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第8話 神刀とジロー

「キヨちゃん大丈夫?」


「うんっ、キヨは平気! メイワクかけてごめんなさい。お庭に綺麗なお花が咲いてて、かか様が喜ぶと思って、柵の外から手を伸ばしてとってたら、急にお庭の中から鬼が飛び出してきて、それで……」


 拙い言葉で一生懸命に事情を説明し、申し訳なさそうな顔で俯く清子。


 少女の手の中には、積み上げた秋明菊が握りしめられていた。


 おそらく鬼に憑かれているという母親の見舞いに、手渡そうと思ったのだろう。


「そっか。怖かったね。でももう大丈夫だよ」


 杏子は目を細め少女の頭を撫でる。すると清子はほっとしたように頷き、気丈に笑って見せた。


 安堵した杏子は、次いで脇で膝をついていたジローに向き直る。


「ジローさんも大丈夫ですか?」


「ああ。俺の方は問題ない」


「そうですか。それはよかった……」


「心配をかけてすまない。屋敷に入るときに彼女が襲われているところを偶然見かけて、慌てて飛び入ったんだ。急な襲撃で面を食らってたところだったんで……本当に助かったよ」


「そうだったんですか。ご無事で何よりです」


 手を差し出せば、それにつかまって立ち上がるジロー。


 膝ついた汚れをポンポンと手で払いながら、彼は興味深そうに尋ねてきた。


「それにしても驚いた。星守が朱雀を召喚するとはね……五芒星の加護か?」


「えっと、それが……詳しくはよくわからないんです」


「わからない?」


「はい。生前、母がよく口遊んでいた唄を自分なりの術式に変えたらいつの間にかできていたというか……」


「……ふむ」


「もともと四神獣を召喚できるのは五行家のみのはずなんです。五行家ではない私がそれを呼び出せるのは、おそらく『五行家の力を高める目的』として赦された術なのかなとは思うんですが……。でも、父も前例のない術式に驚いていましたし、実践して用途を確認しようにも五行家とはずっと疎遠だったので持ち腐れるしかなくて……」


「……」


「いずれにせよ、初めての試みでしたがなんとかうまくいって、火賀に力が戻ったようなのでよかったです」


「そうか……」


 顎の下に手を置き、どこか不敵な笑みを浮かべるジロー。


 品がよい顔立ちも相まって妙に艶めいて見えるな、なんて、杏子が呑気なことを考えたのも束の間、彼の背後で〝黒い影〟が蠢いた。


「あっ」


「……!」


「……⁉︎」


「うん……?」


 彼の背後に突如として現れたのは、完全に崩れ去っていなかった金目の鬼だ。


 なんと図太い生命力か、黒く焼け焦げながらも死力を尽くすよう長い両腕を突き上げて、ジローに襲い掛かろうと牙を剥く。


「グオアアアアッ!」


「しまった、ジローさ……っ」


 ――が、しかし。


 瀕死の鬼が腕を振り下ろすよりも早く、ジローが振り向きざまに腰に番ていた刀を引き抜き、目にも止まらぬ速さで相手を斬り裂いた。


「!」


「なっ」


 ジュッと音がして、刻まれた鬼が今度こそ浄化させられるよう大気にサラサラ溶けていく。


「……」


「ずいぶんしぶとい鬼だったな」


 杏子をはじめ、周囲にいる陰陽師たちが唖然とするなか、ジローはやれやれと何食わぬ顔で一息ついて納刀しているが……。


 ――間違いない。あれはこの国の帝家に伝わる神刀〝鬼切(おにきり)〟だ。


「え、な、どういうことだ……?」


「な、なぜ神刀が……!」


〝鬼切〟とは、五行六家の霊力が込められた、伝説の神刀のこと。


 この世に蔓延る鬼や悪鬼は、陰陽術や退魔術での排除を除くと、神刀でなければ斬ることはできないし、浄化もできない。ゆえに、今、ここにいる全員の目の前で鬼を断ち切り、浄化させたということは、ジローの持つ刀は、本物の『神刀・鬼切』だということになる。


 加えて言えば、その刀は帝家の血を引く者か、あるいはそれに認められた者のみにしか扱えないはずで……だとすれば、と、一同の緊張にまみれた視線がジローに注がれる。


「か、彼は一体……?」


 ごくりと喉を鳴らし、再びざわめく陰陽師たち。


 杏子も困惑するように、目の前に立ったジローを見上げた。


 すると彼はぽりぽりと頬をかきつつも、飄然とした様子で己の立場を改めた。


「ああ、申し遅れてすまない。俺が『裏陰陽寮』の主宰者、御影だ。訳あって今はまだ身分を明かせないが、この刀を扱える者とだけ言い添えておこう。……諸々、積もる話は中で話そうか」


 ――と。


 言葉尻にはあの意地の悪い……いや、今となってはどことなく気品があるように見える笑みが、軽く添えられていたのだった。


 

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