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第2話 招待状と返事

「うちがどうなろうと、あなたや五行家には関係がありません」


「つれないなあ。五行の均衡を保っている『星守』が潰れれば、やがてこの国は滅びる。だとすればこの国の住民である俺にとっても他人事じゃない」


「あら、よくご存知ですね。そうお思いでしたらぜひ、国や政府に直接訴えたらいかがでしょう。男性の声であれば多少なら届くかもしれませんよ」


「残念だが、俺一人が声をあげたところでどうにもならないのが今のこの国だ」


「そうですね。ですが女などもっと惨めなものです。世の中には未だ〝鬼〟や〝怪異〟といった悪鬼たちがそこかしこに蔓延っていて、退魔に必要な五行六家の力を解放する時が再び来ているというのに、女の私がいくらそれを訴えようとも政府は聞き入れてくれやしない」


「……」


「いずれ国や政府は、陰陽寮を廃止したことを悔やむ日がくると思いますわ」


 決して負け惜しみではない。それは昨今、帝都で頻発する怪異事件からもよくわかる事実だった。


 とはいえ、初対面のこの男にあたってもしょうがない。それはわかっているのに、まるで腹いせのように言い放って杏子はむくれたようにふいとそっぽをむく。


 可愛げがないことは充分に承知していたけれど、日頃の鬱憤が溜まりすぎていたせいで止まらなかった。


 男は最初、きょとんとした顔でそれを聞いていたが、やがて凛々しい顔を崩すようにぷっと吹き出して笑う。


「ちょ、なんで笑ってるの?」


「このご時世、男に黙従する慎ましやかな女性が世の大半だというのに、君はずいぶん口が立つんだなと」


「わ、悪かったわね……。そもそも女に人権がない今の世の中がおかしいんです。〝陰陽師〟だって、なぜ男にしか認められていないの? 女の陰陽師がいたっていいじゃない。従来、この国は五行六家あっての陰陽道だったはずなのに、近年、星守(うち)が男系じゃなくなったからって、五行家の奴らまで急に手のひらを返したように星守を虐げてくるんだもの……あいつら、今にバチが当たるわ」


 ぶつぶつぶつ。いつの間にか私怨を織り交ぜてぼやく杏子。


 そんな彼女を見て、男はことさらおかしそうに笑いを噛み殺した後、ぽつりと呟いた。


「俺は別に、女性が自分の意思を主張をすることが『悪』だとは一言も言ってない」


「……え」


「まさか星守の長女が吉原で身売りを考えていただなんて思いもしていなかったから、ちょっと意地悪く揶揄いはしたけどね。そもそも俺は、君を馬鹿にしにきたんじゃなくて、君の力が必要だからここへ来たわけだし」


「わ、私の力が必要……?」


「ああ。厳密にいえば『星守家』のね」


 男はそう言って、手に持っていた書簡をこちらに差し出した。


「……」


「今の世に不満があるというなら話は早い。受け取ってくれる?」


 にこりと微笑む男の申し出に面食らいながらも、杏子は今一度、男の差し出す書簡を見る。


 さすがにこの流れで『借用書』は出てこないだろう。初対面だから恋文というわけでもなさそうだし、いったい何が書かれているのかと疑問に思いながら杏子は渋々受け取る。


「これは?」


「とある〝主宰者〟が、没落した陰陽師の名家――『五行六家』に宛てて出した書簡だ」


「……!」


「だが、陰陽寮が廃止されてしばらく、そのうちの『星守家』だけは行方が不明とされていたからね。本来ならそれは五行家の一家、火を掌る〝火賀(ひが)家〟の手から、星守家に渡される予定になっていたものなんだけど、いくら待っても返事が来ない。だから、これはもう主宰側で動くしかないと思って、あちこち調べまわった結果、ようやく居所を嗅ぎつけてここまで君を追いかけてきたってわけだ」


「そうだったの……」


 ということは、書生風の装いをしているこの男は、その〝主宰者〟とやらの遣いか何かだろうか。


 杏子はそんなことをぼんやりと考えながら、呟きをこぼす。


「頼った相手が悪かったのね、手間をかけさせてしまってすみません。火賀に限らず五行家の者は総じて星守を小馬鹿にしている奴らばっかりだから、うちに関する頼み事は避けた方がいいわ。きっと、初めから渡すつもりなんて微塵もなく成り行きで引き受けただけだと思うし」


「そのようだね。一応、他の五行家の者にも機会があれば伝えておいてくれと話してあったんだが全く君には伝わらなかったようだし……。五行六家のことはその筋の人間じゃないとなかなか知り得ないから、こちらの配慮が欠けていたよ」


「いえ。遣いとしてあちこち走り回される羽目になったあなたも大変でしたね。ところで……その〝主宰者〟というのは?」


 一瞬、その男は杏子の言葉に目を瞬いたものの、すぐにくすりと笑って、


「ああ、それはいずれわかる」


 男はまたしても意味深にさらりと答え、真実を濁す。


「……? 五行家や星守に用があるといえば、悪鬼に苦しむ民か政府くらいしか思いつかないのだけど……」


「んー……まあ、どうしても気になるというのなら〝某・華族〟ということにでもしておいてくれ」


「かっ、華族⁉︎」


「ああ。まあ、詳しくはいずれ話すから。今はとにかく、手の中の書簡を広げてもらっても?」


「す、すみません。そうでしたね……」


 華族だなんて言われて動揺しないはずもなかったが、あくまでこの人はその遣いっ走りだと割り切り、促されるままに手元の書簡を広げていく。


 ようやく日の目を浴びた書簡の中には、『陰陽寮』を再建するにあたり、かつて同組織にて八面六臂の活躍をしていた優秀な陰陽師集団――『五行六家』に、是非とも再び力を貸して欲しく、数日後に開かれる決起会に参加してほしい旨が書かれていた。


「なっ、『陰陽寮』が再建……⁉︎」


「そう。君も言っていた通り、昨今、帝都に蔓延る鬼や怪異の蛮行が目に余っていてね。国としてもどうにかしたいところだけど、相手があやかしじゃ軍を率いたところで到底太刀打ちできないし、かといって、政府は今さら廃止してしまった『陰陽寮』を元には戻せない。そこで、国の将来を危惧したある〝主宰者〟が、政府非公認の『裏陰陽寮』を立ち上げようってわけなんだ」


「…………」


「まあ、『政府非公認』とはいえ、政府は衆目を気にして公には認められないだけで事実上は黙認みたいなものだから、招集に応じれば、君の父親が不自由なく治療や生活をしていけるほどの高額給金も出る。君にとって全く損はない話だと思うが……って、どうした?」


 ふるふると震えるよう、書簡を握りしめる杏子。


 男が杏子を気遣って首を傾げていると、彼女はやがて書簡をくしゃりと捻り潰してから言った。


火賀家の野郎(アノヤロウ)……………よくもこんな大事な書簡を………………!」


 世間的に行方知れずになっていたとはいえ、五行家の力を持ってすれば星守の行方などいとも簡単に把握できたはず。それなのに、受け渡しを託された火賀は、こんな大事な書簡を渡しにこないばかりか連絡一つ入れないとは、もはや腐りきった悪意を感じる。


 もちろん、伝えようと思えばいくらでも伝えられる状況にありながら何一つ連絡をよこさない他四家―― 水月(みなづき)家、 木原(きはら)家、金近(かねちか)家、土方(ひじかた)家の奴らもだ。


 杏子が怒りを煮え滾らせ、それを『裏陰陽寮参入』への意欲や情熱に変換させるまで、そう時間はかからなかった。


「燃えてる燃えてる。その感じなら、返事は聞くまでもなさそうだな」


 愉快そうに口元を緩めて、杏子の激怒っぷりを視認する男。


「もちろん、星守家はこの招集に応じます」


「ん、助かるよ」


「他の五行家も参加なさるのでしょう?」


「ああ。だが、あくまで五行家(カレら)は君と同志となり、悪鬼退散や怪奇事件解決の職務を共にする味方側の人間だ。再建早々内輪揉めして組織を潰さないでくれよ?」


「善処いたしますが、相手次第では保証いたしかねます」


 杏子が正直に告げると、男はまた、くすりと笑った。


「まあ、それぐらいの気概がなければ、この世の中は変えられない……か」


 そう呟いてからスッと、差し出される長い腕。


 まさかこれが、国や杏子にとっての命運を大きく揺るがすことになるなど、この時はつゆも思わずに。


「じゃあ、今後ともよろしく。星守家長女……――『星守後継者』の星守杏子くん」


「よろしくお願いします……ええと」


「ジロー」


「次郎?」


「ああ。呼ぶ名がないと困るだろうから、俺のことはジローと呼んでくれればそれでいい」


「……? わかりました。よろしくお願いします、ジローさん」


 ―― 五行家のやつら、今にみてなさいよ。


 再び巡り合う星のもと、その性悪な根性を叩き直してやると他家に対する憤りを腹の中でゴウゴウと燃やしながら、杏子はジローと名乗る男の手を、しかと握りしめるのだった。


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