3. 平等な分配
「全員、底払いは行き渡った?」
ソルが怒鳴る。
水夫は二百枚でまとめた銀貨の袋をひとつずつソルの前から取るが、ここで技能職である船大工のソロマンと樽職人のローリーは、半人分の包みをもう一つ加算される。
「これは僕とルナの分。二つずつで四つもらうからねー……って、もう、みんな、ちゃんと見てる?」
「あー、はいはい、見てる見てる」
「ボスたちがお宝ガメたことなんか一度もないじゃないですか」
船長とクオーターマスターはそれぞれ二人分ずつ。
苦笑いをしてソルは袋を四つ横に退ける。もし誰かが財産を銀貨一枚でも余計にくすねたら、無人島置き去りの刑、つまりは実質の死刑である。
「負傷者はいないね。怪我した人は今すぐ名乗り出る! じゃないと補償金出ないよ!」
「異常なーし」
「こんな楽なおつとめ、怪我のしようがないです」
「オッケー。ソロマン、船体の損害は?」
「戦闘がありませんでしたのでね。ええ、はい。消耗だけでございやすね。ただこの船、そろそろ陸で全面塗装が必要な塩梅でして」
「あー、そっか。分かった。じゃあ今回はちょっと多めに積み立て抜くよ。みんな、いい?」
「異議なし!」
「次、功労者。誰かいる?」
無意識にソルの目は船のすべてを掌握するルナの姿を探したが、視野の中に彼らの美しい船長はない。
「モーガン!」
「モーガンだ!」
「うわ、満場一致。最初に獲物の影を見つけたもんねえ。ほんと早かった。白旗のヤマだったしルナの許可もいらないかな。モーガン、君が今回のMVPだよ!」
「まあ、当然さ。決められた仕事を、ちゃんとやってただけなのさ」
満更でもなさそうな笑みが、炭のような真っ黒い肌の中に白く健康な歯をのぞかせる。
「君は今回の戦利品から、一番いい武器を手に入れる権利がある。何か望みのものはある?」
「これが欲しいかな」
鞘に入ったシミターを彼は選ぶ。
「えっ、それ? 宝石ばっかの飾り刀だよ? いいの?」
「村に赤ン坊が生まれたのさ。宝石好きの精霊の守護が得られそうだ」
「ふうん。君がいいなら構わないけど」
黒人の風習は村落ごとで違いすぎてよく分からない。
「よしっ。それじゃ、残りは山分け! いつも通り、陸に着くまでは船の共有財産として管理する。目録作って分配表を貼り出しておくから、不平等だと思う人は船が海にいる間に僕に申し出ること。財産の換金を船でまとめてやってもらいたい人は目録に印をつけといて」
「アイアイ、QM」
「ヨーソロー! 持ち場に戻れ!」
「あっ、そうだ。お酒と食糧がかなり補給できたから、食料の制限は解除。いつでも好きに食べて」
よっしゃあ、というような歓喜の叫びが上がる。
仕事の後の船はとにかく活気がよくて気分がいい。
それを船尾の高くなった場所から、遠く眺める二組の目があった。
「ご感想は?」
「話には聞いちゃいたが、本当に分け前が横並びなんだな」
女海賊のルナが問い、医師ウィリアムは素直に答える。
「山分け分まで考えたら、あんたみたいな船長でも普通の水夫と実入りはほとんど変わらないんじゃないか?」
「銀貨二百枚の差というのも無視できる金額ではございませんが、先生がおいでになったような普通の商船での船長と甲板員のような甚大な差はありませんね」
同意は鷹揚だ。
彼女は具体的な数字を出して説明を続ける。
「わたくしが四百として、多くの水夫は二百。先生のような船医の方は、技能職になりますので、最低賃金(底払い)はスペイン通貨で銀三百枚です」
船の運航と戦闘の指揮をとる船長。
財産と秩序を管理するクォーターマスター。
怪我や病気を見る船医。
食べ物や水の品質を守る樽職人。
船の改造や修繕を担う大工。
もしいるならば際立って腕の良い操舵手。
これらの人々は技能職と見なされ、最低賃金に底上げがあるとのことだ。
「ほかに余禄を得る権利のある仕事として、以前は音楽のできるものがいましたが、拷問のBGMをつけるのを嫌って船を降りました」
(拷問……)
ウィリアムは椅子に座ったルナの涼やかな横顔を盗み見た。帽子は限界近くまでつばを上げられており、明るい日差しが降り注ぐ中、表情を見るのになんの不足もない。
彼女の顔に大きな感情の揺れはなく、目は穏やかに凪いでいる。
海賊の拷問は悪趣味そのものだ。
財産を隠し立てしていると感じた時――たとえその当て推量が間違いでも――、あるいはドクロ旗を確認しながらも反撃してきた相手への粛清として、そして時には、単に娯楽や個々人の恨みから、彼らは囚人をなぶり殺しにするという。
その残忍さはさまざまに尾ひれをつけて港町を騒がせ、双子海賊の逸話も数多く広まっている。曰く、唇や耳を刈り取って茹で上げて本人に食べさせる、音楽に合わせてマストの周りを延々と走らせ立ち止まれば斬りつける、舳先から吊るしたまま航海する。気分の悪くなる内容ばかりだ。深くは語るまい。
一方で海賊には、奇妙な英雄譚もついて回る。
約束には堅く、無抵抗で投降すれば命は無事で返す。時には気に入った相手に奪った以上の財宝や船を与えて釈放する。仲間意識が強く、味方が傷付けられれば徹底した報復を行う。艦隊に囲まれた民間船を――残念ながら本国の目の届かない軍艦が海賊まがいの働きをするのは大変一般的な話だ――助けたのみならず補給港まで護衛してやった、等々。
双子の海賊ルナとソルに関しては、目には目を歯には歯をという精神が強く、敵への暴力が極端なのと同様、気前が良くて掟に厳格で正義漢の海賊としても知られていた。
思えば彼らは、アーレント号の船長を簡易の裁判にかけていた。
不満があれば水夫たちの代わりに船長への制裁を与えてやろうという心づもりだったのだろう。
「黒ん坊が功労者か」
「仲間への悪口はお控えください、ウィリアム先生。モーガンたちは新大陸から参りましたが、彼らも奴隷ではなく、自由身分の志願海賊です。みな勇猛で、目が良く、誰より早く船影をとらえます」
真っ当な商船や軍艦のほとんどが船長の強権独裁制で理不尽な振る舞いの横行する非情極まりないピラミッド社会であるのに対し、彼ら海賊は船内で異常なほど厳密にフラットな仕組みを持つ。
彼らは投票が大好きで、不平等が大嫌いだ。
扉を何色に塗るかで揉めたら投票、サイコロ勝負で喧嘩になったら投票。
みんな平等な一人一票の投票。
それで何かが決まるのが楽しいのだ。
船長やクオーターマスターももちろん投票で選任され、船員に不満が出た際のリコールの仕組みも整っている。海賊船長とは、航海の収益が悪くても罵詈雑言を浴びせられ、戦闘で先陣を切らない腑抜けた姿を見せた瞬間に背中から蹴られ、どちらの場合も一夜で退任させられうる危険で重責のあるポジションだが、ウィリアムが眼前で見たように、給金面での旨みは期待されるほど大きくない。
「簡単なことです。取り分に不平等があったら、いったい誰が命をかけて戦闘に身を投じましょう? もらいが少ないと思えば怪我をするだけ損ですから後ろで隠れていないと割に合わないでしょうし、利益をほとんど総取りできるのであれば、一生遊んで暮らす稼ぎなどあっという間で、船から逃げてしまった方が安全です」
利己的であってこその公平。
自己犠牲を誰も許容しないからこその平等。
そうでなければ、すべてが回らなくなってしまう。
民主主義の概念が生まれるのはもう少し後のことで、黒人の白人社会での参政権実現に至っては二百年以上待たなくてはいけないところだが、いっそ完璧なほど極端な民主主義が、海賊船の世界には落としどころとして戯画的に成り立っていた。
「なあ、船長さん。アキマサのことは許してもらえんだろうか」
「取り引きですか」
「それでもいい」
「フェリペの犬は、すべて駆逐すると誓いを立てた我々でございます」
冷淡な言葉の中でも、なお背筋が寒くなるような冷たい声で娘は告げた。
「先生もご存知でしょう? バッカニアは、元はハンターでした。島の動物を狩って生計を立てていたのです。獲物が十分でない時、少しばかり海に出てご通行の皆様からお恵みをいただく、そんな兼業の海賊でございました。
しかしかの愚王フェリペは私たちにささやかな営みをも許さず、狩人を送り込み、およそ獲物と言える動物はすべて狩り尽くし、焼き尽くしたのです。彼らの腹を満たすためでなく、彼らの衣装に毛皮を添えるためでなく、我らを飢えさせるそのために、ただただ害意を持って、動物を根絶やしにしました。
もはや島に人の腹を満たす生き物はおりません。なれば、兼業が専業になるのは、ごく自然の道理でございます。我らは海賊だけをなりわいとするほかに道がなくなったのです」
兼業時代の彼らの活動がルナの言うようにささやかであったかは大いに疑問があるが、その頃はもう少し素朴な集団だったことは事実だろう。海の世界におけるバッカニアの脅威や危険度は、その数年の地獄を挟んで以降に跳ね上がった。
「もちろん島の民は直接的にも粛正され、討伐され、膨大な数が殺されました。我々はほとんど滅んだと言っても良いほどに。しかしあまりのやりように怒りは鎖のごとく我らを結び、見捨てられた者どもは世界の海から新たにも集い、今や、フェリペがあの残虐な血の宴を開く以前よりも我々は増えているありさまです。我らはイスパニアの蛮行を決して忘れません」
ぐっと唸るように唇を結んでから、ウィリアムは息を整え、もう一度口を開く。
「あの坊主は確かにスペインの育ちだが、血はよそから来てる。名前の響きで分かるだろう。スペインやイタリアだったら、アで終わったら女の名前だ」
「よそ、とは」
「日本って所らしい。本人もそこにいたってわけじゃないらしくて良く分からんが、極東の、シナよりもっと先みたいな話だ」
女海賊はじっと黙って返事をしなかった。
何か考えているような気配に一縷の望みをかけて、彼はさらに頼み込む。
「そのせいで結局、陸でいた頃からつまはじき者で、あれだって、スペイン人に苦しめられた側だ。見逃してやってもらえないか」
カモメの鳴き声が聞こえている。
腕を背後で結ばれ、首に縄をかけられた状態で、犬の散歩紐を握るようにその先を持って揺り椅子に座っている立派な帽子の船長へ、ウィリアムは辛抱強く嘆願を続けていた。




