4. 同郷のよしみ
四日ほどで船は錨を降ろし、一味は陸地に上がった。
本拠地ではなく補給港にしている島のひとつらしく、静かな海辺の村という印象の平和な土地だった。船の修理があるようで船員たちは陸へと追い出され、アキマサも古い砦の地下牢に移された。
石の床に毛布が数枚と、便所代わりの蓋つきバケツを与えられて、青年はただうつむいて過ごした。
思い出されるのは船での一幕。
仲間になれと脅す海賊たちにウィリアムはそれでもなかなか首を縦に振らず、業を煮やしたルナが刀を彼の耳にあてがい、今すぐにでも本来あるべき場所から切り落とすつもりだと脅した時、思わずアキマサは叫んでしまった。
ドクトル、もう頷いてください、と、この上ない滑らかなスペイン語で。
一瞬にも満たない短い時間で、むしろ陽気な様子であった海賊たちに走った憎悪の波を、アキマサは忘れることができない。
彼らは一様にアキマサを見て、それぞれの武器を持ち直していた。
「これは、これは」
花がほころぶ速度で船長が笑った。
「イスパニアの方でしたとは、気が付かぬままで大変失礼をいたしました。皆、おいでなさい! 荷移しは後で結構!」
「そいつに手を出すな!」
落雷の勢いでウィリアムが吠えた。
「俺の助手だ。医師見習いだ、みすみす殺すのか。俺の医術はそいつ込みで買ってもらおうか、アアッ!?」
見事なタンカだった。
海賊たちは瞬間気を呑まれてしまい、ルナまでもがきょとんと瞬きしたのを見て、最後にナポレオン帽のソルが笑い出した。その場はクオーターマスターであるソルの預かりとなり、船医ウィリアムとアキマサ青年は捕虜に、それ以外の船員は身ぐるみを剥がされた後のアーレント号に残されて放免となった。
ガチャリ、と鉄格子の向こうで廊下の扉が開いた。アキマサはびくっとして顔を上げる。カンテラの灯りが暖かく広がる。
「う、ひどい臭いだ」
独り言。
入ってきたのは年齢のよく分からない、ひょろっとした男だった。頭部を覆う黒いバンダナにキの字型の骨のマークを染め抜いている。やはり双子の一味だ。
「おおい、スペイン人。起きてますか?」
「…………」
「ニッポンの人間って聞きましたけど、本当ですか?」
「っ、なんで、それを!?」
「ははあ。本当かあ。こっちの奴らはハポネかヤバニで呼びますからね。日の本の民ですか。それにしちゃ彫りが深いけど」
「あんた……?」
「リョウヘイです。これ、どうぞ」
かなりのボリュームの焼肉の乗った皿が鉄格子の小窓部分から差し入れられる。焼き肉の上では砕かれた岩塩が炎の輝きを受けてきらきらしていて、まだ湯気がのぼっている。一緒に渡されたのは新しい水の入った皮袋。
「俺もルーツがあっちで、もののふの末裔らしいです。そうは言ってもじいさんの代の話だから、よくは知りません。流れ者なんです。食べませんか」
「あ、あの」
「ルナさんの船には時々乗せてもらってます。今回は普通の漁で出てたんですが、この港で行きあって。挨拶するとおこぼれもらえるんで、このバンダナは大事にしてるんですけどね」
普段は一般人で、たまにタイミングが合うと、派閥を問わず海賊船に乗るようだ。
トレードマークを入れたバンダナは仲間として船に乗ったことのある縁者の証になるのだと言う。他の海賊に襲われた時、出してみるとその後の因果を懸念して助けてもらえることもあるらしい。一方で海軍に見つかったら縛り首は免れない。なかなかおそろしいお守りだ。
「お」
「え?」
「ちょっとこっち来てくれますか」
呼ばれて、素直にアキマサはそちらへ近寄った。
「見張りが離れました。でも念のため声は小さめで。ここの監視は割と手薄です。特に明け方はいつも誰もいない。外に出て、朝の太陽を背中に一マイルほど行くと、小さい集落があります。陸側で、あまり海賊と繋がりがないので、そこで海賊から逃げてきたと言えば保護してもらえます。ただ双子の名前は出さないこと。誰もあの双子は敵に回したくないから助けてくれなくなります」
言葉を差し挟むことができなかったのは、フランス語訛りの英語が聞き取りにくかったからではなくて、驚きがひどかったからだ。
呆然とするアキマサの手元に、鍵と、硬貨の重みを感じる布の袋が渡された。
「総督府まで出られたら、このお金で新聞に広告を打ちなさい。あのお医者先生は卑劣な手段で双子の船で働かされていると。いつか、もしあの人が捕まっても、それがあれば一味でないと聞き入れてもらえるかもしれません。
あとね、もういっぺん海賊に出くわして、どこから来たと聞かれた時にはスペインとかオランダとか答えちゃいけませんよ。『海から』と言うんです。そしたらスペイン人だろうとニッポン人だろうと関係なく仲間に入れてもらえますから」
「リョウヘイさん、あんた、なんで」
「同郷のよしみかな。でも海賊のすることは詮索しない方が賢いですよ。さあ、もう見張りが戻る。それは隠して」
後の方はかなり早口でささやいて、リョウヘイは鉄格子から離れた。
「それじゃあ。これで。そうだ、バケツの中身、窓からうっちゃった方がいいです。ひどい臭いですから」
手を振って彼は背を向け、戸口のところで、見張りの水夫と何か楽しげに冗談を交わしてから去っていった。




