6. 洞窟に眠る宝石と刃
王都の外に出たアドニスとフローラは、吹き荒れる砂嵐の中を慎重に進んでいた。
風が唸りを上げ、乾いた砂が容赦なく顔に当たる。
「んん…このままじゃ何も見えない」
アドニスは腕で目元を覆いながらつぶやいた。
「この状態で探し物なんて無理よ。どうにかできないの?」
アドニスはしばらく考え、手元に魔力を込めた。
「ヘイルス」
アドニスは氷魔法を試してみた。
冷気に触れた砂は水分を含み、水分の重みに耐えきれずぱらぱらと地面に落ちていく。
「おお、いいわね」
フローラが驚いて地面を蹴ると、落ちた水分は氷の結晶に姿を変えていた。
小さな氷晶の粒が光を反射し、淡く輝いている。
「でも、このくらいの威力じゃ砂嵐の勢いは止められないわよ?」
「僕にできるのはこのくらいだ。少しずつ砂を抑えるから、頑張ってしっかりついてきてくれ」
「りょーかい」
しばらく歩いた先で、荷車の残骸が散らばっているのを見つけた。
壊れた木片、破れた布袋、転がる荷物の一部に砂が少し被っていた。
まだ砂が薄く積もっていることから、最近のものだと推測できた。
「このあたりで襲われたみたいね」
フローラが足元の砂を蹴ると、小さな金属の破片が光を反射した。
「これは…?」
アドニスはその場でしゃがみ、気になった破片を拾い上げた。
その先に、砂が不自然に波打っている部分があることに気づく。
「フローラ、ちょっと見てくれ。この金属が何かわかる?」
「何かしら…。もしかして、この砂の中に何かが埋まってる?」
「少しだけ何かないか調べよう」
周りを見渡そうと立ち上がると、突然地面が揺れた。
「うわっ!?」
砂に足を取られ、砂漠に吸い込まれるかのように地下へ落ちていった。
辛うじて着地すると、大きな空間が広がっていた。
岩肌がむき出しの洞窟で、ところどころに光る鉱石が埋まっている。
上に落ちていた金属の正体は、この鉱石のようだった。
「砂の下にこんな空間が?」
「ここは、例の化け物の住処かもしれないな」
奥へ進むと、そこには倒れ込むように横たわる商人の姿があった。
「大丈夫ですか?」
アドニスは急いで駆け寄り、商人の肩を軽く揺すった。
顔は砂で汚れ、唇は乾ききっている。
アドニスが即座に水魔法を発動し、商人の口元に水滴を落とした。
商人の喉が小さく動き、わずかに目を開ける。
「…う、げほ、げほ」
「大丈夫です、もう安全ですよ」
「…ここは?」
「ここは、フォグリス近くの砂漠の地下に隠された洞窟です」
「な、なんだって…?」
商人を支えながら、周囲を見渡したアドニスは、さらに奥へと続く大きな空洞に気づいた。
そこには、ずるずると何かを引きずった跡がいくつも残っていた。
「思い出した。砂嵐が強まって立ち往生していたら、その壁に生えてる鉱石が地面に落ちているのを見つけたんだ。あれは城で建材として使用されているもので、もしかしたら町に繋がっているかもしれないと思って辿って行ったらいつの間にかここに」
「化け物は、きれいな鉱石をちりばめてあの砂の渦に誘い込んでる、って考えられない?」
「なるほど…。荷物はあの奥かな?」
アドニスが一歩踏み出した瞬間、洞窟の天井から大量の砂が落ちてきた。
「…!」
次の瞬間、巨大な影が降ってくる。
地面が揺れるほどの衝撃を感じた。
砂煙の中から、赤く光る目が二対、ギラリとこちらを見据えていた。
「思ったよりも大きいわね」
「…やるしかない」
洞窟の静寂が、一瞬にして破られた。
砂嵐の中、突如として現れたのは、ヘビのような見た目をした魔物だった。
背中にはきらきらと例の鉱石がウロコのようについている。
こちらを睨みつけながら、じりじりと近づいてくる。
「旅人さん。あの魔物、動きがめちゃくちゃ速いからな!」
アドニスが警戒しながら、ゆっくり剣を抜いた。
魔物は砂を掘り進み、2人に向かって一気に突進してきた。
フローラがいち早く反応し、すかさず魔法を詠唱する。
「フランマ!」
フローラは矢のように変形させた炎を放つが、魔物はその矢を避けるように素早く身をよじる。
火の矢が砂の中に消えていくと、たちまち火は消えてしまった。
「こうじゃないな…」
フローラが冷静に判断し、すぐに魔物と距離を取る。
アドニスはその状況を見て、すぐに頭を回転させる。
「フローラ、少し魔物の注意を引いてくれ!その隙に僕が」
「わかった」
フローラはすぐに行動に移り、もう一度魔法を唱えた。
「フレイム」
小さい火の玉を大量に放ち、魔物の顔めがけて打ち続ける。
魔物は反応して一瞬止まったが、しっぽを地面に打ち付けて砂埃を発生させ、火の玉をどんどん消していく。
その一瞬の隙を、アドニスは見逃さなかった。
「ヘイルス!」
魔物が起こした砂埃に向かって氷魔法を繰り出す。
砂の壁がたちまち氷の壁へと変化する。
魔物が地面に潜ろうとするが、じわじわと地面が氷に変わっていき、身動きが取れなくなっていた。
「僕が砂を凍らせていくから、フローラは攻撃を続けて」
フローラは頷くと、両手を前に突き出し、再び詠唱を始めた。
さっきと同じように、火の玉で魔物の視界を奪う。
魔物はまたフローラの方を向き、唸り声をあげて口を開けた。
「さっきと動きが違う?」
次の瞬間、魔物の口から砂嵐が吐き出された。
フローラの火の玉を突き抜け、高温になった砂が襲い掛かってくる。
耐えきれず、足がもつれて転んでしまう。
「うっ…痛い!」
フローラは思わず敵に背中を向けるしかなくなってしまう。
魔物はじろりと目を動かして、フローラに突進してきた。
「やば…!」
フローラはあてずっぽうで火の玉を繰り出す。
魔物は次々と避け、そのまま近づいてくる。
「なんかいけ!」
アドニスが叫ぶと、手のひらから鋭い氷がビームのように魔物へ襲い掛かる。
ビームは魔物の左目に直撃し、驚きと痛みで体全体を使って暴れ出した。
「うわ!できた!」
「休んでる暇はないわ!体制を整えて!」
呼吸を整えた魔物が、左目から血液を垂らしながらこちらを鋭くにらみつけた。
魔物はしっぽを何度も振り回し、砂埃を発生させるように見えた。
しかし、魔物が急に見えなくなっていく。
「あれ、どこに行った?」
「ちょっと待って、なにか音が聞こえる」
木がバキバキと割れる音が聞こえた。
「あいつ、荷物の方に行ったかも!」
不意に遠くから悲鳴が上がった。
「うわああああっ!」
魔物の巨大な尾が砂を舞い上げながら視界を横切った。
その方向を見ると、魔物が引きずってきた荷物と、身動きの取れない騎士と商人たちを見つけた。
「まずい!魔物が!」
アドニスが走り出そうとした瞬間、背後から回り込んでいた魔物の尾が振り下ろされた。
「アドニス、危な」
アドニスの体が地面から浮き、洞窟の岩壁に叩きつけられた。
フローラの目の前で、アドニスが崩れるように倒れ込む。
「アドニス!」
フローラは一瞬駆け寄ろうとしたが、魔物が再びフローラに向き直る。
ごくりと唾をのむと、後ろから低く、しかしはっきりとした声が洞窟内に響く。
「…クソが」