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7. 忘れ去られた古代の扉




「俺が殺す」

しっかりとつかんでいる剣を勢いよく振りかざすと、空気が一瞬静止し、次の瞬間、



ズバァアアンッ!!



雷鳴のような音とともに、魔物の体が大きく吹き飛ばされた。

通常の魔法では見たこともないような冷気と熱気が、魔物の体内で爆ぜ、魔物は悲痛の声を上げていた。


「な、なに今の…アドニス…?」


フローラは目を見開いたまま、彼を凝視していた。

その顔は、いつものアドニスとはまるで別人のように見えた。


魔物は苦痛にのたうち回り、体を激しくくねらせる。

唯一残った右目でアドニスを睨みつけると、一直線にアドニスの方に向かってきた。


「アドニス!?」


アドニスの顔が魔物の口の中に入りそうになった瞬間、アドニスは魔物ののどにまっすぐと剣を突き刺した。


「グギャアアアアア!!!」

魔物は深い傷の重さを悟り、砂を巻き上げながら地中へと逃げていった。


「倒した?」


フローラがようやく力を抜いたとき、アドニスの体からふっと光が抜け、彼はその場に膝をついた。


「アドニス!」


「げほ、げほ…」

かなり魔力を消耗したようで、激しくせき込んだ。


「どうしたのよ、大丈夫…?」


アドニスは答えず、ただ目を伏せ、揺れる視線を地面に落とした。


「…僕にも、分からない」


静けさが戻った洞窟に、再び微かな風の音だけが流れていた。




「本当に、ありがとうございました…! あなたたちは俺たちの命の恩人です!」

商人の1人が深く頭を下げる。


「皆さん、大きな怪我はありませんか? 魔物が戻ってくる前に、王都へ避難しましょう」


騎士たちは荷物の整理を始め、周囲の安全を確認していた。

「いやあ、まさか、こんなことが…」


「…」

アドニスは肩で息をしながら、まだどこか上の空だった。



洞窟の中をぐるぐる歩いていると、地上に続いてそうな階段を見つけた。

天井に設置された戸を開けると、きらきらと輝く雪が降っていた。


「砂嵐が止んでいる。けど、異変はまだ終わってないみたいだな」


地上に出ると、先ほどまで霞んでいた遠くの町がはっきりと見えるようになっていた。


「ここは…?」

石造りの柱が並ぶその場所は、まるで神殿の遺跡のようだった。


「ここは、フォグリス神殿と呼ばれていた場所です。昔は祭事に使われていたと聞いていますが、今はただの遺跡です」

騎士のひとりが説明してくれる。


「行きましょう。ここからは私たちがあなた方を守ります」



「おーい!」

町の門前で、見覚えのある男が手を振っていた。

宿屋で出会った商人のひとりだ。


「嵐が止んでもしかしてと思ったんだ。マジで取り返してくれるとは」


「手遅れになる前に助けられてよかったです」


「あれだよな、例のペンダントのかけらだったよな」

彼は持っていた荷物をごそごそと漁り、ひとつの黒い箱を取り出した。


「あ!ほら、これだよ」

箱を開けると、中にはペンダントの破片が収まっていた。


「…これだ、これです!」


「いいよ、助けてもらった恩をそれで返せるかい?」


「ありがとうございます、助かります」

フローラは深く礼をした。


「ところで、このかけらはどこで手に入れたんですか?」


「これはね、ディアブレアって町でもらったもんなんだ。知ってるか?商業が盛んで、悪魔がいっぱい住んでるって噂の町」


「ディアブレア…」


「私は聞いたことないわ」


「もしそのかけらを探してるなら、一度寄ってみてもいいかもな。ああいう町は物も人もごちゃごちゃしてる。お宝も紛れてるかもしれんぞ?」


「そうですね、行ってみます。ありがとうございます!」



アドニスたちは、村長が託した手紙を持って城を訪れ、目的と現在の世界の状況について丁寧に説明した。


「ご苦労であった。こちらから返事を届けられなかったこと、どうか許してほしい、アドニス殿」

大陸を統治する王、ディオラン・フォグリスが、深く頭を下げた。


「いえ、仕方のないことです。私たちは、ウィンを探すために王都の力をお借りしたく思っています」


「うむ…。協力は惜しまぬつもりだ。だが…」

王の表情がわずかに曇る。


「王都の復興にも人員を割かねばならぬ現状ゆえ、動かせる兵はごく少数に限られている。こちらでも詠唱場所の特定は急ぐが…君たちには、直接魔王城跡へ向かってもらえないだろうか」


「…そうですか?」


「騎士の報告によれば、君たちは非常に強力な魔法を扱えるということは、ウィンやナリア村長、騎士数名から聞いている。護衛を付けて動くより、手分けして探したほうが効率はいい。我々も発見し次第、すぐに連絡を入れる」


「…わかりました。こちらは2人で捜索を続けます」


「力を貸せぬこと、すまなく思う。だが、可能な限りの支援は惜しまぬつもりだ。どうか、無事を」




「ねえ」

王都の門をくぐった直後、フローラが足を止め、アドニスの前に立ちはだかった。

見上げる瞳はまっすぐで、少し怒っていた。


「あなた、何か隠してるでしょ」


「…いや」


「嘘。さっきの魔法、あれは何?どうやったのか説明して」

その声には、怒りだけでなく、不安も混じっていた。


「あの時、頭に血が上ってて…正直、よく覚えてない」


「ふざけないで?」

フローラが声を荒げた。


「…ごめん。本当に、わからないんだよ、自分でも」


しばらく沈黙が落ちたあと、フローラは大きくため息をついた。


「…もういいわ。そんな調子じゃ、話しても無駄そうね。ただ、あんたが死んだり、私に迷惑かけたりしなきゃ、それでいい」


そう言い残して、彼女は背を向ける。


アドニスは、その小さな背中を見つめながら立ち尽くした。

自分の中に眠るあの力の正体は、まだ霧の中にある。

だからこそ、いまの彼には答える資格すらなかった。




「ぐっ…!ウィン…、どうして…!?」

鎧を着た男が、炎の魔法に身を焼かれながら叫ぶ。


「ごめん。でも、俺の邪魔はしないでくれ…!」

ウィンは背後の魔法陣を守るように、容赦なく魔法を放ち続けていた。

その顔には、決意と苦しみが入り混じっている。


「ウィン!せめて理由を教えてくれ!俺たちは共に魔王を討った仲間だろう!」


「…お前らは仲間じゃないよ」

苦しげに、しかし断固とした声だった。


緑のローブをまとった女性が叫ぶ。

「どうして!?あたしたちを信じてよ!」


「本当に、ごめん」

その瞬間、ウィンは最後の魔力を込めて、仲間たちを強烈な爆風で吹き飛ばした。


静寂が戻った空間に、魔法陣の光だけが淡く脈打つ。

「…詠唱は、大丈夫か」

ウィンは魔法陣の中央に置かれたオーブをそっと確かめた。

擦り傷ひとつでもついていないかを、何度も何度も確認する。

これから、詠唱を阻止する人たちが何回もここへ訪れてくるだろう。

きっと、あの人もやってくる。


「じゃあ、これ以外に救う方法を、教えてくれよ…」

誰に向けたのか分からない言葉を、ウィンはぽつりと零した。

そのまま柱に背を預けると、膝を折り、静かに俯いた。




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