3. 魔法使いの村ノクスヴェル
「…ああ、すみません。ナリア村のアドニスという者です」
「私は、フローラ。なぜナリア村の人がこんなところに?」
「この雪の異変を解決するために、ノクスヴェル村に用事があって」
「…そう、じゃあ、案内するわ」
「あ、ありがとうございます!」
フローラと名乗る女の子の魔法は見事なものだった。
ついさっきまで時間をかけて倒していた敵を、次々と難なくなぎ倒していく。
さすが魔法使いだな、とアドニスは心の中で感心した。
「ちょっと待って、入り口の結界を解いてくるから」
ノクスヴェル村は、外部との接触を避けるため、強力な結界が張られている。
「こっち」
しばらくして、フローラが戻ってきた。
フローラに導かれて、アドニスはノクスヴェル村に足を踏み入れる。
結界を通り抜け、村の中に入ると、村人たちは皆、警戒するように彼を見ていた。
フローラに連れられて、大きな学校に案内される。
「ノクスヴェル魔法学校の校長は、村長も兼任している。この村で1番魔法に詳しい人物だから、まずは校長に話をしてみて」
「ありがとうございます」
校長室の札を見つけ、ドアをノックする。
「失礼します」
扉を開けると、椅子に座った年配の人物が静かに待っていた。
「初めまして。この村の長をしているオリバーと申す」
「初めまして、ナリア村から参りましたアドニスと申します。デウスリゼクトの影響で、モンスターの暴走やその他の異変が起こる可能性が高いと考え、詠唱を止めるためにナリア村を代表して動くことになりました。詠唱が行われている場所や、止める方法など、ご協力いただきたいと思っています」
「そうか…しかし、わしが情報を提供して、わしらにどんなメリットがあるというのだ?」
「…え」
「お前も見たろう、村に張られている強力な結界を。雪の異変やデウスリゼクトの影響を弱める力があってな。現状、困っていることはない」
「…それなりの対価を用意すれば、協力してもらえますか?」
「ふむ…どうしようかな」
校長が腕を組んで考えていると、外からバタバタと足音が響いた。
「校長先生!助けてください!」
駆け込んできたのは、フローラより少し小柄な女の子だった。
「どうした?」
「セイランが、ノスアス洞窟の魔物に連れ去られちゃって…!」
「あの洞窟には近づくなと何度も言っただろう!?」
「ごめんなさい!でも、このままじゃセイランが…助けてください!」
「…よし、ナリア村の者。うちの生徒を魔物から救ってくれたら、協力しよう」
「…!分かりました。ありがとうございます」
「校長、私も行きます」
「フローラも行くのか?」
「はい。この人ひとりじゃ不安ですし、まだ私はこの人を信用していないので」
フローラはアドニスの方をちらりと見て言った。
「まあ、よろしい。ならフローラも共に行くといい。君、フローラはこの学校のとても優秀な生徒だから、洞窟の場所など、色々聞いてくれ」
「ありがとうございます。では行ってきます」
「ここまで来る道中の戦いを見て、あなた1人じゃ絶対に洞窟の主を倒すなんてできないと思ったから」
アドニスは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「はは、まあ、そこまで腕に自信はないから助かるよ」
「ノスアス洞窟の主は、普段でもかなり強力な魔物だけど、雪のせいで狂暴化して、さらに厄介なことになってるはず。それを知って、子供たちは興味本位で近づいちゃったのかな…」
フローラは不安そうな顔を浮かべた。
「ここか…」
ツタが複雑に絡み合い、禍々しい雰囲気を醸し出す洞窟にたどり着いた。
耳を澄ませると、水滴が音を立てて落ち、モンスターの唸り声がかすかに響いていた。
近づこうとすると、子供の泣き声のような音も聞こえてきた。
「今の声、絶対セイランだ。まだ間に合う」
「行くか。フローラ、ちゃん?」
「フローラでいいわよ…」
「フランマ」
大体の魔物を魔法が得意なフローラが倒してくれる。
「あのスライムをお願い」
「うん、わかった」
優秀なフローラに、アドニスはおんぶにだっこ状態だった。
「あなた、中級魔法一つもできないの?回復魔法、補助魔法は?」
「できないよ…。あ、一応ヒールはできるよ」
「…そう。そんな能力でどうやって村まで行こうとしてたの?」
「一つ一つの威力は弱いけど、魔法の組み合わせで威力を上げてどうにかしてるんだ」
「組み合わせ?」
「簡単なものだと、火と風を組み合わせて…」
アドニスは軽く手を振ると、風の魔法と火の魔法を同時に発動し、周囲に炎の風が渦を巻くように展開する。
その威力は、普通の火の魔法よりも強力だが、少し不安定だ。
「これで攻撃力を増強できるんだ。でも、風だけだと火を消しちゃうし、火だけだと爆発してしまうから、タイミングと力の加減が大事なんだ」
フローラはその技に感心しながら、考え込む。
「属性の扱いが難しそうね」
「まあ、試行錯誤してるし、なかなか楽しいよ」
「そのやり方、すごくいいと思うわ。もしかしたら、この先の旅でも役立つかもしれない」
アドニスは少し自信を取り戻したように笑った。
「それはともかく、初級魔法だとしても弱くて頼りにならないから、少しだけ教える」
「え、いいの?」
ちょうどこちらへ向かってきた魔物に向かってフローラは手を伸ばした。
「体の魔力と体温を手に集めるイメージを考える。ちゃんと腕を通っていることも考えるの」
アドニスは彼女と同じポーズを取り、魔力を集める。
「1回ずつ丁寧に技を出す。初級だからと言って適当に考えちゃダメ」
フローラは集めた火の玉を目の前の魔物に繰り出した。
火の玉は魔物を包み込み、あっという間に体を焦がしてしまった。
「あと、魔法に慣れていないから、魔力を集めることに集中して周りを見ていないことも改善点ね」
「え?」
フローラの視線の方を見ると、アドニスの足元に魔物がぴったりくっついていた。
「うわあ!!びっくりした!」
「…もう少しこの辺りで特訓しましょうか」