古い社
社へ行った。
古い社だ。
何が祭られていたのかも分からない。
誰が祭っていたのかも分からない。
誰が来ていたのかだって――。
ここにいるのは一匹の猫。
不思議そうにこちらを見上げている。
いつ来てもここに居る。
僕が幼い頃からずっと。
今、八十の坂を超えたのにあの頃のまま。
当然のように。
「もう餌はやれんよ」
そう言って座り込む。
猫はいつものように僕を見上げたままだ。
「はよ、飯をよこせってか」
苦笑いをして座る。
ポケットの中から餌を取り出す。
サランラップで包んだ猫の餌。
手のひらに乗せて差し出せばいつものように食べ始める。
いつもと同じだ。
もう七十年近く変わらない。
ありえない話だ。
猫が七十年も生きるなんて。
「明日から老人ホームだ」
僕は呟いた。
猫は餌を食べるのをやめて僕を見上げる。
「世知辛い話だ。安い場所が遠いところにしかなかった」
何十年も過ごした場所じゃない。
全く知らない場所に行くことになる。
きっと、もう戻ってくることも出来ない。
「いっそ。孤独死の方がマシだった。こんな事を言えば息子たちに叱られるが」
猫はまた餌を食べている。
もう全く興味がないと言わんばかりに。
「お前が羨ましいよ」
僕は笑った。
「ここで滅びることが出来るのだから」
猫はすくっと立ち上がりそのまま僕に背を向けて歩き出した。
終わりということだ。
ここに来る日課も。
「達者でな」
半ばふざけた僕の言葉を受けて猫は立ち止まり半身をこちらへ向けて。
「にゃあ」
と一言鳴いた。
今まで見たこともない二本目の尻尾を手を振るように振りながら。
「餞別か」
僕が笑うと猫はもうどこかへ消えた。
社から離れる。
何が祭られていたのかも分からない。
誰が祭っていたのかも分からない。
誰が来ていたのかだって――。
「まぁ、悪い思い出ではなかったか」
僕は歩き出す。
結末に向かって。




