第7話 星守と星守式
◇
「……」
おそらくはきっと、火賀の力が衰えたのは〝五行の宝玉〟を失った影響なのだろう。
どのような過程でそれが失われたのかまだはっきりとはわからないが、大切な宝玉を預かり守ることが宿命であった星守にとって、不義を生じた時点で大きな失態であることには変わりがない。
だとすれば――。
自分が今、やらなければならないことはただ一つ。
杏子は懐から呪符を取り出しながら、向かい合う火賀をゆっくりと見上げる。
「……あ?」
「やるわよ」
「は? やるって何を」
「決まってるじゃない。倒すのよ、あの鬼を」
「誰が」
「貴方が」
「おまえの目は節穴か? 今、俺の術が弾かれたのを見てただろ?」
「力を貸すわ」
「……はい?」
意味がわからない、といったように顔を顰めた火賀。
しかし杏子は構わずに左手で呪符を構え右手で手印を組むと、目を瞑り、遥か昔の幼い頃に母より子守唄のように聞かされていた、ある唄を口遊み始める。
「『五玉に宿りし火の神よ、南の空より舞い降りて、火行の守り人へ紅き炎の加護を解き放て』」
一字一句違うことなく詠み唱え、次いで火賀の上半身中心部に右人差し指で五芒星を刻む。杏子のその手甲には、五玉を結ぶ五芒星の紋様がうっすらと浮かび上がっていた。
「なっ」
「……!」
驚くように目前の杏子を見下ろす火賀と、鬼の前で目を見張りながら杏子の行動に注視するジロー。
杏子は長い睫毛を持ち上げると、凛とした声色で言い放つ。
「星守の名において召喚する、出でよ四神獣朱雀」
ひらりと左手を返せば、構えていた呪符は折り紙の鳥に。
ふっと息を吹きかければ、飛び立った札鳥は紅く燃え上がる火の鳥に。
見事なまでに華麗なる変貌を遂げ、勇ましく帝都の空へ羽ばたいていく――。
「な……!」
「すっ、朱雀、だと――⁉︎」
空高く舞い上がる朱雀の高潔極まる羽音が、ざわめく周囲の騒音をかき消す。
「……⁉︎」
「な、な、な」
これには獲物に迫っていた鬼もその手を止めて天を仰ぎ、火賀も言葉を失うようにぽかんと朱雀の羽ばたきを見つめている。
「朱雀召喚やと? あの小娘、いつの間にあんな技を……」
「わあ、綺麗!」
「五芒星、朱雀……」
嫉むような眼で朱雀を見つめる金近と、驚き溢す清子、目を瞠りながらポツンと漏らすジロー。
そんな見物人たちを前に、宙で優雅に身を翻した朱雀は火賀に向かって急降下を始めた。
「……⁉︎」
驚いた火賀は両手で防御姿勢をとったのだが、燃え盛る火の鳥は火賀の手前に描かれた〝五芒星〟を介して火賀の中へすうっと消えていく。
「っつお⁉︎」
火賀の全身が赤い気炎に包まれた。
「ご加護がおりたわ」
「……!」
「もう一度、呪術を放って」
戸惑うように自身の体を見渡していた火賀は、どこか半信半疑といった表情をしつつも、漲ってやまないその力に後押しされるよう、「臨、兵、闘、者……」と、再び九字を切ってから、開眼したように声を張り上げる。
「火賀の名において命じる。猛き炎よ、邪を滅し悪鬼を討ち払え…………急急如律令ッッ!」
火賀が広げた右の手のひらに自身の左拳をパンッと強く打ち立てると、先ほどとは比にならない強烈な猛炎が火賀の手印より迸り、とぐろを巻きながら鬼に向かっていく。
「ギ、ギアアアアッ!」
火賀の生み出した炎が今度こそ金目の鬼に着弾し、華々しく爆ぜた。
「おおっっ」
「おお!」
湧き上がる歓声。激しい炎に包まれる鬼の体。まるで音のない花火でも見ているかのようだ。みるみるうちに情熱的な赤が金を溶かしていく。
その猛けるような炎は、残酷なまでに美しい。
「な、な、な……。お、俺がやったのか……?」
「貴方の目は節穴? 自分の手印から炎が飛び出すところを見ていなかったの?」
「俺の真似すんじゃねえ」
ジトりとした目で睨まれると、杏子はようやく溜飲を下すようにふふんと笑った。
「くそ、腹たつな。なんなんだよお前。っつうか、やたら力が漲ってんだけど、いったい何したってんだよ?」
「失われた宝玉の代わりに星守式で貴方の本来の力を戻してあげただけよ。これでもう無能呼ばわりなんてさせないんだから」
そう答えて、ツーンとそっぽを向く杏子。どうやら無能呼ばわりされたことをいまだに根に持っていたようだ。
「ぐ。い、意味わかんねえ」
「終わりよければすべてよし、わかってもらわなくて結構よ。それよりちょっとどいて」
「ぬお」
いまだ納得しきれていないような顔の火賀を押し除け、杏子はことなきを得た清子とジローの元まで歩み寄り、さらには周囲を見渡しながら声を張る。
「どなたか女中さんたちの介抱をお願いします」
「……! あ、ああ!」
呼びかけに応じた何人かの陰陽師たちが、へたり込む女中の手をとって屋敷へと引っ張っていく。それを目で見送りつつ杏子はまず、清子に向き合った。




