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2. 赤い瞳の魔法少女




翌日、朝早く学校へ向かうと、職員全員が緊張した面持ちで集まっていた。


「虹色の雪が降るこの現象…、『デウスリゼクト』によるものですよね?」

「そうですね」


「どんな魔法なんですか?」


「この世界の歴史を変える本当に凶悪な魔法です」


「特徴としては、詠唱に1か月かかること、雪が降る現象が起こること、そして、この雪によって魔物が狂暴化する恐れがあることです。詠唱するだけで世界に多大な影響を及ぼす危険なものです」


「しばらく学校はお休みにしますか?」


「そうですね…。村には結界が張ってありますし、雪が直接人間に影響があるわけではないですが、とりあえず村長の意見やほかの村の状況を加味して、今後の動向を決めるべきですね」


「しかし、誰が何のためにこんなこと…」


「詠唱者、相当な手練れでないと不可能だろうな。例えば…、ウィンさん、くらいの」


1人の先生が呟くと、全員がアドニスの方を向く。


「…え」

「余計な話はやめましょう。とりあえず、家を回って状況説明をしましょうか」



本当に、ウィンは、詠唱を始めたのだろうか。

昨日、平手打ちを受けた頬を触る。



仕事を早めに終わらせて、アドニスは村長のもとへ向かった。

「失礼します、村長」


「はい…なんだ、アドニスじゃないか。びっくりした」

孫を見て、すぐに柔らかい表情へと変わる。


「ごめんね、じいちゃん」


「どうしたんだ?ウィンは今日有休だから役場にはいないぞ?」


「ちょっと、今起きてる虹色の雪の異変に関する話がある」

祖父は、アドニスを大切な孫として普通に接してくれる数少ない人だ。

そんな祖父だからこそ、すべてを相談しようと決意できた。



「…ウィンが?」


「今回の詠唱に関わっている可能性は極めて高いと思う」


「なるほどな」


祖父は深いため息をつき、しばし沈黙した後、アドニスを見つめた。


「なぜ、ウィンは、世界の均衡を崩すような危険な行動をしているんだ?」


「…正直、全然分からない。確信を持てる理由は、まだ思いついていない」


「まあ、それはいい。どんな理由であっても、歴史改変というのは普通の人間がやってはいけないことだからな…」


アドニスは、1回深呼吸をした。

「僕は、もし本当にウィンが起こしたことなのであれば、止めに行きたい」


「お前が?」


「うん。ウィンのことを1番わかっているのは僕だ。兄である僕が行くべきだ」


「村の外に出ることがどれだけ危険か分かっているのか?魔物が狂暴化しているのならば、お前の実力では命を落としかねない」

祖父は今までの話を聞いて、ウィンだけでなくアドニスまでも危険な目に合うことを非常に恐れていた。

しかし、悩んでいる時間はない。


「分かってる。だから、じいちゃんにも協力してほしい。お願いします」

アドニスは誠実に頭を下げた。


「そこまで意志が強いのなら、協力しない理由はないが…わしはとことん孫に甘いな」

意を決した祖父は、紙に何かを書き始めた。


「王都と協力して騎士を付けてもらう手配をすぐにする。1つ頼みがあるのだが、良いか?」


「何?」


「この村の南東にある森を進むと、ノクスヴェルという村がある。魔法使いが住んでいる村だから、魔法関係の情報はたくさん得られるだろう。詠唱に関する話を聞いて、村へ戻ってきてほしい。出来るか?」


「出来る。今日準備を整えて、明日村を出発するよ」



校長先生に旅立つため仕事を休職することを打ち明けた。

「…そうか」


「ご迷惑をおかけして本当にすみません」


「いや、君のせいでは無いんだし、複雑な事情だからね」


「はい…」


「だが、できればまたここで子供たちの先生になって欲しいと思っているよ」


「…本当にありがとうございます。必ず、戻ってきます」



「ちょっと」

家に帰り、すぐに準備をしようと自室へ向かおうとすると、母に腕を掴まれた。

「…」


「お義父さんから聞いたわ。…行くのね」


「そうだけど」


「出発は、明日?」


「そうだけど何か?」

捕まれた腕を振りほどいた。


アドニスは、今までの不満を吐き出すように話し始めた。

「どうして僕のやることにいちいちケチ付けるんだよ?僕は母さんにどんな迷惑をかけてるのか言ってみろよ」


母は、しばらく言葉を飲み込むように黙っていたが、やがて目をそらさずに答えた。


「違う、そんなつもりじゃないの。ただあなたを、一人前の人間にさせたいだけで」


「僕が、一人前の人間じゃないって言うのか?どれだけウィンと比べれば気が済むんだよ…!」


再び母はアドニスの腕を掴んだ。

少しだけ、母の手が震えていることに気が付いた。

「私には、あなたを引き留める力はない」


「…」


母はそれ以上何も言わず、ふらふらとリビングのソファへ歩いて行った。

少し心が痛みながらも、そのまま部屋へ向かった。



自室へ戻る途中、ふとウィンの部屋の扉が少し開いているのが見えた。

おそらく、母が出入りしたのだろう。

ちらっと中を見ると、見覚えのあるペンダントが机の上で輝きを放っていた。


「これ、懐かしいな…どうして、今」


アドニスが幼いころに祖父からもらい、その後ウィンにプレゼントしたペンダントだった。

ペンダントにはまっていた宝石は無くなってしまっているが、きれいに手入れされているように見えた。

ペンダントに触れると、なぜか胸が温かく感じた。

アドニスは、なにか不思議な気持ちを感じ、それをそのまま持っていくことにした。


「このままじゃ、ウィンのことまで、嫌いになってしまう」



「アドニス、気を付けて」

「じいちゃん、行ってくるよ」


村の南にある小さな門を開け、村の外へと出る。

身にまとうのは急遽用意した薄い鎧。

手にするのは、剣術の授業で使っていた剣。

ペンダントを首にかけ、1歩を踏み出す。


「おい、そのペンダント…どうした?」


「え? 小さい頃にじいちゃんにもらったやつだよ」


村長の表情が、一瞬険しくなる。


「…そうか。お前が持っているなら、何も言うまい」


「え、何?」


「いや、大事なものだから、絶対に他人には渡すな」


「…わかった」


何か言いたげな村長を後にし、アドニスは歩き出した。




「はあ、はあ」


魔物との戦闘は思った以上に厳しかった。

剣術の特訓で戦ったことがあるが、10年ほどのブランクと、雪によって強化された能力に苦戦する。

ナリア村周辺のモンスターは風属性が多い。

風属性に有利な火属性の魔法は習得しているが、実際に戦いで使用するのは初めてだった。


「うーん、剣もすぐ刃こぼれしそうだな」


ノクスヴェル村まであと半分、貧弱な魔法と貧弱な剣で進むのは難しい。


「そうだ。剣に炎を纏わせたらどうなる?」


試しに刃に炎を宿らせる。

だが、最初はすぐに消えてしまった。


「くそ…制御が難しいな」


何度か試すうちに、剣先に炎が安定し始める。

刃が赤く輝き、熱を帯びる。


「これならいけるかな」


炎を纏った剣で風の魔物を斬る。

焼き裂かれた魔物が崩れ落ちる。



道を進むうちに、木々のざわめきが変わった。

先ほどまでのモンスターとは違う、威圧的な気配が森に満ちていく。

アドニスは剣を構え、周囲を警戒した。


「…何か来る」


 次の瞬間、雪を蹴散らして現れたのは、一回り大きな魔物だった。

黒く分厚い甲殻に覆われ、長い尾を持つ獣だ。

アドニスは試しに剣に炎を纏わせ、一気に踏み込んで斬りかかったが、


「くそ、硬い!」


 剣が当たった瞬間、甲殻の表面で火花が散るだけで、刃はまるで通らなかった。

炎も焦げ目をつけた程度で、決定打にはならない。


(炎の剣じゃ、ダメージが通らない…どうする?)


 考える間もなく、再び魔物が襲いかかる。

避け続けるのも限界があり、防具も薄く、このままではやられる。



「フランマ」



鋭く響く声とともに、空気が一気に熱を帯びた。

アドニスの視界の端から、燃え盛る炎の渦が巻き起こり、モンスターを包み込む。

鉄の甲殻すら焼き焦がすほどの高温だ。

炎が収まったとき、その場に残ったのは、焼け焦げた残骸だけだった。


「…っ、誰だ?」


雪の中から、ゆっくりと現れたのは、1人の女性だった。

鮮やかな青い髪が揺れ、燃えるように赤い瞳がアドニスを捉える。

深紅のローブを纏い、彼女の手のひらには、まだ小さな炎がゆらゆらと揺れていた。



「名前を聞くのなら先に名乗るのがマナー、って教えてもらってないのかしら」

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