5. 砂に包まれた王都フォグリス
装備を整え、アドニスはノクスヴェル村へ向かった。
村の入り口には、ひとりの少女が待っていた。
「昨日ぶりだね、フローラ。本当に僕と一緒に行くってことでいいの?」
「ええ、心配いらないわ。ところでこれからどこへ向かうの?王都の人がどうとか言ってなかった?」
「じい…村長が手紙を送ってくれたはずなんだけど、王都からの返事が届かないらしい。何か問題が発生してる可能性が高いから、もう直接向かうことにした」
「分かった。じゃあ行きましょう」
「少し休憩しようか。周りももう暗くなってきたし」
王都への道中、ふたりは野営することにした。
周囲は砂漠のような地形で、夜になると急激に冷え込む。
焚き火を起こし、その炎を囲んで座る。
「…なぜ、あなたが詠唱を止めるために動くことになったの?」
「実は、今回の詠唱の犯人が僕の弟かもしれないんだ」
「え…?」
「僕の弟は、10年前に魔王討伐を果たした剣士なんだ」
「え?本当に?」
フローラは目を丸くしてアドニスを見つめた。
「本当だよ。弟を止められるのは、僕しかいないと思ったんだ」
アドニスは、ふと首から下げたペンダントに目を落とした。
「そうなんだ…」
「君のことも知りたい。なぜ、こんなに僕に協力してくれるの?」
そう尋ねると、フローラの表情が一瞬曇った。
「行方不明の両親を探すため、かな」
「…そうだったんだ、ごめん、聞いちゃって」
「いいの。物心ついた頃から、私はずっとひとりだった」
幼い頃から、フローラはオリバー先生、今の校長先生とともに暮らしていた。
「オリバー先生」
「おや、フローラ。どうしたんだい?」
「どうして私には、お父さんとお母さんがいないの?」
「…君の両親はね、村一番の力を持つ魔法使いだった」
フローラの両親は、オリバー先生の教え子の中でもトップクラスの魔法の実力を持つ生徒だった。
同い年で幼馴染だった2人は学校を卒業してすぐに結婚した。
そして、906年にフローラが産まれた。
アドニスは少し考えてフローラに問いかけた。
「そっか、確か人間と魔法使いとでは年齢の進み方が違うんだよね?今978年だから…」
「人間の年の数え方だと72歳だけど、知能や身体的には18歳くらいになるのかな」
918年。
フローラが12歳の誕生日を迎える少し前に、人間と魔法使いの間でとある出来事が起きた。
魔法使いの子どもが人間の命を奪ってしまった。
故意か事故か、その真相が明らかになる前に、人間側は魔法使いたちへの攻撃を開始した。
オリバー先生は子供相手でも隠さず話してくれた。
「戦争が始まってから3カ月経った頃、戦場に向かった2人が失踪する事件が起こった。血液も遺体も見つからず、まるで神隠しのように、どこかへ消えてしまった」
「え、じゃあ、お父さんとお母さんはもう…」
「あの2人は強い。必ずどこかで生きているはずだ。大丈夫、フローラが大きくなったら、一緒に探しに行こう」
フローラはアドニスの方に顔を向けた。
「私の両親を先生と一緒に探すために、私は何でもする」
「…そんな過去があったんだ」
「旅をして力をつけるためでもあるし、旅の途中で両親に出会える可能性もある。そう思って、あなたについて行こうと決めたの」
「どんな理由であれ、協力してくれることを本当に感謝しているよ。ありがとう」
アドニスはほっとしたように微笑んだ。
その笑顔を見て、フローラも心が和らぐのを感じた。
王都へ近づくにつれて、あたりは不気味な静けさに包まれていた。
遠くに見えるフォグリスの街並みは、普段ならば賑わいを見せるはずの場所。
しかし、そこに活気はなく、ただ砂が舞い上がるばかりだった。
「…けほっ、けほっ。こっちの方って、こんなに砂が舞ってるの?」
「いや、幼い頃に1回来たことがあるけど、こんなに風が強い地域じゃなかったはず」
王都フォグリスに到着すると、その異様な光景に二人は息をのんだ。
街全体が霞んでいる。
建物の壁や窓には砂が降り積もり、人の気配がほとんどない。
「…これは、ただの自然現象じゃないな」
アドニスは目を細め、辺りを見渡した。
唯一、明かりが漏れている宿屋があった。
中に入ると、商人たちが集まり、疲れ果てた様子で座り込んでいた。
「すみません、この辺りって、砂嵐がひどい地域ではなかったと思うんですが、何かあったんですか?」
アドニスが尋ねると、ひとりの商人が顔を上げた。
「あ、ええと、ここの人間じゃないから詳しく知らんが、どうもここ数日で異変が起きたらしくてな」
数人の商人が、興味深そうにふたりの方に集まってくる。
「旅人なんて珍しいな。何をしにここへ?」
「雪の異変を調べるために旅をしています。王都にそのことについて手紙を出したのですが…」
「ああ、多分俺らが運んでる荷物のどっかにあるんだろうな」
そのとき、別の商人がアドニスの胸元を見つめて言った。
「ん?そのペンダントに入ってる欠片、俺どこかで見たことあるぞ」
「え、本当ですか?」
アドニスが驚いて聞き返すと、新たな商人がドアを開けて宿へ入ってきた。
「やっぱり、こんな天気じゃ見つからねえよ」
「どうかされたんですか?」
「実はね、ここに来る途中で魔物に襲われて、仲間の半分と荷物のほとんどを持ってかれた」
この宿屋に集まっているのは4、5人。
「王都の騎士さんたちにも協力してもらってるけど、まだ進展なしだよ。どうしようかなあ」
「その奪われた荷物の中に、もしかしてこれと同じ石が?」
アドニスがペンダントを軽く持ち上げる。
「そうだな…確かに、似たような石があった気がする。見たことのない色と光り方だったからよく覚えている」
「フローラ、砂嵐の異変を解決できれば、何か進展があると思うんだけど、どうかな」
「いいんじゃない?従うわ」
「ありがとう」
アドニスは再び商人の方へ向き直る。
「よろしければ、僕たちが探してきます」
「本当か!? それは助かる!」
商人の顔がぱっと明るくなる。
「だが、気をつけろよ。あの魔物は…ただの盗賊じゃない。砂を操る化け物だ」
「砂を?」
「そうだ。視界を奪い、獲物を翻弄し、いつの間にか姿を消す」
「姿を消す…」
「ひとまず、商人さんが襲われた場所へ行ってみよう」
「ええ」
二人は宿を出ると、吹きすさぶ砂嵐の中に踏み出した。
視界の先、街の外れに広がる砂の海に、何かが潜んでいる気配がした。
この砂の海のど真ん中が、次の目標だ。