第5話 星守と大罪
◇
「……」
「おいおいおい、久しぶりの対面だってえのに挨拶もなしかァ? っつうかなんだおまえその格好。ことあるごとにうちからご祝儀を回してやってるっていうのに、ずいぶん羽振りが良さそうじゃねえか」
こちらが向ける冷ややかな眼差しなどお構いなく、手に持った紅色の扇子を弄びながら、さも愉快そうに因縁をつけてくる火賀。この男、杏子の記憶が正しければ自分とは年が二つほどしか違わず、今年で二十になるはずだ。
改めて思うが、相変わらず血の気が多そうな顔つきをしている。
(なにが『ご祝儀』よ。ことあるごとに謂れなき借用書を無理やりこっちに押し付けてきてるだけのくせに……)
日頃の鬱憤と苦情が同時に喉元まで這い上がってくるが、せっかく〝御影様〟が用意してくれた門出の席だし、無用な諍いを起こさぬよう表面上は穏やかに、淑女らしく振る舞うことにする。
「ご無沙汰しております。呼ばれてもいないのに駆けつけてしまって申し訳ありません。星守家を貶めようとわざわざ火賀家の品格を落としてまで招集状を破り捨てていただいたというのに、うちはその程度じゃ潰れないほど悪運が強いようで……」
「なっ」
「そうそうそれと、これからは職務のたびに顔を合わせることになるでしょうから、謂れのない借用書は一枚残らず持参して、都度、御影様の御前で差し戻すことにしますね」
にっこり笑って穏便に済ませるはずが、溜め込んでいた憤りがありありと返礼に滲み出てしまった。
杏子は慌てて口元に片手を添えて淑女らしくふふっと微笑んでみたが、時すでに遅く、目前の火賀は顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。
「て、てめえ、この火賀様に楯突こうなんざいい度胸じゃねえか……」
「楯突くだなんてとんでもない。五行家あっての星守家。父は律儀に肩代わりをして返済に終始して参りましたが、その父が倒れて家計を支える人間が無能なわたくしに切り替わって以降、なかなかそれも立ち行かなくなり、今は返済に回る余裕が全くなくなったというだけのことですわ」
「だっ、だったら嫁にでもなんでも行けばいいだろがっ。ま、お前みたいな可愛げのねえ役立たずの落ちぶれた女を娶ろうっていう男なんざそうそういないだろうけどな」
「……」
「そもそも、父親が倒れて今や〝陰陽師〟と呼べる人間すらいない星守に、五行家の均衡を保つような力や威厳、器量はねえだろ。いくら主宰者の意向だとはいえ、役立たねえ星守家は俺たち五行家からしたらお呼びでねえんだよ」
「あら。お言葉ですが、『女だから』という理不尽な理由で〝陰陽師〟を名乗れないというだけで、日々研鑽を積んできた甲斐もあり、これでもわたくし、陰陽道には通じてはおりますのよ。嫡男がいないという理由でここまで星守の家柄を否定されるのは……」
常に女を小馬鹿にするような言い方にムッとして、突き放すようにそう言い返すと、火賀は一笑に付すようハンと鼻を鳴らした。
「女だから? まぁそれも要因の一つといやあそうだが、俺たち五行家が星守を虐げている理由はそれだけじゃない」
「……え?」
「お前、自分の親から何も聞いていないのか?」
歪んだ笑みを浮かべて尋ねてくる火賀。思いもよらなかった言葉に眉根を寄せる。
五行家が星守を虐げる理由? 単純に『女だから』ではなかったのだろうか。
母親は早くに他界し、父親からも何も聞いていない。
火賀が何のことを言っているのかまるで検討がつかず杏子が首を捻っていると、目の前の赤髪の男はにべもなく続けた。
「五行の宝玉――」
火賀の口から飛び出したその言葉。
〝五行の宝玉〟といえば、火玉、水玉、木玉、金玉、土玉の計五玉、五行各家の『力の源』が込められた、宝玉のことだ。
その宝玉をもってすれば、鬼など遥かに凌駕する力を行使することができるが、使い方を誤り万一乱用にでも及ぶと、世を滅ぼしたり、あるいは五行の均衡が崩れて五行家間での争いも起きかねないため、その宝玉はひと所に集められ、それを厳重に管理してきたのが〝星守家〟の役割なのだが――。
「五行の宝玉なら、父上から『しかるべきところに管理している』と聞いているけれど……」
「それは虚勢だ」
「え」
「本当になにも知らないんだな」
やれやれといったように肩をすくめる火賀。彼は持っていた紅色の扇子で杏子の顎をくいと持ち上げると、嬲るような眼差しで見下ろしながら、彼の知る真実を告げた。
「陰陽寮なき後……そうだな、今から約十九年ほど前の話と聞いたが。帝都の一部が鬼の一門に襲われ、国の緊急要請に応じた五行六家が、一度だけ禁忌を解かれて帝都防衛のため死力を尽くして働いたことがあったそうだ」
「……」
その話は聞いたことがある。自分が生まれる前の伝承レベルで聞いた話だが。
「その渦中、星守の直系であるお前の母親は、五行家から預かり守っていた〝五行の宝玉〟を、騒動のどさくさで紛失しちまったんだよ」
「なっ」
「まあ、お前の母親いわく『鬼から守るためには致し方のないことだった』って話らしいけど、五行家にとっては力の源であり命よりも大事な宝玉だからな。当然、どんな事情があるにせよ星守が宝玉を守り通さなかった罪は重い」
「そんな……」
想像もしていなかった事実に、杏子は言葉を失う。
どう記憶を辿ってみても、そんな話は一度も聞いたことがなかった。
それが火賀の作り出した虚構であろうと、あるいは真実であろうと、どちらにしても信じがたい忌々しき事実だ。
「それが星守家の犯した大罪で、お前らが虐げられるようになった最大の理由だ。まあ、宝玉が紛失したとはいえ俺たち五行家の力が絶えていないということは、この世のどこかには存在しているということ。それがせめてもの救いではあるが、お前の母親が亡くなった今じゃ、宝玉のありかを探し出す術もない」
「……」
「宝玉を失った俺ら五行家は年々力を失いつつあるわけで、その当てどころのない怒りを、今は星守にぶつけるほかねえんだよ」
そう吐き捨てるように言う火賀。よく見れば確かに、彼の全身を纏っている〝火の念〟が、どことなく弱まって、薄れかかっているように見えなくもない。
疲労レベルといえばそれまでだけれど、もしかしたら無理しているのかもしれないし、宝玉がないせいで一族の力が衰えていると言われてしまえば、星守としてはひどく申し訳なく思うほかない。
「そんな、まさか……」
「事実をきちんと受け継がないお前の父親も父親だな。星守の大罪を理解したんなら、お前もそれなりの態度で……」
「きゃああああああッッ!」
――と、ここで。
論破することで優越感に浸るような火賀の言葉を遮り、辺り一帯に響いた女性の甲高い悲鳴。
「……!」
「……⁉︎」
その場にいた幾人か――もちろん火賀や杏子も、邪悪な気配を感じてハッと顔をあげ、窓の外を見る。
「な、なんだ?」
庭だ。庭で何かが起きている。
「庭か? 庭に女中が集まってるぞ」
「不穏な気配がする。行ってみましょう!」
のっぴきならない〝気〟を感じ取った優秀な陰陽師たちは、騒然としたのちに駆り立てられるように庭へ飛び出していく。
「チッ。なんだってんだこんな時に」
「……わからない。でも、嫌な気配がする。わたしも行くわ」
「あ、おいちょっと待ててめえ!」
むろん、突如として起こった緊急事態に火賀と杏子の二人も話を中断し、先に飛び出して行った陰陽師たちの後を追うよう、庭へ飛び出した。




