生きてもよ 〜式子内親王と藤原定家〜
短歌の授業をした時に、好きな一首を選びそれを題材とした小説を書こうという課題が出されたことがありまして。
その時に書いた小説を自己満足ですが、投稿させていただきました。
実際はもっと長かったのですが、提出用紙に収まらせるために味気なくとも短く修正しております。
こういう小説を書く授業が1年に一回ありまして、それらの小説を全て保存してあるので、読み直したら懐かしくなったので……という本当に、ただの自己満足です。
参考のウエブサイトが多々あるのですが、一番参考にしていたサイトが削除されたのか開けなくなっていたため参考サイトは載せておりません。
なお、少ししか調べていないので設定の矛盾が多いかと思われます。
物心ついたときには、もう決まっていたことだった。式子内親王は、占いによって賀茂神社に奉仕する斎王に選ばれたのだ。
そう、それは喜ばしいことであった。
彼女もそう捉えていた。神に全てを捧げる。これ以上の光栄など、この世にはないはずである。しかしまだ幼い内親王にとってはそれが枷になることなど考える由もなかった。ただ、斎王としての誇りを胸に満たし禊に向かったのだった。
今まで一度も内親王は、斎院であることを悔いたことはなかった。しかし、彼女が初めて悔いを覚える出来事が起きる。
内親王の師匠である藤原俊成の息子、藤原定家。彼との出会いは、内親王が三十のとき。御簾越しに言の葉を交わした以降、彼とはよく話すようになる。時には琴を披露し、定家が感嘆の声を上げたこともあった。
短歌の練習として歌を贈りあったこともある。
いつからだっただろうか。そのように関わるうちに内親王は気づいてしまったのである。
きっかけはわからない。だが、ある日女房が噂をしていたことがある。
「今日の式子内親王殿下は一層、麗しいですわね」
「やはり定家様がお訪ねになるからかしら……ふふ」
「物静かな方だと思いましたけど、なんて乙女な方なんでしょうか……」
女房たちの微笑ましい視線。その対象が自分だと気づくのにしばし遅れた。
何も意識した覚えなどない。しかしながら、思い返せば今日は定家様が来ると聞き朝から気分が良かった。その上、いつもより香選びに時間をかけたかもしれない。
内親王は溜息を漏らした。
(私は恋愛なんて縁が無い身分ですのに……)
浮つく気持ちを押し留め毅然とした表情を保ったまま女房の横を通り過ぎる。
定家様との対面時には、しっかりしておかねばと心のなかで唱えながら。
恋心に気づいたときも、内親王は隠し通すことに徹底した。女房たちに噂されぬようにいつも通りに過ごし、心の動揺も高揚も悟られぬように毅然とした態度で振る舞った。
それでも噂は消えぬままであった。根拠のないと称されるように放ったが未だに定家と内親王の関係は囁かれている。
定家様はどう思われているのでしょうか、と心のなかで溜息を付く。
その噂の決定打を決めた短歌がある。
歌詠み合わせにて、題材が「忍ぶ恋」であった。そこで、内親王は考えた末にある一首を読み上げる。
『玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることのよわりもぞする』
内親王の真意など他者からは計り知れない。だが、定家との関係もあって周囲が沸き立ったのだ。
(これは不可抗力ではないでしょうか……)
これでは、自分から定家に対しての恋心を隠していると言っているのと一緒である。
隠そうとすればするほど空回る感じがする。
本当に……生きていると秘めている気持ちが弱まっていく感じがする。命よ、いっそ絶えるなら絶えてしまえ。
『命よ、終わるならば終わってしまえ。生きていると秘めようとする気持ちが弱まって恋心が現れてしまいそうだから──』
内親王が込めた思い。それは定家殿へ向けてではないかと噂はされたが決定的な出来事はなかった。
それから、内親王と定家は特に進展もなく、内親王が亡くなるまで、二人は関わっていたという。
式子内親王は、生涯をかけて定家への想いを忍んだのである。
……私が十九の時であった。御簾越しに初めて対面したときに、彼女は、思わず惚れ惚れするような良い香りを漂わせ現れた。唖然としている間に、落ち着いた、しかし凛とした声で定家様ですね、と問われたのだ。
それからだった。隙さえあれば彼女に会いに行った。
物静かな皇女、という噂の彼女だったが、話してみると情熱を秘めている素敵な女性だった。
彼女がその細い指先で琴を弾いてみせたときのことは今でも忘れられない。
私が毎日つける日記は、彼女のことで埋まった。それほど心酔していたのが周りにも伝わったのだろうか、私と彼女の関係が噂されるようになった。気づいていたが、気づかないふりをしてやり過ごしていた。
なぜならば、彼女が私にそんな素振りを見せないからだった。私が藤原家の命で妻を迎えても彼女は何の感情も見せなかった。だから、これは私が勝手に恋していたのだと思っていた。
彼女が呪詛の疑いをかけられ八条院から退去したときも、あれほど仏に関心を持たなかったのに出家したときも、私は何一つ彼女の話を聞けなかった。彼女の力になれなかった。
彼女の病気が進み先が短いと伝えられたとき、私はその罪滅ぼしかのように彼女のもとに通った。彼女がどんな状態だったのかを一生忘れないように日記に書き記した。
捨てた恋心。それだったのに、私が帰る間際、彼女は震える手で筆を握り短歌をしたためた。
「生きてよも明日まで人もつらからじこの夕暮れをとはばとへかし」
そして、「帰り道でお読みください」と美しく微笑んで私に差し出したのだ。
彼女のもとを離れ短歌を読んだときに、私は後悔の念が波のように襲ってきた。
『あなたを思う恋の苦しさのためによもや明日まで生きれる身ではありませんし、そうと知ったらあなたも私に今までのようにつれなくはなさらないでしょう。今あるこの夕暮れに、訪ねる心があるなら訪ねてください』
今更知るぐらいだったら知らずに居たほうが幸せだったかもしれない。彼女も彼女だ。なぜ、忍んでいたのにここで打ち明けてきたのか。
そんな後悔や疑問を捨て、その日は用事を済ませて彼女のもとに戻った。
その時には、彼女はもう意識が朦朧としているときだった。
本当に、なぜこんなときに明かしたのか。
その問いを聞く時間もないまま、彼女は逝った。
私にとって、最後まで気高い素敵なお方だった。
お互いの思いを確認する暇もなくあなたは逝かれてしまったのだ。
※式子内親王はなぜ呪詛の疑いをかけられたのか。
内親王は、仏事にあまり関心を持たない物静かな皇女だったとされている。それは巫女として過ごした故なのか、仏に祈っても弟が平家との争いの末命を落としたゆえなのかわからないが、そういったところから折が合わずにデマを流されたのかもしれない。
※定家の日記、「明月記」によると、彼が十九歳のときに内親王はうっとりとするような良い香りの香をたきしめて御簾の中に現れたと記されている。ときには、琴を弾いて見せることもあったという。よく内親王のことを日記に書き、彼女の死の前はその状態を細かく書いていたが、死の当日の葬儀については触れずに一年後の一周忌にてようやく触れる。
※恋心の逸話はよく多い。二人は恋仲だったが引き裂かれた、内親王が定家の顔が醜くて断ったという説など様々だが、二人の年齢差、定家の俗的な性格からは考えられない。しかし、定家は死後に式子内親王から「生きてよも明日まで人もつらからじこの夕暮れをとはばとへかし」という短歌を贈られたという話をする。内親王が亡くなっているためこれが事実かはわからないが、事実だとしたらとてもロマンチックな話、定家のでっち上げだとしたら、定家が「皇女から惚れられていた」という肩書のためにわざわざ死後に周りに伝えたという嫌な話となる。
なろうの皆様なら、むしろこれ以上に詳しい古典ファンの方がいらっしゃるかもしれません。
そのような方には私の書いた設定が矛盾だ、という意見もあるでしょうけれど、どうぞお手柔らかにお願いします。
いずれ、歴史や古典に詳しくなって歴史小説を書いてみたいものです。
ちなみにですが当初の頃、定家のでっち上げという話を知って式子内親王の死後に定家が高笑いしてる場面を書こうか……なんて血迷ったことがあるのですが学校に提出するのにそれはまずいな、と。
周りのみんな、純粋な恋愛を書いていましたからね。さすがにそこで爆弾投下するのは(笑)
数少ない文字数で、恋愛の心情をうまく書くことが出来ずに、ただただ説明に近い文章になってしまったことは反省しております。
ただどうしても、式子内親王と定家の二人の心情を書きたかったんだよなあ……。
あとよく悩んだのは、当時の暮らしが何一つ想像できなくて(古典作品を読んだことがないせいです)女房の描写にかなり迷いました。御簾を挟んだ対話もどう描くか。たぶん、詳しい方の中では「そうじゃねえよ!」という展開も多かったと思っています(笑)
女房の話で思い出しましたが、たしか定家の従姉妹でしたっけ、近い血縁の方が式子内親王の女房をしていた、ということも知りまして。従姉妹だからこそ定家の気持ちを知っていて、式子内親王と定家の恋のキューピッド的な展開も……書こうかと思ったのですが自分では収集がつかなくなるのと文字数が多くなるので諦めました。
ちなみに題材の短歌は「玉の緒よ〜」の方です(序盤で言い忘れてました)「生きてもよ〜」は調べていくうちに短歌の存在を知ったので追加させていただきました。
最後にどうでもいいですが、提出ギリギリだったために、クラス全員の小説読み合わせに間に合わなかった覚えがあります。また今度読み合わせするね〜って先生おっしゃってたのに!!(笑)
毎年、このようなことをしている、と言ったのですが、教科書の小説の続きを書くというものがほとんどだったため、このような短歌を元に、自分で零から書く何ていうのは初めてでして。ネタ出しの時にすっごく悩みました。短編なんて言うのはすっごく苦手でして、このように課題に出されないと悩んだ瞬間に放り投げるんだなと改めて実感した思い出があります(笑)
お読みいただきありがとうございました。