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星影の誓いを君と  作者: りん


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19/21

19. 敵は誰だ




「…」

ゼフィアンはゆっくりとウィンの方に歩き、手を伸ばすと、すさまじい力でウィンを吹っ飛ばした。


「…ぐあっ」

突如、凄まじい魔力がウィンの体を襲った。

見えない衝撃に弾かれるように、ウィンの身体は後方へ吹き飛び、床を転がる。


「……っ、く……」


ゼフィアンは、何も言わずに背を向けると、ゆっくりと中央の魔法陣へと向かった。

足元に広がる光の模様を見下ろし、その中心部に剣を突き立てた。

鋭い音とともに、床がひび割れ、魔法陣の形が崩れ始める。

空へと伸びていたオーブの光が、次第に細く、弱くなっていく。


「…詠唱が、止まった…」

ウィンは膝をついたまま、肩を震わせてうなだれた。


ゼフィアンはフローラたちの方を見て、立ち尽くしている。

1人1人の顔を見て、こちらの様子をうかがっているようだった。


フローラはその瞬間、立ち上がって走り出し、ゼフィアンの首を強く絞めだした。




「…首を、絞める?」

フローラはアドニスから声を掛けられ、ある提案をされた。


「うん。僕からゼフィアンさんに変わる方法は、いろいろ試してきたけど…僕に戻る方法って、ちゃんと考えてなかったなって」


「それで、どうして首を絞めるなの?」


「ほら、くしゃみとか咳って、生理的な反応がスイッチになってるんじゃないかって話してただろ。だから、強制的にせき込ませれば、僕に戻れるかもしれないと思って」


「…なるほど。言われてみれば、理にはかなってるわね」


フローラは小さく息をついて、眉をひそめた。

アドニスは少し遠くを見るような目で続けた。


「最近さ……なんとなく、ゼフィアンさんが出てくる頻度も、僕に戻るまでの時間も、少しずつ長くなってきてる気してて」


「…」


「もし、いつか僕が戻れなくなったら。そのときは…君にお願いしたいんだ」


短い沈黙のあと、フローラはゆっくりと頷いた。


「…分かった。あなたがそう言うなら、私がやる」




「う…」

ゼフィアンは苦しそうに顔をゆがめ、フローラの腕を引っかいた。


「どうせあんたも聞いてたでしょ。とりあえず、アドニスに戻させて」

フローラは力を込めたまま数秒間、首を絞め続けた。

そして、息を詰めたように手を放す。


「げほっ!げほ!」

アドニスはせき込み、膝をついた。


「はあ、はあ…」


フローラは静かに彼の背中に手を添えた。

「大丈夫?」


アドニスは小さくうなずいた後、顔を上げ、フローラと視線を交わした。

その瞬間。


「―っ!!」


彼の手がナイフを掴み、躊躇なくフローラの胸元に突き立てた。


「…は」


フローラはそのまま床に倒れた。


「アドニスさん!?…はっ!」

駆け寄ろうとしたハイマが、彼の顔を覗き込んだ瞬間、全身に寒気が走った。


白く濁った瞳。

吊り上がるような口元に、ぞわりと浮かぶ笑み。


それは、アドニスではなかった。


「うはははははっ!」


場の空気が一瞬で凍りつく。

ゼフィアンの笑い声が、魔王城に響き渡った。


「まさか…こんなにうまくいくとは思わなかったな」


「…何を言ってるんですか」

ハイマが警戒しながら一歩踏み出す。


「次は何をしようかな…」


「ゼフィアンさん!一体、何が起こっているんですか!?」


だがゼフィアンが手を軽くかざすと、冷たい空気が一瞬で場を包んだ。


「お前を殺すつもりはないが、邪魔をするなら話は別だぞ」


「なぜ、アドニスさんに戻らないのですか」


「…え?」


ゼフィアンは肩をすくめ、にやりと笑った。


「逆に聞くが…どうして俺が人格のコントロールをしてないって思った?」


「は…?」


「おめでたいよな、お前らは俺を疑うということを知らないんだな」


「ゼフィアンさんが、すべてコントロールして、いた?」

ハイマの顔が青ざめる。


「俺の昔話も簡単に信じてくれて助かったよ」


「…あなたがこの前、話してくれた、あれですか…?」


「『俺がフローラの母親を手当てしてたら誰かに殺された~』ってやつだよ」


ゼフィアンの目が笑う。


「あれは嘘だよ。ガキの頃に読んだ絵本のアレンジ」


「…なんで、どうして、僕らを騙したんですか。なぜ、フローラさんを、刺したんですかっ!」

拳が握られる音が聞こえるほど、ハイマの怒りがどんどん湧き上がってくる。


「こいつを殺すことが、俺がここにいる理由だからだよ」




約70年前。

ナリア村とノクスヴェル村の交流会を前に、準備が進められていた。


ナリア村では、村一番の力持ちであり、皆の信頼を集める男、ゼフィアンの兄が中心となって、広場の飾りつけや出店の設営を指揮していた。

大人も子どもも笑顔に満ち、交流会前とは思えないほど、村中が和やかな空気に包まれていた。


「お兄さん、一緒に遊ぼ!」

突然、明るい声が飛んできた。

振り返ると、小さな少女がキラキラした瞳で兄のズボンの裾をつかんでいる。


「いいよ!遊ぼうか」

兄は快く笑い、少女の頭をやさしく撫でた。


「ゼフィアン、ちょっとこの子と遊んでくるな」


「うん、行ってらっしゃい」

弟のゼフィアンは手を振って見送る。

少女と兄が森の方へ駆けていく様子に、思わず口元が緩んだ。


翌日、兄は森の中で遺体となって発見された。


ゼフィアンは、昨日の様子からあの少女が何かをしたのだと断言した。

皆で証拠を探すと、いたずらの数々が明らかになり、犯人はその少女だと判明した。



「失礼します。戦士長、お時間をいただけますか」

ゼフィアンが、会議中の部屋に現れた。


「ゼフィアンか…どうした。まだ心の整理もついていないだろう」

戦士長は気遣うように顔を上げる。


だがゼフィアンの目は、血走っていた。


「…魔法使いとの戦争を起こしましょう」


「なっ…!」


「奴らがこの件に直接関わっていないとしても、あの少女は魔法使いの子です。村に潜んで、兄さんを…」

言葉が震え、拳がわなわなと震える。


「待て、感情で動くな。会談をすると言っただろう。冷静になれ」


「冷静になんてなれませんよ!」

ゼフィアンが机を叩く。


「事件からもう2週間経って、何の進展もない! 向こうがまだ子供だからと泣きついてくるだけなのは目に見えてる!兄さんは、次の騎士団長になる人だったんですよ!? それが…それがたった1人の魔法使いの子供に、殺された!」


「ゼフィアン…!」

戦士長が立ち上がり、声を荒げる。


「俺はもう…待てません」


「ゼフィアン、やめろ!」


その叫びも、彼の背中に届くことはなかった。



「…こんにちは。あなたは…、あ、ナリア村のゼフィ」

その言葉が終わるよりも先に、村人の首が切り落とされた。

鋭く振るわれた剣が血飛沫を上げ、地に転がった頭部が瞬く間に周囲を沈黙させる。


「きゃああああああああ!!!」

悲鳴とともに、村人たちが逃げ出す。


ゼフィアンは肩で息をしながら、血に濡れた剣を握りしめていた。


「はあ…はあ…殺してやる…全員、殺してやる…」


この日、ゼフィアンが火を点けたことで、魔法使いと人間の戦争が始まった。



「ゼフィアン!お前、何をしているんだ!?」


駆けつけた兵士が怒声を飛ばすも、ゼフィアンはどこか遠くを見ていた。


「…あの村人、俺だと分かっていて、笑っていました」

ゆっくりと剣を地面に突き立て、唇を震わせる。

「俺がどれだけ兄のことで苦しんだか、何も知らずに…平然と」


「お前…!」

兵士の拳が震える。


「もう、許せなかった…俺が被害者なのに、加害者のような目で見られて…」


「はあ、もういい…」

指揮官らしき男が深くため息を吐く。

「お前は今日限りで任務解除だ。…誰か、こいつを牢にでも入れておけ」


ゼフィアンは連行されながらも、ただ呟き続けた。


「俺は…間違ってない。間違ってなんか…」



「…はあ、はあ…」


ゼフィアンは荒い息を吐きながら、森をかき分けて進んでいた。

監視の目を欺き、ただ1人、ナリア村を目指した。

手には監視員から奪った剣があった。


「ディーテ、大丈夫か?」


ふと、草むらの奥から声が聞こえた。

ゼフィアンは立ち止まり、耳を澄ます。


「大丈夫、肩に矢を受けただけだから…」


「くそっ…俺が、俺がフローラを見ていなかったから…!」


「違う。あの子が寂しがってたことに、気づいてやれなかった私の責任よ」


「…信じられないよ。あの子が…人を殺すなんて…」


その瞬間、ゼフィアンの脳内に何かが引っかかる。

ぞわり、と背筋が粟立ち、血が逆流する感覚。


あいつらは。


兄さんを殺した、あの少女の…親か?


無意識に笑みが浮かぶ。

手にした剣を静かに構え、茂みの奥へと忍び寄る。


「…っ!」


草をかき分け、勢いよく飛び出した。

驚く間もなく、剣が唸りを上げる。


男の首が空を舞い、

女の頬には深く赤い線が刻まれた。


「…あああああああああッ!!!」


絶叫とともに、ゼフィアンが叫ぶ。


「お前らが…あのガキの親か!? 俺の兄さんを…!!」


「…あの子が…っ、まだ3歳にも…!」


「言い訳するな!! 罪を背負うのは…親だ!!」


ゼフィアンは、今にも女の命を断ち切ろうと剣を振り上げた。


「星影の誓いよ! 私の願いを叶えよっ!!」


女が胸元のペンダントを引きちぎり、まるで命を託すようにゼフィアンへ投げつけた。


ペンダントが額に直撃した瞬間、眩い光があたりを包み込む。


「な、なんだ…!? 光が…!」


視界が真っ白に染まり、身体の感覚がみるみる奪われていく。


「…ぐっ…兄さ……」


最後に残ったのは、女の必死な叫びと、

ゼフィアン自身の名を呼ぶ兄の声の幻だった。


そして、意識は闇へと沈んでいった。




「俺が意識を取り戻したときには、もうこいつの体の中だった」

ゼフィアンの声は、静かな炎のように低く響いた。


「ずっと考えてた。あの瞬間、フローラ、ディーテ、…死ぬ直前の記憶が、1つずつ蘇っていった」


ピクリとも動かないフローラに目を向けるゼフィアン。


「こいつは、俺の兄を殺した張本人だ。しかもそれを、覚えてすらいやがらない。バカだ。ずっと、いつ殺してやろうか考えてた」


その狂気に、ハイマが息を呑んだ。

「デウスリゼクトが発動すれば、俺は消える。だからその前に、やつを殺すか迷ったけど…つまんねぇと思った。だから詠唱を止めた後、一発ナイフで…ってね」


「…許さない」

ハイマの声が、低く響いた。


「それが本当だったとしても、何も言わずに殺すなんて、僕は理解できない…。憎しみの連鎖の中にいたら、何も変えられない。理性を失ってはいけません」


「うるせえな、ガキが」

ゼフィアンは鼻で笑った。


「こいつが兄を殺した罪を許してしまったら。俺は、何のために弟として生まれてきたか分からなくなる」


「…」

ウィンは拳を強く握りしめた。

その言葉が、胸に深く刺さる。

ゼフィアンの怒りも、悲しみも、痛いほど理解できる。


「次は、ノクスヴェル村の魔法使い。その次は王都。兄を殺したことを悔やみながら、後悔の中で死んでいけ。全員だ」


言葉と同時に、空間がぐらりと歪む。

「邪魔をするなら、お前らも殺す」


強烈な魔力があふれ、空間が悲鳴を上げる。

その直後、ハイマが放った魔法がゼフィアンに向かって飛ぶ。



「遅い」


ゼフィアンはまるで舞うようにそれをかわし、光と闇が混ざった魔法の一撃を返す。

直撃を受けたハイマはうめき声を上げ、膝をついた。


「…ぐうっ、くそ……」

「その程度の魔法で俺を止められると思ったのか?」


「ライロス」

ウィンの叫びが飛ぶ。

ゼフィアンは飛んできた魔法めがけて闇の魔法を一閃させた。

魔法はウィンの放ったものを軽々と貫き、ウィンの方に飛んで行く。


「がはっ!」

壁に激しく叩きつけられたウィンは、そのまま意識を手放す。


「…そんな」


満身創痍のハイマ、ハル、ユズキは必死に立ち上がる。

ユズキは両手を掲げ、地に魔法陣を展開する。


「防御魔法で時間を稼ぐ!ハル、外に知らせて!」

ゼフィアンがそれを見て、苛立ちを露わにする。

彼が手を振り下ろすと、強大な魔法がユズキの防御陣を飲み込み、粉砕する。


「ユズキ!!危ない!」


「シェイド!」


その瞬間、剣を携えたハルが突進し、同時にハイマが放った闇の鎖がゼフィアンの動きを一瞬だけ止めた。


ゼフィアンがゆっくりと首を動かし、ハイマと目が合う。

顔は、いつものアドニスと変わらない。


その隙を突いて、ゼフィアンが鎖を破る。

そして、鋭く動いたかと思うと、ハイマの喉元を掴んでいた。


「く……あっ……!」

強く締め上げられ、空気が喉を通らない。


アドニスの姿をしながら、

まったく違う、冷酷なその目に意識が徐々に吸い込まれていった。




ウィンは、柔らかな光に包まれた夢の中で目を覚ました。

そこには、子供の頃の姿をしたアドニスが、あのころと変わらぬ優しい笑顔で立っていた。


「ウィン、泣かないで」

アドニスの声は、春風のように静かだった。


「でも…俺のせいで、兄さんは…」


ウィンの声は震え、胸の奥が締めつけられる。

アドニスはそっと首を振った。


「それは、ウィンのせいじゃない。ただ、僕が弱かっただけだ。剣術のコツがつかめないのも、指摘されたことをすぐに改善できないのも、全部、僕が未熟だったから。それだけのことだよ」


ウィンは首を振り、言い返す。

「兄さんは…弱くなんかない。ずっと、俺の憧れだったんだ」


「ありがとう。でもね、ひとつだけウィンに、どうしても伝えたいことがあるんだ」

アドニスは目を細めて笑う。


「ウィンは強い。誰よりも優しくて、真っ直ぐで、みんなのことを守れる。でも今のウィンは、僕を守るために自分自身をすり減らしてしまっている。僕は、自分を犠牲にはしてほしくない」


「それは、だって…兄さんが、俺にとって1番大事だから!」


「お願い。ウィンの力は、村のみんなを守るために使って。未来を守るために使って。僕は、それを心から望んでる」


アドニスは、そっと自分の胸元からペンダントを外した。


「これを、持っていて」


「…これ、兄さんが大切にしてるもの…」


「うん。だから、ウィンに持っていてほしい。辛いとき、不安なとき、これを見て。僕はいつでもウィンのそばにいるから」


アドニスは笑って、そっとそのペンダントをウィンの首にかけた。


「このペンダントを取り戻してくれ」


アドニスの姿が、光の中に溶けていく。


夢が静かに終わりを告げるそのとき、ウィンの頬に一筋、涙が伝った。




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