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大航海時代の船乗りだけど、乗ってた船がやたらキャラの濃い双子の海賊に襲われた  作者: 茶川左子(旧:シリカゲル)


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1. 海賊船の襲来


 真っ青な海、空。


 そして船。



 甲板に出ると真昼の明るさに少しだけ目がしびれた。


 何度か瞬きすればじきにその感覚は消える。船乗りたちのかけ合う声に混じり、海鳥の鳴き声があった。マストで休んでいた何羽かも誘われて飛び立つ。近くに魚の群れがいるのだろう。青い水平線にちらちらと銀色が跳ねる気配があるから、イワシか何かが下からクジラに追われているようだ。


 浮かぶ雲は白い。

 風も堅調に吹いている。

 風上の彼方には一隻、中型の船の船影が見える。旗はポルトガルだ。


 日差しが照りすぎるでもなく、雨が降るでもなく、良い航海日和だった。


「アキマサはいるか?」


 甲板でカードをやっている数名に尋ねれば、船尾の方で掃除をしていたと証言が得られた。礼を言ってそちらへ向かう。穏やかな海を走る時の、大きめの船の静かな揺れは安定感があって心地よい。


「アキ」

「ドクトル」


 振り向いたのはまだ少年っぽさの残る青年。

 海上での逃げ場のない陽光にこんがり焼けた肌と、汗と海風の塩分で首筋に貼りつく黒い髪。茶色い汚れ布の三角巾で吊った右腕を庇いながら、左手と肩を使って甲板にモップがけをしていた。


「先生はいらん」

「じゃあ、セニョール・ウィリアム。えーと…、こんばん、は?」

「違う違う。『こんにちは』」

「こんにちは」

「ま、スペイン語でも構わんが」


 ウィリアムが軽く肩をすくめれば、肩の筋肉が盛り上がる。

 ずんぐりした樽のような体格、無精ひげ、ぎょろりとした目玉と、錆びた銅鑼どらのように割れたダミ声。腕の太さは乱暴自慢の水夫たちと比べても劣らない。童話のドワーフのような出で立ちの、それがこの船の医者、ウィリアム・ポールである。


「腕はどうだ」

「すごくいいです! もうこれ取っちゃ駄目ですかね」

「駄目だ。腕の骨いってんだぞ、お前」

「もう全然痛くないですよ」

「馬鹿やろうが。固定をはずしたらそんな掃除も何もできるか。まだまだ痛んでたまらんぞ」


 医師は呆れ半分に患者を叱りつけた。

 この坊ちゃんはどうも勤労意欲が高くて調子がいい。

 賃金の前払いは家に直接行ったと話していたから、自分が働きに対していくら金をもらえるのか知らないのではないかと心配になることがある。この腕を治療してやった事実一つにも、これ幸いと船長が天引きのリストに何か書き足していたことをウィリアムは知っていた。場合によっては船を降りる時には給与ではなく借金の証文を渡されるかもしれない。キニーネのように苦いものが口の中に広がる感じがした。


「それにしても、やたら遅い船ですねぇ」

「ん?」

 急な話題転換にウィリアムは瞬きする。


 若者の視線を追うと、さっき見えた商船がずいぶん近くまで来ている。

 言われてみればこっちより風上にいるくせに行き脚(スピード)が妙に遅い。手旗信号をしきりに示して係留を求めており、デ・アーレント号、つまりオランダ語で『鷲』の名と旗印を冠するこの船は応じてやるようだ。船首付近の水夫たちが忙しそうに立ち働いている。あちらの船では、故障か何かトラブルでもあったのだろうか。


「うちの船から資材を出すんなら、トレードで水がもらえるといいなあ。ちょっと残量が心もとないっていうか」


 アキマサ青年が独り言半分に呟いている。

 話自体には完全に同意だったはずなのに、なぜか相づちが口から出ない。無頼の船医は眩いばかりに明るい海上へ、じっと目を凝らした。


 国旗はポルトガル、船は腹のやや大きな中型船。

 現在彼らがいるブラジル沿岸部沖合において不自然な旗ではない。

 マストは二本で帆数も多く、帆布はたっぷりと追い風をはらんで膨らんでいるのにあしが遅い。客船ではなく、こちらと同じように貨物を運ぶ船に見える。見えるが、どうやら、どうやら、あれは。


「…………ッ!」

「ウィリアムさん?」


「海賊だ!」


 同時に気付いた数名が叫んだ。にわかにあたりが騒然となる。


「え、ええっ!?」

「っざけんなよ!」

 思わず悲鳴を上げていた。


 アーレント号はとっくの昔に敵艦の射程内。先方はダミーを下げて新しい旗を掲げようとしていた。最上部まで昇るのを待つまでもなく、はためいた一瞬で旗の図案が見えてしまう。黒地にドクロと、骨の交差。陽気な(ジョリー)ロジャー。それは海賊の代名詞。


 その旗を掲げた相手の意図は明白。


 ――降伏せよ。

 ――さもなくば、皆殺し。


 外装と同じ茶色に塗られた布がいっときに巻き上げられれば、無数の砲台がずらりと横並びで黒い牙をのぞかせる。そのうち一つが光ったかと思うと、ドン、と数十メートルの距離で水柱が立ちのぼる。うろたえたアーレント号が舳先を元の針路からずらしたのを見て取っての威嚇射撃。


 敵艦が、ぐんと速度を上げた。


 鎌首をもたげた蛇が好機を見計らい、突如として獲物へ突きを食らわすかのようだ。それまでの遅さから一転しての変わりようがひどく、動揺が船内に広がる。


「さっきまで、あんなに遅かったのに……!?」

「海中で碇みたいに樽を繋いで引きずってたんだ。ロープを切った途端に身軽になって、行き脚が増える。くそっ、古典的な手ぇ使いやがってッ!」


 二人とも走っていた。

 樽に突っ込まれていた武器が誰かの手でぶちまけられ、それぞれが刀と槍を手に取って、また敵を振り向いた、その刹那。年かさの船医は愕然と動きを止めた。


「勘弁、しろよ……」


「ウィリアムさん!? どうし…えっ?」

 周囲の異様な空気にアキマサがついていけず、忙しく目を動かす。何人かが武器を取り落とした。絶望が冷たいヴェールのように舞い降りて、誰もがその場に縫い止められ、凍り付いていた。

「な、なんです? 何が」

「ツインだ」

「双子の一味だ、出やがった……」


 今やポルトガル国旗の上にのしあがり、我が物顔で風を受ける黒い旗は、最近ではやや珍しい縦長の構図だ。中央上部にしゃれこうべがひとつ、その下でクロスした骨が三本。通常の×マークより、カタカナの『キ』に近い。さらに下には砂時計が横倒しになっていた。砂時計は残り時間がわずかであることを示すシンボルで、これもまた海賊旗によく使われる。


 その旗印を見ただけで、船員たちは完全に戦意を喪失していた。


「あの」

 言いかけた瞬間、アキマサはウィリアムにガッと両肩を掴まれた。

 腕の傷が衝撃に痛む。


「坊主」

 低い、今までに聞いたことのない声だった。


「この船は降伏する」

「へ」

「奴らには絶対逆らうな。あの双子は人間じゃない。本物の悪魔だ。そんでてめえは、何があっても口開くんじゃないぞ。いいな」

「え、え?」

「お前のスペイン語は本土訛りがもろに出る。身元がバレたら命はない」


 彼らは、海賊の中でも、特にスペインに苛烈な敵対を示す一派に分類される。

 食い詰めものの吹きだまり。

 ちぐはぐな流民の集団。

 バッカニア。いわゆる、カリブの海賊。


 ほどなくして、アーレント号のマストには恭順の白旗が上がった。



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