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大航海時代の船乗りだけど、乗ってた船がやたらキャラの濃い双子の海賊に襲われた  作者: 茶川左子(旧:シリカゲル)


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2. 双子の海賊


「さて」

 敵の頭目は、大層美しい若者で――若い女だった。

 いわゆる男装の麗人である。

 ベルベットのような長い黒髪、ターコイズを思わせる色の強い青い目玉。

 すらりと通った高い鼻と横一本に引き結ばれた赤い唇。

 顔のつくりそれ自体が美しいというよりも、正しすぎる配置がされてしまったような、端正で粗のない、正多角形めいた完璧さの冷徹な調和だ。瞳にも口元にもほとんど感情が映らない。


 軍服風の、肩章のついた黒いロングコート。

 黒い布地に金の縁取り刺繍と羽根飾りの施された、つばが左右でめくれ上がった海賊帽。

 右手には抜き身の半月刀。ベルトの右脇に差した四十センチほどの長さの銃はマッチロック式のマスケット。左腕に巻いた予備の火縄から、細く灰色の煙が揺らいでいる。


 オウムを肩に止まらせてやりたいほどの海賊然とした海賊船長。


 その前評判だけで一切の抵抗をねじ伏せた彼女は、ルナ。双子のバッカニアの片割れ、三角帽子トリコーンのルナだ。


「この船にある財産は、確かにこれですべてですね?」


 マストに荒縄でくくりつけられた中肉中背の男は――今まさにルナたちに制圧されたアーレント号の船長であるその男は、首元に白い刃の切っ先を突きつけられて、暫時の後、『間違いない』という意味の言葉を掠れた声で絞り出した。


 刻限は昼の三時。

 高い空から雲を抜けて嫌味なほど心地よい日差しが甲板を照らす。


「左様ですか」

 呟き、女海賊は視線を上げる。

「それでは次は、水夫の皆さんにお伺いしましょう。この船長は、皆様の忠節に足る船長でしたか?」


 ずらり居並ぶ囚われの船員たちは、突然の問いかけに困惑して互いの顔を見る。


「横暴、横領、横着、暴力、暴言、妄言、罵詈雑言。不当な賃金、私財の徴収、飯抜き、殴打、鞭打ち。ひとつであっても、我、こやつに不条理を与えられしと、かれを断罪せん者あらばここで名乗り出なさい」


 凛と声を張れば、さらにためらいが波になる。

 虜囚たちはロープで数珠繋ぎにされて、甲板の床に座らされていた。

「ふむ」


「この船のクルーは皆お利口さんみたいだねぇ、ボス」

「ええ、ローリー、そのようね」

「それともお腹が減っているのかな?」


 ねっとりと陰鬱な、からかうような笑みをはらんだ不吉な話し方をする部下とそんな言葉を交わした後、三角帽子の女船長は「ヘンリー、いますか」と別の者の名を呼んだ。存在感の薄い、やや貧弱そうな男がすっと歩み出る。


「アイアイ。お呼びかな、キャプテン」

「この船の出自は?」

「オランダ船で間違いないみたいです。本国に戻るところだったんじゃないですか。めぼしい積荷は砂糖がそこそこ。やたら場所とってる綿花の山も砂糖かタバコだったら良かったんですけど」

「船員についてはどんな印象です?」

「その船長は生粋のオランダ人に見えますね。船員もだいたいそんな雰囲気かなと」


「ソロマン! 君はこの船をどう思いますか!」


 彼らの距離を埋めるにふさわしい大きな声で呼びかけられたのは、舳先の船首像を見ようと上半身を乗り出していた海賊だ。黒いバンダナの彼はこちらを振り向くと手を振って応答を示し、ひょいっと身を翻して仲間たちの元へ駆けてくる。


「この船をどう思うかって? おっしゃったね? そいつは、ええ、ボス、あたしに、ええと、船大工として意見を求めるってことですかいね?」

「はい。船大工としての意見を」

「そう。そうですね。でしたら、太って、太りすぎですね。うちの手持ちの船の方がどれもずっと速いってもんですよ」

「いただくべきですか?」

「近くの港で買い手がつくなら? ですかいね?」

「なるほど」


 ヒュン、と半月刀が風を切った。

 柱に縛られたアーレント号の船長の鼻を危うく切り落としそうな近さで切っ先をひるがえし、刀は鞘に納められる。


「ソル」


 最後に彼女が呼んだのは彼女の『弟』の名だ。

 見上げた先、マストの見張り台にもう一人、ルナと同じくらいかそれ以上に身なりの派手な海賊がいる。


 自分の名前が聞こえるや否や、台から飛び降りて、ロープを伝って床まで降りる。

 トッ、トッ、と二回マストをキックして中ほどまで下がったところから、目測五メートルほどをほぼ一直線に落下し、床に叩きつけられる直前にもう一度マストを蹴って横へ飛び、ダン!とルナの隣にクラウチングスタートの形に着地した。あまりの衝撃で船が揺れた。ひとつ間違えば死ぬ。とんでもない身体能力だ。


「呼んだ、ルナ?」


 それはひどく娘めいた青年。


 着地時に大きく上へはためいた薄いグレイのマントが、濃い色の多い皆の装いの中では花婿の衣装のように白く見える。手で押さえてかぶり直しながら立ち上がった茶色いなめし革の海賊帽は、二つ折れの二角帽子バイコーン。後世であればナポレオン帽と呼ばれる型だ。


「聞いていましたね」

「だいたいは」

「構いませんか」

「うん、ボクもソロマンに賛成。この船はもらわなくてもいいや」


 そう言って晴れやかに笑う。

 姿形はキャプテン・ルナにうり二つだが、その表情は姉よりもずっと多彩に変容した。バイコーンのソル。悪名高い双子のもう片方。


 姉と同じ美しい顔、姉よりも華やかな装い。

 ブラウスのたっぷりしたフリルが首周りから腹にかけて真珠貝のように波打ち、腰回りにはズボンの上からアラビア風の飾り布を巻いている。彼が動くと身に着けたイヤリングや指輪の宝石がまばゆくカラフルな光を反射した。

 海水が乾いて塩のこびりついた桜色の頬には童女のような無垢な透明感があり、瞳は溌溂と明るい群青で、血を舐めたがごとく赤い唇に浮かぶ笑みにはぞっと背筋の冷えるほど強く醜悪な色香がある。


 男のいでたちで表情の薄い姉と、女じみた蠱惑的な笑顔の弟。


 海の上、船の甲板、君臨する双子の悪党。


「いいでしょう」


 海賊一味の結論が出た。


「ホラントの独立に栄光あれ! ローリー、お食事は結構です。皆さま、私どもは物のことわりを重んじるもの。ご協力いただいた方々を無碍にはいたしません。わたくしはこれなるヤンセン船長の処遇を皆さまの手に委ねましょう。このままご乗船にて、もうしばらくご辛抱くださいませ」


 大仰な飾り羽のついた帽子を取って胸にあてがい、片足を引いてルナはアーレント号の乗組員たちへ優美に礼をした。売れ筋役者もかくやという艶やかなその動きを、ぽかんと一瞬眺めた彼らに、やがてかすかな安堵が広がった。


「(あの、何が)」

「(積み荷だけ取ったら釈放する、という意味だ。お前は黙ってろ)」


 ささやき交わす二人をちらりとルナとソルの群青の目が確認する。

 ホラント州はじめ、低地ネーデルランドの人々は長い戦いを通じてスペインから独立を勝ち取った。同じようにスペインと敵対する勢力として多少の手心を加えたという含みのある言葉だったのを、言語と世界情勢の両方に疎いアキマサは受け取り損ねていた。


「ソル」

「うん」

 双子のうち、明るい色の服装をした弟の方が銃を抜いた。

 姉のルナのものとよく似たマスケット銃だが、こちらは火縄のいらないフロントロック式だ。ナイフも短いものを使っている。


「!」

「やあ、君」

 話しかけた相手は、アキマサ。


 海賊の人夫たちが手際良く積荷を自分たちの船に移す作業が続く中、一気に捕虜たちの空気が緊迫する。


「あ、あ……」

 グイ、と。

 額の真ん中に銃口。

「はじめまして。ボクはソル。お仕事はQM。あっちはお姉ちゃんでキャプテンのルナ。二角帽子の方がボク。三角帽子の方がルナ。分かりやすい、ね?」


 ざくりざくりと切れ目の多い、短文めの話し方。

 姉の言葉が芝居の台詞のように優美なら、弟の言葉はポスターのキャッチコピーのように明快だった。


「君は?」

 さあ、自己紹介をどうぞ。


 アキマサの奥歯はガチガチと音を立てていた。

 あぐらで座らされたアキマサの前にソルはしゃがんで視線を合わせている。上がった口角と、爬虫類じみた、一切の甘さのない眼。

「弟の質問に答えなさい」

 ソルの背後から氷点下の威嚇を帯びた命令が響く。心臓が破裂しそうに鳴っていて、目が回って仕方なかった。


「ローリー。やはり仕度をしていただく必要があるかもしれません」

「お食事だね! 釜茹で? それとも、直火焼き?」

「ひ…ッ」

「ルナ、ローリー」

 その会話の意味に否応なく気付いた者たちが息を詰める頃、弟のソルが奇妙に静かな声を出した。


「この子と話してるのは、ボク」

 ぞっと嘘寒い一瞬の沈黙。

 銃口は痛むほど強く額に押し当てられて微塵も揺らがない。

「ぼくらの稼ぎは、ボクの分配が終わるまではぼくら全員のもの。奴隷の指一本、銀貨の一枚でも、傷付けたら許さない。たとえルナでもね」


 クオーター・マスター。

 語源には諸説あり、水夫部署長が訛ったとも、当直担当の意であったとも言われる。

 QMは船長とほぼ同等の権限を持つ高位役職だ。後の世では操舵手を示す語であり船長の下に置かれるが、こと黄金期の海賊船においてこの役職は重大な意味を持つ。すなわち、『管財人ならびに調停人』だ。国で言えば財務相と裁判所にあたり、船の運航や戦闘の指揮を執る船長に対して、内務的な場で財布と正義を司る。


「後ろがうるさいの、気にしないで。それより、君、腕を怪我してる」


 茶色い布で肩から吊り下がった、包帯の巻かれた右腕。

 若干の温情をもって、というよりおそらく面倒な手順を嫌って、その腕は背後に回されることなく、ぐるぐると上から縄をかけられ動けないようにしてあった。

 銃を構えたのとは逆の手で、ソルは不意にその腕を掴んだ。びくんとアキマサの身体が跳ねる。位置がずれたせいで額でゴリッと銃口の嫌な感触があった。


「いたい?」


 腕が痛んだわけではなかった。

 イエス、ノーのどちらを返すのが正解なのか分からない。ひゅっ、ひゅっ、と息が喉で引きつれる。


 ぐい、と右腕が押し下げられた。身体を縛るロープはそれを許す緩さがあったが、首で留められた三角巾のせいで頭が前に出る。銃が引かれて支えが消え、目の前の床に顔から突っ込み倒れこんだ。


「ふうん」

 それをしゃがんだ姿勢で見下ろし、ソルは小首を傾げる。

 顎を上げ、他の囚人たちに目を走らせた。

「ねえ、これ手当てしたの、だあれ?」


 アーレント号の船員たちを弁護するなら、誰も仲間を売ったわけではなかった。ただ、とっさの視線や体の動きが、空気が、その人物を浮き彫りにしてしまった。


「あなたですね」

「……ああ」

 歩み出た姉船長に眼前に立たれて、四十がらみの煙草臭い男は認める。

「この船のドクターですか」

「ああ」

「お名前は」

「ウィリアム」

「お気持ちの強い方とみえますね。お名前の感じでは、イングランドのご出身で?」

「さあな。よく知らん。あっちこっちを流れて、四歳の時分にはアムステルダムにいて、六つからこっちは船の上が根城だ」

「それはそれは」


「この子の怪我はどんなの?」

 弟が尋ねた。


「骨折だ。たぶんヒビだな」

「怪我したのはいつ?」

「一昨日」

「いい腕だね! この子、右腕敷いて倒れて、悲鳴上げなかったよ?」

 立ち上がって、体を起こしかけていたアキマサの腹を無造作に革のブーツで蹴り飛ばす。アキマサ青年には財産たる価値がないと判断された証左だった。


「キャプテン・ルナ。ボクは彼の勧誘を要求する」

「了解いたしました、ソル」

 姉は鷹揚にひとつ頷いた。

 射抜くような鋭い目で船医を見つめ、すっと息を腹に落とし、声を張る。


「ウィリアム先生。お目もじ叶い光栄に存じます。わたくしはかの船の長を務めるルナと申します。私は我々のならわしにより、あなたが我々の仲間となることを志願いただけますよう、伏して願うものでございます」


「……双子の一味ってのは、バッカニアらしいな」

「仰せの通りに。イスパニアのフェリペに獲物を奪われ、島を追われた、哀れなごろつきどものなれの果てでございます。海賊の掟についてお聞きになったことは?」

「だいたいの話なら。シャッス・パルティとかって条文を読んだことがある」

「話が早くて助かります」


 ごくりと喉が鳴ったのは隠しようがなかった。


「もし断ったら、どうなる?」


 船長はかすかに眉をひそめ、貴族の娘が扇を口元に当てるように、火縄の先をたぐって顎のそばに近付け思案げな顔をした。


「大変、遺憾ではございますが」


 悪魔こそ美しいのだという見本のごとく、その微笑は凄絶だった。


「あなたがお逃げになる手段をひとつでも封じるべく、この船の残りの皆様には船もろとも沈んでいただき、ウィリアム先生は、無理にでも、我らが砦までお連れ申し上げます」



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