中にあったのは、恐怖だけではない。“死ななくてはいけない”という衝動。つまり――」
レムは言い切ろうとした。
「自ら死ぬことで滅剣という大規模な力を行使するような術式が――」
レムの早口は止まらないと思われたが――
「……まて」
殺気を帯びた冷たい声が、それを遮った。今にも切りつけそうな顔をしたフゥだった。
レムは勢いのまま口を閉じ、叩きつけられる殺気の視線を真っ向から受け止め、真剣な表情でモノクル越しにフゥを見る。
フゥは椅子から立ち上がっていない。ただ、刃のような眼差しだけが突き刺さっていた。
「お前、いま何と言った」
「……【自死を条件に発動する術式】の可能性、ですわ」
「可能性?」
フゥの声が低くなる。
「ここは推理を披露する場ではないはずじゃ。――陛下がエンゲージした相手の【死】を条件に話すな」
吐き捨てるような言い方だった。
「……」
ィリーリアの指先が、膝の上で固くなる。自分でも気づかないうちに呼吸が浅くなっていた。
フゥとレムの間で視線がぶつかり、緊張感が高まる。ラナが慌てて手を上げた。
「いや、落ち着いてくれよ! レムが言ってること、もし当たってたら最悪だろ!? だからこそ早く――」
「黙れ」
フゥはラナを一瞥で黙らせ、視線をレムに戻した。
「どこまで確証を持って言っている」
「……確証を持つと、言い切るにはまだ足りておりません」
レムの声色は冷静な研究者のものだった。
「ですが――これまで得た三つの事実からかなり確度の高い推論ならございます」
「レム、説明を順に。短く」
アーティが促すと、レムは頷く。
「第一に、封印の【位相】ですわ。暴走の瞬間、力が噴き出したのに、拡散が起きなかった」
「拡散が、起きなかった?いや、まて。おかしいだろ、現に力が漏れて暴発したじゃねぇか」
ラナが眉をひそめる。そうだ。暴走した力をレムが結界を張って抑え込んだのをその場にいた全員が見ていた。
レムは首を振る。
「私は漏れた力をせき止める結界を張っただけです。ですが思い出してみてください。漏れた力はすぐに彼の中に綺麗に戻っていませんでしたか?」
レムはモノクルの縁を指で押し上げる。
思い出す。確かにレムはあの時、結界を張り被害を防いだだけだ。滅剣の力はすぐに消えたように見えたが、あれは戻っていたのか。
「滅剣の本来の力であればもっと広範囲に拡散、ないしは残留するはずです。それがなかったのは内側へ押し戻す【枠】がある。――封印ですわ」
フゥは黙っている。否定しない。
「第二に、陛下とのエンゲージによる繋がりで得た内容」
「……」
ィリーリアは身を強張らせた。
思い出したのは、あの彼の、乾いた声。自分に言い聞かせるような――。
レムは一瞬だけ柔らかい目をしたが、すぐに研究者の目に戻る。
「陛下が感じたのは、【殺意】や【憎悪】ではない。義務感に似た衝動――『罪人であること』『死ななくてはいけない』」
「それが、術式に繋がる理由は?」
アーティが核心を突く。
「特定の力をみだりに行使させたいために施される封印術は、魔力だけでなく【精神状態】を条件に組み込みます。特に、自罰や贖罪は――極めて安定した条件ですわ」
レムは自信をもって言い切る。
「【罪人である】という自己認識が固定されれば、術式は揺れない」
フゥが、ようやく口を開いた。
「……それでも自死トリガーは飛躍だ」
「飛躍ではありませんわ」
レムは即座に返す。
「第三の根拠。これまでの滅剣の継承者の存在と社会構造を巻き込んだ術式そのもの」
「続けろ」
「帝国側の戦時記録によれば、滅剣の継承は、継承者の死によって行われる。これは事前にわかっていたことですわね」
「そうじゃな。我々が認識しているだけでも継承者が死ぬと次の継承者が現れておる」
フゥの言葉にレムが頷く。
「ですが、この巨大な力を扱える人間がそうそう生まれと思いますか?」
「無理じゃろうな」
「えぇ、私もそう思いますわ。ですが、事実として帝国は事あるごとに滅剣の力を使っている。そして罪人を仕立て上げる刷り込みが行いやすい社会構造がある。では、この3つからある仮説が立てられます―」
一度言葉を切る。息を軽くすい決意した表情をする。ごくりと誰かが唾を飲み込む音がした。
「組織的な滅剣継承を利用した自爆兵器の製造ですわ」
ラナが青ざめる。
「え、まじかよ……」
「あくまで仮説であろう」
冷たく切り捨て、睨むようにフゥがレムを見る。
「えぇ、フゥ殿の言うとおりですわ。ですから調査をお願いしたいのです」
フゥの目が細くなる。
「よかろう。その仮説を前提とし、孤児院と歴代の滅剣の継承者たちの経歴を調べさせよう」
レムは息を吸い、机に指先をおいた。
「そして私は、術式を解析いたしますわ」
「解析にはどのくらいかかる見込みですか?」
アーティの問いかけに目を伏せ一瞬考える。
「…一、いえ、二週間いただければ」
「ではその二週間、暴走の危険性がある小僧の処遇をどうするか、それが問題じゃな」
処遇言葉は冷たく響き、ィリーリアの胸に突き刺さる。彼を一人、黒い牢獄のような場所に閉じ込めるのだけはいけない。衝動に駆られるように口に出す。
「彼―コウくんを一人にしてはいけないと思う」
「えぇ、姫さまの言う通り、彼を一人にするのは危険ですわ。可能なら誰か一人監視を兼ねて護衛につけるのが良いとおもいますわ」
レムが同意しつつ条件を言う。
「じゃあ、どうすっか。誰か一人つきっきりってのは無理があるだろう」
ラナの言うことはもっともだ。みな立場があり忙しい。一日やそこらであればなんとかなるだろうが、毎日となると業務が滞る。どうしようかと考えたときにアーティが小さく手をあげた。
「では、信頼できる近衛をつけましょう」
「人選はどうするのじゃ?」とフゥが聞くと、アーティは即座に「ダグ=マイヤーがよろしいかと」と答える。その答えにフゥは顎髭を撫でながらしばし考え「確かにあやつならば適任じゃな」と同意した。
一度物事が転がれば、決まるのは早い。
コウにかけられた封印術はレムが時間を作り解析することになり、コウは近衛の監視のもと、城内の一定区画に限り、自由行動を許すなど、細かいことが取り決められていった。
「…やはり、背後関係を徹底的に洗う必要があるのぅ」
ぼそりと呟かれた声をィリーリアは聞き逃さなかった。声は落ち着いていたが、今にも爆発してしまいそうな怒りのこもったフゥの声だった。
フゥのその怒りはィリーリアにも理解できた。いや、その場にいる全員が理解していただろう。
孤児院に売られた過去をもち、劣悪な環境で幽閉されていたうえに、罪の意識と自死を選択するような自身を罰する感情を植え付けられた善良な一般市民。それが全て本当だとしたら―
(なんて酷いことを)
願わくば彼の幸先が幸せなものであることを。そう思わずにはいられない。
そのあと細かいことを決めるため、なんだかんだと会議は、夜更けに終わった。
レムの解析には二週間かかる見込み、その間、万が一があってはいけないので、信頼できる近衛を付ける。人選はダグ=マイヤー。ィリーリアも知っている。さらさらと柔らかい金髪が印象的な優しそうな好青年だ。
コウは城内の一定区画に限り、自由行動を許されることになった。
王の四人はみな優秀な人たちだ。決まるのも事が進むのも早いが――
――決まるのが早いほど、胸が落ち着かない。
一人、廊下に出たィリーリアは、足を止めた。城は静かだ。見上げた空には漆黒の天幕にぽっかりと浮かぶ、銀色に月。星々はどこかよそよそしくぎこちなく光っている。
とても静かな夜だ。だが、静けさの下には、すでに別のものが流れ始めている。
移送中の小暴走。箝口令を敷いたとしても、噂は、遅かれ早かれ城内に染みていく。
ィリーリアは思う。
彼は、牢の中で「罪人」という役割を押し付けられていた。自由が与えられたら、喜ぶのではなく――むしろ、怖がるのではないか。
自分を許すことすらしらない彼が心配になる。逃げ道があるほど、逃げ方を知らない自分が露わになるから。
「……せめて、怖がらせないように」
独り言みたいに呟いてから、ィリーリアは自分に苦笑した。
怖がらせない、など。相手は滅剣の継承者で、自分は女帝で――エンゲージで繋がってしまった当事者だ。
もう、何をしても【影響】は出る。




