罪と暴走
その言葉に、全員が理解できないといった顔をしていた。
「不思議ですわよね。そう、彼はまるで罪人であることを強要されているようでしたわ」
モノクルをクィっと持ち上げたレムの表情は真剣そのものだった。
「いえ、むしろ罪人である、その刷り込みが重要な要素なのかもしれませんわ」
その話が本当であるとしたら、滅剣の継承者とは一体どんなものなのだろうか。
レムの言葉に一同が黙り込んでいると、アーティが何かを決意したように、口を開いた。
「フゥ殿、一度背後関係を洗うことはできますか?」
「もちろん可能じゃ」
アーティの言葉にフゥは即座に頷いて見せる。
「ありがとうございます。特に彼がいる孤児院とお金の動きも含めていただけると助かります」
「そうじゃのぅ、ただの身辺調査とは勝手が異なるゆえ、深く潜る必要がある。時間はかかるぞ」
「構いません。お願いします」
「承知した」
アーティがフゥに頼んだのには理由がある。彼は黒竜であり、黒竜は闇魔法を得意としている。闇魔法は隠匿や気配遮断といった隠密行動に適しているため、潜入、調査、情報収集といった諜報活動が得意であったためだ。
「あ、フゥ様。私からも一つお願いしてもよろしいですか?」
レムが小さく手を上げながらフゥに言う。
「なんじゃ、この老骨をこき使おうというのか」
肩をわざとらしく叩き老人アピールするフゥに、レムは軽く笑いながら応じる
「ふふ、フゥ様はまだまだ現役でしょう。…私からのお願いは、滅剣の継承者に関する帝国内での評判を、農村部と帝国首都の両面から集めていただきたいのです」
レムの言葉に、すぐにその意図を察したフゥは「ほぅ」と鋭い眼差しを向ける。
「ふぅむ。そういうことならば、まかされぃ。戻り次第すぐに手配するとしようかの」
まったく、老人使いが荒いことだ、という言葉とは裏腹にフゥの眼光は鋭かった。
3人の話をききながら、ィリーリアは都市部と農村部の評判の違いから何がわかるのか、ピンとこなかった。ィリーリアはそのまま疑問をぶつけてみることにした。
「レムは評判の差で何か気がかりなことがあるの?」
質問が来るとはおもっていなかったレムは聞かれて少し驚きの表情を見せたが、すぐに何か考えるように目を伏せ言葉を濁し、めずらしく言い淀むレム。自分には言いにくいことなのだろうとィリーリアは察する。
「まだ、言えないこと?」
「言えないことではないのですが、まだあくまで検証したい状況なので、確証を得るまではお待ちいただけますと助かりますわ」
にこりと柔らかに笑いかけるレムはそれ以上は何もいってくれそうになかった。いずれ教えてもらえるならそれはいいかと、レムを信じてィリーリアは割り切ることにした。
「わかった。レムの報告を待つ」
レムはィリーリアが、未熟な女帝が判断するうえで必要なものだけを伝えるよう努めているのだ。様々な情報を精査するには経験も知見もない今のィリーリアが聞いてもただのノイズにしかならないだろう。
ィリーリアは自分自身の現在地を正確に把握している。
「申し訳ございません」
本当に申し訳なさそうに目を伏せるレムに、逆に申し訳無さが湧き上がる。自身の不明から臣下にそのような顔をさせるのは不本意極まりない。
「レム、私は大丈夫よ。「今はまだ」ということをちゃんと分かっているから」
黙礼するレムにィリーリアはにっこりと笑って見せた。
これでこの話はおしまいとばかりに、3人の話題は彼の受け入れかたについて話し始めた。
関係ない訳では無いが自分が口を挟むことはない。
ィリーリアは手持ち無沙汰になり再び窓の外に目を向ける。
(そういえば、彼を抱きしめた時、嫌じゃなかった)
倒れ込んできた彼を咄嗟に抱きしめたのだ。我ながらなんて大胆なことをしてしまったのだろうと、今更思い出して、恥ずかしさが込み上げてくる。
(すごく細かった、臭いだってあんなに…)
ちゃんと食事を与えられていないのだろうし、体だっていつ拭いたのかわからないくらいの臭気と汚さだった。普通なら目を背けるようなものなのに。
(…嫌じゃなかった)
自分の心が分からない。私はどうするべきなのだろうか。答えは出ない。
「―という方針で彼の者は王宮の宿舎に仮住まいをさせようと思いますが、よろしいですかな、ィリーリア様」
不意にフゥから言葉をかけられ、ィリーリアは意識が引き戻された。
わからない。何も聞いていなかった。
「表向きは帝国からの亡命者で、大戦時の協力者、命を狙われている可能性が高いため、警備が厳重な王宮で匿うことで、エンゲージの形が判明するまで、当面は衆人の目から隠す。ということですよ」
口をほとんど動かさず、ィリーリアにだけ聞こえる声量でアーティがすかさずフォローしてくれた。
「その方針でいいと思います」
内心でありがとうと、お礼を言いながら、ィリーリアはフゥに答えた。
レムが人差し指を口元にあて思い出すように人間の名前を口にする。
「そういえば、彼の名前はコウというそうですよ」
コウという名前なのか。苗字がないあたり、平民の出なんだろうなとィリーリアが思っていると、フンと鼻息を荒げながら面白くなさそうにフゥが口を開いた。
「小僧の名前なんぞ、覚えんでもよかろう」
「フゥ殿。心配なのはわかりますが、リリィが初めて感じたエンゲージです。態度を改めてください」
フゥの態度をたしなめるようにアーティが言うと、まるですねた子供のようにそっぽを向く。
「言われんでも、わかっとるわい。ただの意地じゃ」
フゥの態度にアーティは「いい歳して子供か」と内心で呆れた。こうなってしまってはしばらくほっとくほかないことを皆よく知っている。
『盛り上がってるところ悪いが、そろそろつくぜ』
頭に直接響いたそれは、ラナの声がテレパシーで届くと、体が横にふられる感覚がし、ゆっくりと旋回しているのを感じられる。
窓の外に目を向けると、雲海にぽっかりと浮島が見えてきた。
大空を悠然と漂うように浮かぶその巨大な島こそ、空中庭園ハルディン。
雲海の上、白亜の建物と緑の木々が美しく配置され、神話の中に迷い込んだような景色を望めただろう。そこは竜人族を中心に様々な種族が住み、皇女ィリーリアを中心に4人の王が統治する封建国家の名前である。
◇ ◇ ◇
真紅の翼を広げラナが滑空を始めると、籠の中にいるコウは浮遊感を感じていた。もう少しで目的地につくのだろうとなんとなく察した。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、コウは先程、抱きしめられたことを思い出す。
(きれいな人だったな…)
柔らかく、温かい。優しく抱きしめられた時に感じた花の匂いは孤児院で育てていた百合の花を彷彿とさせ、懐かしい気持ちにもなった。
保護したい。そう彼女はいっていたが、自分のようなものを保護するとは到底思えない。
(僕はやはり処刑されるんだろうか)
そうされても仕方ないとコウは思った。それだけの罪を自分は負っているのだから。
ふぅ、と長く息をつく。溜まった熱が体の外に出ていくと心が少し軽くなった気がした。
それは、ようやく終わるという安堵か、もう終わるという諦観からか。よくわからなかった。
何気なく外を見ると、ちょうど着陸場へゆっくりと降下しているのが見えた。おそらく【姫さま】帰りを待ちわびているであろう、竜人族の兵士たちが整列して出迎えの準備をしているのが見える。
竜車はその大きさに見合わない柔らかな着地とともに、浮遊感から解放されたコウの心にはどこか浮き足立つような心持ちが生まれていた。
そんな事を考えていると、雑に扉が開け放たれるとどこか不機嫌そうなフゥが入ってきた。
「小僧、ついたぞぃ」
有無を言わさずぐいっと手を掴まれ引っ張られるが、思ったより力が入っていない。こちらを気遣うような力だった。
(あれ?ちょっと優しい?)
強引にひっぱられたものの、そこにはコウに対する気遣いが有る気がした
「ほれ、はよ歩かんかい!」
どんと背中を押されるように引っ張られると、籠の外に放り出されるようにして歩み出た。
びゅぅと冷たい風に煽られ前髪が激しく揺れた。鼻腔を擽る花の香りと土埃。フゥに引きずられるようにして連れ出された瞬間、眩しさとともにコウはどこか懐かしい思いに駆られた。
眩しさに目を細める。少しずつ慣れてくるとゆっくりと状況を認識できる。
コウが立っているのは籠にかけられたステップの上だ。周りより1、2メートルほど高いためか周囲がよくみえる。
そこは石畳が突き出るようにあり、自分はその突き抜けた場所にいる。周囲にはきらびやかな白銀の甲冑を着た兵士たちが大勢いる。姫さまの出迎えなのだろう。すでにアーティと姫さまは降りて出迎えにきた騎士たちに労いの言葉をかけているようだ。
初めての光景に興味が先行し、きょろきょろとあたりを見回す。
落ち着きなく周囲を見回しているコウを、フゥは咎めることをせず仕方がないとでも言いたそうな表情をしていた。
数年ぶりの外なのだから、コウの反応は致し方ないものだろう。
石畳の先は雲だろうか、白いモヤが流れているようにみえ、時折、強く吹き抜ける風が作る切れ間から、青い空が見える。
ここはもしかしたらすごく高いところなのかもしれないと、コウは思った。
内陸部出身のコウは知る由もなかったが、そこは港のような場所になっている。ただ違うのは縁より向こう側にあるのは海ではなく雲海だ。竜の住まう空中庭園ハルディンであった。
もう少し雲海を覗き見ようと首を伸ばしたその時―
―ゾク。
肌を舐められるような気持ちの悪い視線が刺さる。
全身の毛が逆立ち、這うような視線にゾワゾワと背筋が震える。まるで背中に冷たい水を流し込まれたような怖気だった
「……っ!?」
視線に耐えきれず、視線の元を探そうと見回す。
うまく言えないが、視線に悪意が詰まっているのだ。
籠は周囲より視線が高いからよく見える。
周囲に出迎えの騎士たちの人数は4、50人はいるだろう。
みんな槍と白銀の鎧を着こなし、整然と並ぶ姿はそれだけですごい。しかしコウに対して視線を向けているものはいなかった。
「何をキョロキョロしておる?」
先程の興味が先行した態度と異なりどこか必死になっているコウを訝しみフゥが聞く。
気持ちの悪い視線の気配はすでにない。もしかして自分の気のせいだったのかもしれない。
「す、すみません…」
不審な視線を向けてコウを見張っているフゥに慌てて謝り、階段状の梯子を降りる。
「ほれ、はよせんか」
警戒しておどおど歩いていたら、フゥに見咎められた。大人しく後について、兵たちが両脇に控える間を歩くと―
―ゾクッ!
今度こそ感じた。粘りつくようにコウを見るその視線。それは覚えのあるもの。
嫌悪、憎悪、敵意、反感、殺意、害意、怨恨、呪詛。それはコウに向けられた数多の視線だった。
気付かなかったわけじゃない。濃密過ぎて認識できなかったのだ。他の人が気づくわけがない。その視線はまっすぐにコウに向けられた感情なのだから。
(ああ、そうか、僕が罪人だからだ)
ズン……と、胸の奥が痛む。
心臓の鼓動が、何かに共鳴するように高鳴る。ドクンドクンと早鐘のように打ち付ける。視線が圧力となってコウを責め立てる。
お前は大罪人だ、死んで償え、生きてる価値などない。はやく消えろ。誰かのためにいなくなれ。
「…あっ」
ぐらりと視界が歪む。レムの咄嗟の機転で展開した結界
手を見ると、黒い紋様が脈打ち、どくんどくんと何かが脈動している。鼻の奥から鉄錆の匂いがしたとおもったら、どろりと赤い血が、ぽたぽたと地面を濡らす。
手の甲が熱い。
刻まれた刻印が熱を持っていた。
その熱は皮膚を這うように脈動する。それはまるで皮膚の下から這い出そうとするように蠢く。
ひどく気持ち悪くて胸が痛む。
「む、小僧、どうしたのじゃ?」
前を歩いていた老人が振り返る。その目はこちらに死ねと言っているように見えた。
―胸が痛い
「えっ…この感情は、つッ!!!」
老人の背後で銀色の女の子が胸を突然抑えてうずくまったのが見える。何かが伝わった気配を感じる。
―胸が、痛い、手の甲が熱い
(僕は、ざいにん…)
―手の甲が熱い
苦しい、体を無理やりこじ開けられる。
痛い、自分が壊されている。
そしてそれは決してよくないものだ。世の中にだしてはいけないものだ。でも自分が死ぬためには出さなくちゃいけない。
―ジュクジュクと全身の熱が手の甲に集まり膨れ上がっている。
抱え込もうとしてもできない。どうにかするため、痛みにのたうち回りながら周りを見る。
―手が燃えている。思わず手の甲を抑える。
皆がコウを見ている、早く死ねと、死んだほうが良いと。罪があるからあの黒い牢獄に戻らなくちゃ。
―めりめりと膨大な熱が皮膚を突き破られる感覚。ああ、何かが弾けた。
「いけない!」
緑の髪の女の人が飛び出してきた。
(ああ、ごめんなさい)
傷つけてごめんなさい。そして赤くて黒い炎が僕から吹き出した。




