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星影の誓いを君と  作者: りん


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15/21

15. 世界の表情を覗く村ノクティス




電泉管理室の奥、分厚い強化ガラス越しに広がっていたのは、泉と呼ぶにはあまりに浅い、底の見えそうな魔力の液体だった。


その液体は、鈍く輝く銀青色。

まるで星屑を溶かしたようにゆらめき、わずかに漂う蒸気が肌をくすぐるようだった。


「これが…魔力の泉…?」


ハイマがガラスに手を当てながら、低くつぶやいた。


「でも、思ったより少ないな」


「そうだな」

フレッドがかぶりを振った。


「本来なら、この部屋いっぱいに魔力が満ちていてもおかしくない。リドルの魔力補給も、ここからだったはずだ」


一行は泉の周囲を慎重に調べ始めた。

やがて、アドニスが壁の隙間に指を当ててつぶやく。


「…あそこから、魔力が漏れてる」


指先に触れたのは、かすかな空気の流れ。

そこには指一本通るかどうかというほどの細い裂け目があった。


「誰かが通路を…?」


フローラが眉をひそめ、ユズキが頷いた。


「私たちがいたノクティスの洞窟にも、同じような魔力の通り道があったの。そこを逆に辿っていったら、この発電所にたどり着いたのよ」


「やっぱり、ウィンがこの発電所に潜り込んで、魔力を盗んでいたってことか。あいつはデウスリゼクトを十分に発動できる魔力なんて持ってないもんな」

ハルが拳を握る。


「魔王城跡地から泉に至るまで、地下に魔力の道を作って…少しずつ集めていたのかもね」

ユズキの声は静かだったが、どこか怒りを含んでいた。


「でも、そんなことをしてまで…」


そのときだった。


「皆さん!」

廊下の奥からベルが駆けてきた。


「よかった、無事で…」


息を切らして立ち尽くすベルの顔は、不安と焦燥でいっぱいだった。


「帰ってこないから、心配で」


「ベル…」

フレッドが、ベルの背中にそっと手を置いた。

だが、その手は震えていた。


「旅人さん。あの星のかけらをもう一度、リドルに使わせてくれないか?お願いだ、ほんの一瞬でもいいんだ。まだ…諦めきれないんだよ…」


その言葉に、ベルがきっぱりと声を上げた。


「お父さん、もうやめて!」


フレッドは、驚いたようにベルを見つめた。


「私ね、お父さんと血は繋がっていないってこと、ずっと知ってた。でも…それでも、お父さんのこと、本当の家族だと思ってたよ。リドルに夢中なのも、ずっと我慢してた。でももうお願い、私のことも、ちゃんと見て」


その声には、悲しみと願いが入り混じっていた。

フレッドは何も言えず、視線を逸らした。

沈黙の中で、アドニスがゆっくりと一歩、フレッドの方へと進んだ。


「この星のかけらは、魔法使いの族宝の一部なんです。僕の一存で渡すことはできません。でも、魔法使いに直接お願いすれば、あるいは…」


横に立つフローラに視線を送る。


「だから、待っていてください。あなたにはまだ、ベルさんがいます。僕は、1人しかいない弟を救うために行かなければなりません」


フレッドは顔を伏せたまま、しばらく動かなかった。




森の奥だった。

まだ小さなアドニスが両親とはぐれ、迷い込んだ森の中で、地面に落ちた一つの光に気づいた。


苔に覆われた岩のすき間からのぞく小さな銀のペンダント。

中央には虹色の光を閉じ込めたような宝石がはまっていた。

ひんやりとして、どこかあたたかい不思議な手触りだった。


「おじいちゃん、森でこんなの見つけたよ」


アドニスがそれを持ち帰ると、祖父は何も言わずにペンダントを受け取った。

そして、それから数日、古い書物を引き出しては夜な夜な静かにページをめくり続けた。

調べれば調べるほど、そのペンダントの正体が浮かび上がってきた。


星影の封環。

かつて魔法使いが神具として扱い、戦乱の時代に幾度も大きな力を発揮した、強力な魔具。


「まさか、こんな形で目の前に現れるとはな」


祖父は静かにため息をついた。

そのペンダントは、おそらく魔法使いと人間の戦争の最中に失われたものだろう。

あの戦争で、祖父の父アドニスの曽祖父は行方知れずになった。


父さんを返してくれなかったくせに。

心の奥底にずっとこびりついていた、魔法使いへの憎しみが胸を締めつける。


「神具だろうと、なんだろうと、無くした方が悪いんだ」


魔法使いに返すつもりはなかった。

自分たちが受けた喪失を、なかったことにはできない。


祖父はペンダントを丁寧に磨き上げ、光が透けるほどに美しく仕上げると、静かにアドニスの前に差し出した。


「ほら、アドニス。森の中で見つけたんだろう?これはアドニスのものだよ」


アドニスは嬉しそうに目を輝かせて、それを首にかけた。



それから数カ月が経ち、ウィンがアドニスの部屋でそのペンダントを見つけた。

興味深そうに眺めていた弟に、アドニスは少し照れながら差し出した。


「欲しいなら、あげるよ」


ウィンは瞳を輝かせて、それを大切そうに抱きしめた。


そして、魔王討伐の時。

ウィンは家を出る朝、迷わずそのペンダントを取り出した。


「兄さんにもらった、たった1つの宝物だから…」


生きて帰れないかもしれない。

だからこそ、悔いのないように、ウィンは首にそれをかけて家を後にした。


数々の魔物をなぎ倒し、ついに魔王の玉座へとたどり着いたとき、彼の体は満身創痍だった。

だが、最後の一撃を放とうとした瞬間、魔王の放った暴風がウィンを襲う。


嵐のような魔力の波が吹き荒れ、彼のペンダントが宙に舞った。

次の瞬間、ペンダントがウィンの額に当たると、まるで導かれるように光が爆ぜた。


銀の鎖はちぎれ、宝石は砕けて空へと散った。

黒く覆われていた空は、静かに、晴れていった。

まるで、ペンダントがその命の力をもって、空を洗ったかのように。




翌々日、かつて魔王の勢力下にあった村、ノクティスに到着した。


黒く凍てついた山肌に寄り添うように建つこの村は、一見すると穏やかだった。

だが空気には、どこか刺すような冷たさがあった。

まるで過去の恐怖がまだ村の隅に残っているかのように。


「とりあえず、この辺りに星のかけらが無いか探そうよ」


5人で手分けして聞き込みを続けるものの、有力な情報はなかなか集まらなかった。


デウスリゼクト発動まで、残された時間はあと7日ほど。

アドニスたちが焦るのも無理はなかった。


村の背後にそびえる魔王城に近づくにつれ、空は灰色に濁り、雪は横殴りの風に乗って舞っていた。

まるで、この地そのものが彼らの接近を拒んでいるようだった。


伝書バトにより、「魔王城にウィンらしき人物が確認された」と王都に報せを送り、5人は民家の一室を借りて会議を開いた。


「無理だよ。お二人でも無理だったあのウィンに、俺たちで勝てるはずがない」

アドニスは悔しそうに机を叩いた。


「でも、王都からの協力をここで待っても、間に合わない可能性の方が高いんですよね…?」

ハイマが状況を確認するようにつぶやいた。


「だからこそ星のかけらを集めるしかない。ペンダントの力を最大限に引き出せば、なんとかなるかも、だろ?結局、僕らにはこれが必要だったんだ」

アドニスが鼓舞するように言った。


その時、村の老人からふとした話が出た。

「村のはずれに、魔王がかつて隠れたという遺跡があるという噂がある」

その言葉に、5人は顔を見合わせた。


「行くしかない」

アドニスが決意をにじませて言った。




遺跡に向かう道は、雪に閉ざされていた。

吹きすさぶ風と、時折耳に届く獣のうなり声が、彼らの覚悟を試すかのように襲いかかってきた。


その途中でも、魔物が現れた。

牙を剥き、容赦なく襲いかかる強力な個体ばかりだった。


「アドニス、剣の重心を低く!」

「ハイマ、魔力を集中させて、今!」


ハルとユズキが即座に的確な指示を出し、3人を導いた。

初日はたどたどしかった攻撃も、今では確かな連携となって現れていた。


「なかなか素質あるね、君たち」

ユズキが微笑む。


そして、遺跡へとたどり着く。

苔むした石壁と、ひび割れた柱が不気味に沈黙していた。


だがその静寂はすぐに破られる。

ずるり、と何かが這い出す音。

そして、闇の中から姿を現したのは、異様な気配をまとう魔物の群れだった。


その中に、ハルとユズキが目を見開くほどの存在がいた。


「…あれは」

「こんなところに、あいつの隠れ家があったのか。ちょっと聞きたいことあるんだけどいいかな?」


魔物たちは唸り声をあげ、牙を剥いて襲いかかってきた。

殺意と本能がむき出しのその気配に、冷たい空気が一気に張り詰める。


「聞いていないか…」

アドニスは剣を構え、背後の仲間をかばうように前に出た。


雪の中、封じられていた力が、牙をむく。

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