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第10話 星守と未来を担う男

「この話はここだけに。できる限り平然を装って」


「うっ。も、申し訳ありません」


「どこで誰が聞いているかわからないからな」


「……は、はい。あの、でも……」


「うん?」


「近いです」


 体の向きを変えていたジローは、咄嗟に杏子の顎を持ち上げてまじまじと見つめるような姿勢をとっていた。


 これではまるでジローに求愛でもされているかのような構図に見えてしまうし、周囲に困った誤解を与えかねない。


「これ以上離れたら、逆に不自然に見える」


「そ、そうでしょうか」


「ああ。この件に関しては極秘で進めたいと思っているからな。多少の浮き名なら好きに立たせておけばいい」


「……〜っ」


 大胆不敵な笑みを浮かべてから、ようやく杏子の顎を解放するジロー。


(多少の、とは……)


 男女の色恋に慣れていない杏子は顔を真っ赤にしながらも必死に呼吸を整え、心が落ち着くと努めて冷静に先ほどの話を蒸し返すことにした。


「あの……」


「ん?」


「事情はわかりました。でしたらなぜ、そんな大事な話を私に?」


 そこだけがどうしても引っかかっていた。


 五行家と星守は切っても切れない縁で繋がっている。


 言ってみれば良くも悪くも一心同体のようなものだ。


 それなのになぜ、ジローは星守である杏子にその話を打ち明けたのだろうと首を傾げると、


「星守の血は、帝家の血筋を裏切らない。そういう宿命のもとに生まれているのが『星守』なんだ。だから五行六家の中でも君だけは、必ず俺の力になってくれると信じている」


 血と血の絆を信じるように、ジローはそう呟いた。


「ジローさん……」


 もちろん、自分は自分の潔白をよくわかっているし、この先、ジローの正体が明らかになって、たとえそれが身を滅ぼすような結果だったとしても、杏子は帝や、帝家に認められた神刀を持つジローを、安易に裏切る事はまずないだろう。


 星守には、民を、国を、帝を、無条件で守っていく定めがある。


 それが、両親から叩き込まれるように教わった『星守』の宿命だからだ。


 とはいえ……それは自身の心中にある、秘め事のような決意。改めて口に出すのもなんだか気恥ずかしくてもごもごと口篭っていると、ジローはそんな杏子の心中を察して嗾けるような声色で続ける。


「それに、だ。無事にこの件が片づけば、きっと君はその手腕を認められて『女陰陽師』としての立ち位置も確立できるはず。それなら……五行家の奴らに一泡吹かせたいと思っている君にとっても悪くない話だろ?」


 その問いには、杏子は臆する事なくふっと笑ってみせた。


「悪くない話ですね」


 ――このご時世。もう他に星守の生きる術もないわけで、たとえそれがどんな修羅の道になろうとも、進むべき道はただ一つ。


「俺と共に世界を変えよう」


「……」


「力、貸してくれるね?」


 再び手を差し出されれば、杏子はまっすぐにその男の涼やかな双眸を見つめ、自然と口角を引き上げた。


「はい」


 死なば諸共、背水の陣。


 ジローの手を取り、契りを交わすよう二度目のかたい握手を交わす。


 杏子は自分と星守の運命を、この男に賭けることにしたのだ。


「おいっ、星守! どこだ、どこにいやがる!」


「……っ」


「……と」


 見つめあって三秒とたたないうちに忙しないがなり声が聞こえてきて、二人の空間はぶち壊される。


 杏子が眉間に皺を寄せて会場内に視線を見やると、赤髪の気が短そうな陰陽師が湯呑みを片手に自分のことを探し回っていた。


「探されているようだね」


「ですね」


 二人は手を離し、居住まいを正す。


 杏子は騒がしい火賀の声にハァとため息をこぼしつつ、つま先を会場に向けた。


「ちょっと行ってきますね」


「ああ。今日は『裏陰陽寮』の門出の日だしな。これからは君たちをウンとこき使っていくつもりだから、今日ぐらいは存分に寛いで行ってくれ」


 ふっと意地の悪い笑みを浮かべたジローに、杏子はくすりと笑みを返す。


「御意」


 返事をしたのも束の間、会場に戻って行った杏子のもとにすっ飛んでくる火賀と、火賀の傍にいる縮小化したミニ朱雀。


「あッッッ、いた! おいてめえ! 俺の緑茶に大量の砂糖入れたのてめえだな⁉︎ てめえがやったんだな⁉︎」


「人聞きが悪いこと言わないでくださらない? 濡れ衣ですわ」


「嘘言うんじゃねえ! 俺の朱雀……俺の朱雀が!! 見たって言ってる!!!」


「……。もう手懐けたのね、その鳥」


「ったりめーだろ、これは元々うちの家獣だしな。ってそんなことよりお前、この火賀様に喧嘩売るたあいい度胸じゃねえか! これから毎日顔合わせることになるんだし、これからは毎日集って嬲って弄り倒してやっから覚悟しろよてめえ」


「暑苦しいその情熱、私にではなく職務に向けたらどうかしら」


「あんだと⁉︎ って、あ、おいこら待ててめえ! 話はまだ終わってねえ! なに勝手に高そうなモン食おうとしてんだよ! 人の話聞けーーー!」


 早くも手懐けた――ように見えなくもない――騒々しい男を一人引き連れて、杏子は一人、テーブルに並べられた和洋入り混じる御馳走の数々を吟味する。


 五行家のうち火行の力を解放したとはいえ、因縁深い五行家と星守家の先は見えない。この会場にいる陰陽師集団の中には、まだまだ厄介な曲者たちが勢揃いしているわけで……。


「(この料理美味しそ。キヨちゃんたちの分と父上の分、こっそり持ち帰ろうかな)」


 これから降りかかるであろう様々な受難に向け、杏子は英気を蓄えるよう豪華な西洋食を一口、優雅にぱくりと頬張るのであった。


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