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大航海時代の船乗りだけど、乗ってた船がやたらキャラの濃い双子の海賊に襲われた  作者: 茶川左子(旧:シリカゲル)


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5/5

5. 針路そのまま、よろしく候


 翌朝、ルナとソルは港に停めた船のデッキに折りたたみ式の机を広げ、朝の光の中でのんびりチェスを指していた。三つめの椅子に二着のコートが乱雑に投げ出され、いつもの帽子も座面に重なって置かれている。簡素なシャツと、ブーツに先の突っ込まれたズボン。この出で立ちでは一瞬どちらがどちらか分からない。

 そこへローリーが現れて、砦の牢屋が空っぽになってしまっていることを報告した。


「えー、いないの?」

「影も形も」

「よく探しましたか」

「目を皿のよーにして」

「あーあ、いなくなっちゃったかー」

「困ったことです」

 見事なまでの棒読みだ。困った困った。

 姉弟は二人とも、盤面から視線すら上げようとしなかった。


「見張り役の怠慢です。今朝はどなたでしたっけ?」


 近くでウインチの留め金を締める作業をしていた水夫の一人が、ひょいと顔を上げて、しかつめらしく指摘した。他の海賊も集まって、そろってにやにやしている。


「さあ、わたくしだったような気もしますし」

「僕だった気もするなあ」

「ボスたち、頼りにならないね」


 明るい笑いが伝播する。


「おはようございます。踊る猫ヒゲ亭から朝飯の出前をお持ちしました」

「待ってました!」

「リョウヘイ、おかえり!」

 ソルが席を立って飛び出した。

「まいどです」

 大八車に大量の食品を詰め込んで、そのまま船の中まで乗り込んできた村の料理人に船員たちはやんやの喝采を送る。


「いくら?」

「えっと、あなたは、ソルさんの方ですか?」

「うん」

「ああ。それなら、お代はゆうべルナさんからいただきました」

「え、それ、あの子の路銀じゃないの?」

「ソル」


 カツンと駒を進めて黒く美しい長髪の娘は椅子から振り向いた。


「余計なことを言うと寿命が縮むわよ。わたしは、リョウヘイに明日の食事を頼みに行くと言って出たはず」


 そういうことにしてもらわなくてはいけないのだから。


「やだなあ、両方自分で出したの? アキマサ君に持たせるお金だって、僕も出すって」

「ソル。あなたの手番」

「……はあい」

 弟はため息混じりに小皿料理の盛り合わせを一皿取って、椅子へと戻る。皿を差し出せばルナはその中からチーズとトマトを串刺しにしたものを一本つまみ取った。


「強情なんだから」

「そ」

「せめてご飯の代金は船の金庫から取ってよ」

「朝食のひとつやふたつ、船員に振る舞えなくて何が船長かしら」

「普通そこお酒なんだけどねー」

 僕のお姉ちゃん、ええかっこしいだから困っちゃう。


「あんたら……」

 和気藹々と出前をつつく海賊の中、たった一人、愕然と立ち尽くす男がいる。


「アキマサ、自分らで逃がしたのか!」


 ソルは姉のルナの表情をうかがった。

 彼女はちらりと医者を一瞥する。

 縄を解かれ、水と剃刀を使うことも許されて、ウィリアムの顔はずいぶん小ざっぱりと綺麗になっていた。


「なんのお話です」

「何って、今、お前ら自分で」

「ああ、ひょっとして、捕虜に逃げられたというのを聞かれてしまいましたか」

 聞かれたも何も。


「しかし、そうですね。捕まえていた相手を逃がしたなんて、双子の一味にはあるまじきことです。沽券に関わりますからね。箝口令を敷きましょう。そうしましょう」


 ソルがビショップを前に進めたところを、それを待っていたルナがナイトで取った。仕方なくポーンでソルがそれを取り除き、再度ルナのルークがそれを取る。ナイトひとつでソルはビショップとポーンを奪われてしまった。割に合わない交換だ。


「聞こえましたね! 船長の権限をもって、全船員に命じます。我らが船の便益のため、このことは他言無用! 余計なことを口に出した方はクオーターマスターの立ち会いのもと、相応の罰を与えますよ」

「アイアイサー!」

「了解!」

「怖い怖い」

 笑いとともにノリ良く海賊どもが応答を返す。


「ウィリアム先生」

 ルナは椅子から体を捻じり、片腕を背もたれに乗せて下からすくい上げるように視線を投げた。

「あなたも、もう私たちの仲間です。昨夜、このルナのお願いに、頷いてくださいましたでしょう?」


 知らずごくりと唾を飲んだ。

 ソルの眉が寄る。ひゅうっと誰かが口笛を吹いた。うぶな若者ならば一撃で魂を抜かれそうなほどの、嫣然となまめかしいその媚態。


 清潔な朝日のもとで、豪奢な服も帽子も脱ぎ払ったルナは、昨日の絶対的な冷徹さとはまったく違った妖しさと瑞々しさで笑ってみせる。


「ですから、一味の秘密は、どうぞ守ってくださいませ」


 ね? と。

 言われて引き込まれるように頷いた。


「――――――――ッ!」

 バンと机を叩いてソルが立ち上がる。

「ルナ!」

「なんです?」

「なんでもない!」

 ストンと座った。何をやっているのかとルナは怪訝な顔をする。周囲が幾人か吹き出した。



+ + +



「ルナさん、ルナさん」

「おや、リョウヘイ。どうしました」

 食事の皿を配り終わって、戻ってきたリョウヘイがちょいちょいとルナの服の裾を引っ張った。これでルナたちよりずっと年上なのだから、東洋人の血筋は正体が知れない。


「今回俺、役に立ったでしょう? 次の航海には船に乗せてくださいよ」

「あなたは陸にご家族がいるのですから、あまり危ない仕事は」

「俺は船乗りなんですよ!」

 なるべく冗談めかした、けれど痛切な叫びだった。


「普通の船が危なくないなんて誰が言えます? 横暴な船長や士官に気晴らしに殴られるのを我慢して、飯もまともに出なくって、二ヶ月乗って帰ってきても、懲戒金やら賠償金やらで俺たちの給料はほとんど上の奴らに持ってかれちまいます。逆に海賊に襲われたらこっちは大した武器も手練れもいなくて相手の思うままだ。村の漁船はともかく、商船や軍艦にはとてもじゃないけど乗る気がしません。ルナさんのとこは同じ海賊から襲われないだけ安全だし、払いも平等です。どっちでも死ぬ危険なんてほとんど違わないじゃないですか」


「わあ、すごい。ルナが理詰めで黙らされちゃった」

「茶々を入れないで、ソル」

 ルナは悩ましげにこめかみを揉んでいる。


「またポルトガルの税金が上がって立ち行かないんです。俺だけじゃない、総督府の人間はみんなです。総督たちは本国を離れてやりたい放題だ。ルナさんのとこが駄目なら他の船に乗ります」

「ボス、乗ってもらったら?」

「うちは他よりマシ。もう大抵の船が最初から白旗を出す」

「ここまで長かったからね!」


 嘆息する声に、そうだそうだと賛同の声が上がる。


 はあ、とルナがため息をついた。

「仕方ありません。今は農閑期ですし。単発ですよ。次の航海だけです」

「っしゃ! ありがとうございます!」

「戻って支度をしていらっしゃい。宣誓は後です」

「はい!」

 中身だけ甲板に下ろして、大八車を引く手ももどかしげにリョウヘイが走り出す。


「ふふ。甘いんだ、ルナ」

「だまらっしゃい」

「みんなびっくりするよ。トリコーンのルナ船長が本当はこんなに優しくて、日曜には死者を弔うお祈りを捧げてるなんて」

「極秘事項よ、ソル。今は入ったばかりの方もいらっしゃるのだから」


 一瞬だけウィリアムに思わせぶりな色めいた視線をやってから、弟に目を向けたしなめるルナの微笑は、太陽と青い波の反射を受けて、船首像の女神のようにやわらかい。


「皆も言っていたでしょう。どの船も白旗を揚げるようになるまで、どれだけかかったと思うの」

「でもいつも思うけど、ルナ結構ノリノリだよね? お芝居っぽいっていうか」

「役に入り込まないではやってられないわ」

「悪役をこなすのも簡単じゃない。それでもやらなきゃならんのさ」

 黒い肌をした先日の功労者の歌うような言葉に、船長役の娘は「その通りです」と深く頷く。


「海賊業は、イメージ戦略が命です。きっちり怯えていただかないことには飯の食い上げというもの。砲撃戦になれば獲物である船が傷付いてしまうし、刃向かう相手が多ければあなたたちの命が危険です。犠牲は最小に、利益は最大に。ご記憶でしょう? わたくしの船長就任の公約です」


「僕がヒール役やってもいいんだけどなー」

 双子の一方がその言葉を出した途端、一斉にブーイングが起こった。

「冗談言わない」

「QMに任せたら毎回皆殺し。噂を広めてくれる目撃者も残らない」

「船長が怪我してもぶちキレる、温情出しても嫉妬する」

「まさに狂犬ですかいね?」

「えー……」

 不満そうなソルは、それでも思い当たる節はあるのか反論が出てこない。白のクイーンの駒を手慰みにぷらぷら揺らすばかりだ。彼らのゲームボードは揺れる船内でも遊べるように磁石が仕込まれている。


「船長やボクたちが残酷なことを言って、QMが最後にそれを止めるというパターンのはずだったのに、最近、ソルさんも船長と同じくらいすごい評判が立っているのです」

「元が凶暴だから仕方ない」

「かえってバランスはいいんじゃないですか」

「結果オーライ?」


「もう! みんなして僕をいじめて!」


 ぐいんと椅子を大きく後ろに逸らし、危うく転倒するぎりぎりまで倒してから体を起こす。席を立って自分のキングを降伏の証に横に倒した。もっともすぐに、ぴょんと磁石で立ち上がってしまったが。


「降参、降参。チェスも負けちゃったし、僕はおとなしく帳簿でも整理してます」

「私は甲板にブラシでもかけようかしら」

「それより積荷の補充確認しといて?」

「でも、ソルとヘンリーが手配したのでしょう? それなら何も心配ないわ」

「手抜きしなーい。最終チェックは船長のお仕事」

「しょうがないわねえ」


 ソルが服と帽子を手にテーブルを離れ、ルナはチェスの駒とボードを片付け、ざらざらと箱へ落とし込む。蓋を閉じる前に、中に入っていた木切れへピンで印をつけた。四十五勝、四十二敗。若干だがルナの勝ちが多い。ふふふと含み笑いをして、彼女は身に纏うものを置いたまま船室への階段を降りていく。


 逆に船首側の操舵室へ向かったため、通り道にいたウィリアムの横を通り過ぎるに見えたソルが、不意に、その肩を掴んだ。


「っ!?」

「ルナは君を気に入ったみたいだね」

 全身を強張らせるウィリアムの首近くに、ずっしりと人の重みがのしかかる。


「双子の一味へようこそ、ドクトル・ウィリアム。我々は歓迎する。君は他の全員と同じく、一票の投票権と、我々の掟に定める残りのすべての権利を持つ。何かあったら僕のところへおいで。特に、揉め事や、不満を感じた時には必ずね」


 親切な言葉とは裏腹に、異様に冷たい言い方だった。

 片腕をウィリアムの肩に載せ、体重をかけて押し付けながら、ぽすりと逆の手でソルは帽子をかぶる。


「僕はこの船の正義。一味を裏切ったら、君を知る人間、全員泥水を飲んで死ぬよ」


 Aの時はB。

 日が暮れたら夜。

 恫喝ではなく、それは事実の描写だった。


 突き飛ばす強さでウィリアムを手放し、ばさりとコートを羽織ってカツカツと足早にソルは去った。


「な、なんだ、あれ」

 長い硬直からようやく立ち直り、少ししてウィリアムは呟いた。


「お疲れー」

「よろしく、ドクター」

「いきなり大変だったけど、あれはまあ、通過儀礼ってことで」

「QMも、悪い人ではないのです。お姉さんのことが好きすぎるだけで」


「この船で、うまくやるコツは簡単。ルナさんを困らせない、ルナさんに気に入られすぎない、そんでもって、お仕事きっちりおつとめする」

「なんだ、それ……」


 もうこの数日で寿命が五年は縮んだ気がするのに、最後のやつはそれでも他の出来事が吹き飛ぶ恐怖だった。これほど地獄が近くに来ていると感じたことはない。足の裏を舐める悪魔の羽ばたきが聞こえるようだった。


「さーて、仕事仕事」

「ドクター、あんたさんが働きやすい医務室を用意するように、船長から指示がありましたな。何か、希望はありますかいね?」

「ん? あ、ああ、そうだな……、救護室みたいなのは元々ないのか」

「あります、あります。そこを改修しようって算段ですな」

 船大工と話を始めて、まずは医薬品の備蓄を見せてもらおう、となった頃。


「うわああああっ!?」

 悲鳴。

 甲板の用具入れの扉を開けた甲板員ヘンリーの声だった。


 振り向いた甲板員たちの眼前で、ごろん、と転がり出たのは。

「何事です!」

「どうしたの!」

 双子が、片方は半月刀を、片方は短筒を手に飛び出して来た。状況を尋ねる二人の詰問より一瞬早く、ウィリアムが叫んでいた。


「ばっ、お前…、そこで何してんだあぁぁ!」


 汚れた三角巾で腕を吊った、隣町に逃げたはずの若者(アキマサ)が。


 呆然と誰もが静止する。

「まさか、今までの、全部聞いてた……?」

 頭上を天使が通った。



「敵艦船影!」



 一人マストの上の籠で見張り役を務めていた黒人水夫が、あらん限りの声でがなった。


「北西から南南西へ向かい風。一隻のみ、型はガレオン、武装あり、旗印……イスパニア!」


 びりっと来るような殺気と緊張と高揚がないまぜになって甲板を駆け抜けた。

 ルナが素早くコートを取る。


「その位置で、敵艦はこちらに気付くと思いますか!」

「いいや、ボス! この湾は両側から緑が目隠ししてくれる。よっぽど分かってて探さなきゃ見つからないね。距離だって四マイル越えだ」

「総員、出港および戦闘準備!」

「ヨーソロー!」

「ルナ、操舵どうする!?」

「今回は私が。あちらが南に抜け切ったところで西から風上に出ます。風の複雑なこの海域にガレオンで来たことを後悔させて差し上げます」

「オッケー、了解した!」


 黒コートのルナはつばを握ってきっちりと三角帽子を頭に沈め、マスケットを腰のホルダーに差し、手早く火縄の準備を始める。


「これよりソルに現場指揮を移します! ウィリアム先生、あなたは中に!」

「あ、っと」

「アキマサ!」

 ためらった医師が何を言うより早く、ルナの瞳が若いスペイン人を射抜く。


「今すぐ決めなさい、あなたの恩人を守って祖国と戦うか、それとも我々の敵となり船を降りるか!」


「ルナさん、出港ですか!?」

「リョウヘイ! 間に合いましたね」

 船上の雰囲気が慌ただしくなっているのを丘陵から見てとって、途中まで歩いてきていたリョウヘイは途中から全力疾走に切り替え、息切れしながら駆け込んできた。

「さっそく仕事です。敵ははぐれのスペイン戦艦。配置はモーガンの左に入りなさい」

「はい、キャプテン! ……って、え、ええっ!」

 元気よく応じたワンテンポ後、逃がしたはずのカゴの鳥を目の前に、三文芝居の立役者は度肝を抜かれる。


「何やってんですか、君は!」


「リョウヘイ、さん」


「アキマサ! 残らないなら降りなさい、巻き添えを喰いたいんですか!」


 咄嗟のことで、非常事態の連続で、ついルナは心情そのままに叱ってしまった。

 それは結論、相手の身を案じる言葉。

 その時、アキマサの中で天秤が跳ね上がった。


「……乗ります!」


 船医ウィリアム、水夫リョウヘイ、水夫アキマサ。

 新たな乗組員を三人加えて、バッカニアたちを乗せた二本マストのブリガンティン船は大きく帆を張った。

「ソル、出せますか!」

「いつでも!」


「震えろスペイン、双子の一味、バッカニアが今ここに来たれり!」


 宜しく候う(ヨー・ソロー)




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― 新着の感想 ―
映像がうかぶお話でした。 ぐいぐいとお話に引きずり込まれ一気に読んでしまいました。 ぜひ続編を読みたいです。 その後の話でもいいし、アキマサとドクターの馴れ初めも読んでみたい!! シリーズもので短編集…
めちゃくちゃおもろかった。 サクッと読めてしまったけど彼らの背景に想いを馳せられる作品でした。 彼らのその後の物語もかなうなら読みたかった。
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