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第6話 修羅場と凋落

 ◇



 庭に飛び出した杏子は、目の前の光景に絶句した。


「きっ、きゃあああっ」


「な、な、な……」


「お、おい見ろよあれ……!」


 すでに先に庭入りしていた陰陽師たちの口から漏れ広がる驚きと困惑の声。


 和を織りなす豊かな緑の庭園には、巨躯の男がすらりと立っていた。


(あ、あれは……)


 破れかかった着物に身を包み、頭には二本の角。眼は黄金色に鋭く光り、獰猛な歯を剥き出して周囲を威嚇している。


 ――鬼だ。そこに立ち、一同の視線を惹きつけていたものは間違いなく金色の瞳を持つ鬼である。


「お、鬼――‼︎」


「う、嘘だろおい! この屋敷には今日の会に合わせて特殊な結界が張られているはず。な、なのになんでこんなところに鬼が⁉︎」


 動揺と悲鳴が入り混じり、混沌と化す庭。


 だが、戸惑っている暇などはなかった。


 鬼が狙っている目の前の〝獲物〟――それはまぎれもなく先ほど杏子が会話を交わした少女と、それを庇うように立つ着物姿の〝ジロー〟だった。


「じっ、ジローさん、キヨちゃん!」


 杏子は反射的に飛び出し、身構えて応戦しようとする。


 しかしそれを、他の陰陽師が遮った。


「どけ星守! この化け物め!」


 なもなき陰陽師が手印を組んで退魔術を発動しようとしたが、鬼はそれよりも素早い動きで自分に歯向かう陰陽師に向かって突進し、「ギエイッッ」と、奇声とも掛け声とも取れない雄叫びを上げながら腕を一振りし、赤子のように相手を跳ね飛ばした。


「……⁉︎ ぐあッッ!」


「……っ!」


「だっ、大丈夫か⁉︎」


 拳についた鮮血を舌で舐め上げた鬼はすぐさま元の場所まで戻り、追い詰めた獲物に再び躙り寄る。


 尋常じゃない速さと力。張り飛ばされた陰陽師は、腕と脇腹を長い爪で斬られたようで、遠目でわかるほど出血をしていた。


「く、あれは下級以上の鬼……一筋縄じゃいかんぞ」


 誰ともなくこぼされた言葉に、ざわつく周囲。


 鬼にも強さの基準がある。帝都のそこかしこに蔓延って悪さをする小鬼や下級鬼と比べ、それ以上の力を持った鬼ともなれば、並大抵の霊力では抗えないほどに手強い。


「し、しかも金……金眼の鬼だ!」


 すぐさま飛び交う声。眼の色が金ということは、あの鬼が持つ属性は『金』。


 だとすれば――と、適任者を求めて彷徨っていた陰陽師たちの視線が、ある一点に注がれた。


「金近! 金だ、おぬしが行け!」


 白い装束に金色の扇子、琥珀色の瞳に、この時代にしては珍しい奇抜な黄金色に輝く髪……――金近家の若き当主、金近金治である。


 皆の焦るような、それでいて期待をかけるような眼差しを受けた金近は、涼しげな顔で扇子を仰いだ後、惚けるような声でそれを一蹴した。


「なにいうてますの。金に金やったら相殺してまうやろ。ま、給金はずんでくれる言うんやったらやらんこともないねんけどなあ。大将はんともまだ契約前やし、控えさせてもらいますわ」


「なっ」


 雅な口調の割に、こんな状況下といえどもえげつない金の亡者っぷりを発揮している金近。


 彼は優雅な動きで扇子をひらりと振ると、杏子の隣にいる火賀を指した。


「それに、冷静に考えればここは素直に〝火〟の出番やろ。〝火〟は〝金〟を溶かす。それが相剋関係の基本や。よって、そこの単細胞くんの腕の見せどころやないん?」


 挑発的な眼差しと指名を受けた火賀は、瞬時に燃え盛るよう身を乗り出して怒鳴る。


「ああ⁉︎ 誰が単細胞だとッッ⁉︎ 金近てめえ、その腑抜けた色の毛髪、全部燃して灰にしてやろうか⁉︎」


「くくく。ほうら、洒落も効かんともう怒りはった。世間ではなあ、それが単細胞言うんよ」


「て、てめっ、単細胞単細胞うるせえんだよ! くそ、相変わらずスカした顔しやがって腹たつ奴だな……!」


「他に言いようがないんやからしゃあないやろ。それともあれか。行の力が弱まってできひんゆうんなら話は別やけど」


「できるわボケ! そこで大人しく見てろ!」 


 売り言葉に買い言葉、というよりは一方的に売りつけられた厄介ごとをなんとしてでも力でねじ伏せて見返してやろうと、火賀は杏子を押し除けて自らが前に出る。


「邪魔だどけ!」


「わっ」


「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前……」


 手印を組みながら呪文を唱えた火賀は、やがてカッと目を見開くと、


「悪鬼退散、えぇいッッ!」


 天を切り裂くような掛け声とともに、鬼に向かって二本の指を差し出す。


 火賀の指から放たれた炎は、標的目掛けて加速し、やがて猛炎の矢の如く鬼に襲いかかった。


「おおっ」


「おお、あれが噂の火賀の炎!」


 見事な呪術に歓喜の声をあげる陰陽師たち。


 火賀の放った呪術はたちまち鬼の全身を猛火に包み込み、あっという間に勝負はついたかに思えた――……が、しかし。


「ギエェエエッッ」


「なっ」


 鬼は鬱陶しそうに腕を一振りして降りかかる猛炎を引き剥がし、火賀に投げ返す。


 火賀は慌てて顔前を両腕で覆い、辛うじて防御して見せるが、その顔は弾き返された自身の炎にショックを隠しきれていないといった様子だった。


「な、な、な!〝金〟が溶かされず〝火〟を跳ね返しただと⁉︎」


「う、嘘だろおい! あの鬼、そんなに強いのか⁉︎」


 五行のあるべき姿を否定するような力関係に、騒然とする陰陽師たち。


 しかし一人冷静にそれを見ていた金近は、扇子を口元に当てながらポツンとこぼした。


「逆やろなあ」


「え?」


「鬼が強いんやない。火賀の力が衰えとんのやわ」


「……っ!」


 容赦なく言い当てられて、屈辱そうに唇を噛み締めて金近を睨みつける火賀。


 しかし、些細な小競り合いなどしている場合ではない。


 その間にも、火賀からの攻撃を防いだ鬼は、先を急くようジローとジローに庇われている少女目掛けて鋭い爪を振り下ろす。


 ――ガンッッ。


 悲鳴を上げるよりも先に、冷や汗が杏子の背を伝った。


 束の間の静寂。杏子が恐る恐る視線を向けると、少女とジローは、白く輝く結界に覆われて無事に鬼の攻撃を弾き返しており、無傷であった。


「あ、あっぶね、護符か……?」


「護符の加護だなあれは。誰の差金だ?」


「誰でもいい、とにかく助かったな!」


 あれはまぎれもなく少女の胸元――杏子が少女に手渡した護符――から発せられた結界だ。


 少女も、少女を庇うジローも、驚いたように顔を見合わせており、ただ一人杏子だけは安堵したように胸を撫で下ろす。


 しかしそう手放しで安堵もしていられない。あの護符は邪鬼からの攻撃を防げば防ぐほど札に込められた念が削がれ、次第に効果が弱まっていく。


 なんとしてでも早く、あの二人を助けなければ。


「それにしたってどうするよ。火賀家の炎でも太刀打ちできないなんて……!」


 屈強な敵に手をこまねき、再び「お前が行け」「いやお前がいけ」と、がやがやと騒ぎ始める周囲の陰陽師たち。


「総攻めするか⁉︎」


「いや、これだけの人数だし下手に乱戦すりゃあの二人や腰抜かしてる女中らにまで術があたっちまう」


「ならばやはり、適任は火賀しか」


「いやでも……火賀のやつ、前に聞いた噂じゃ一般人から受けた除霊依頼も霊力不足でしくじったって話だぞ」


「そ、そうなのか? それ、相当まずい状態なんじゃないか?」


「おいおいこんな大事な時に勘弁してくれよ! これだから〝火行〟は……」


「そういうおぬしは〝水行〟の出か⁉︎ 役に立たない水がなにを抜け抜けと……」


「なんだと⁉︎」


 敵を前に不安や不満、不協和音が広がり始める。


「くそ……」


 当の本人火賀は、術を破られ、周囲に責め立てられるような視線を投げられ、自信をなくしたように俯きがちに押し黙っている。


「……」


 杏子は意を決したように顔を上げると、ツカツカと歩いて火賀の目の前まで歩み出た。


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