弔いの洞窟
※二話の改稿をしています(旅人の来訪:七年前→十年前)
投稿前に直そうと思っていた箇所の訂正漏れです。申し訳ございません
※血や肉の描写があります
死んだ子供の身体を抱いて、ひとしきり、泣いた後、ふと気付いてシウィを見上げる。
雪に埋もれた膝が濡れて、冷たい。
「…櫓番」
今それを気にする時か、と呆れた目で、見返される。
「でも、仕事、だし」
困った顔をすると、深々と、溜め息を吐かれた。泣き腫れて冷えた頬を、一舐めして、唸る。
周囲にいたユキオオカミ達がシウィから遺体を預かり、身軽になったシウィは櫓へ向けて、走り出す。シウィが代わりを務めてくれる、のかな。
わたしの抱いていた子供も、するり、と奪われた。
「どこか、雪の無い場所、に、行こう」
でないと、土に埋められない。
呟いたわたしの頬を舐めて、一頭が先導して歩き出した。多分、この辺りで暮らす子なの、だろう。
入り組んだ道を通って、辿り着いたのは雪と崖の間に出来た、不思議な道で、案内されるまま、進めば大きな洞窟に、行き着いた。
案内してくれた子に、促されるまま、進めば、そこは、
「……お墓?」
雪に埋もれ、光も届かぬはずの、そこは花で溢れて、いた。
雪の下のはずなのにどこか、温かい。
ちろちろ、と、端に小川すら流れている。
美しい花園の上に、小さな、六つの亡骸が、そっと横たえられた。
広い洞窟を埋め尽くす、白いユキオオカミ達の、青灰色の瞳が全て、わたしを向いていた。
こくり、と、喉が鳴る。
唇を噛み締めて、血で汚れた白い腹に、刃を、走らせた。
丁寧に、丁寧に毛皮を剥ぐ。
無言で同朋を捌くわたしを、ユキオオカミ達は無言で見下ろしていた。
子供とは言え、雌山羊程の大きさはある。息を切らせて六頭の皮を剥ぎ終えたわたしの前に、一際大きなユキオオカミが立った。
「どうか心臓は、貴方が」
喋れたのか、とまず、驚き、内容にまた、驚いた。
「心臓、は」
「我らの総意だ。貴方の身の内に入れて欲しい」
ユキオオカミは死した仲間の肉を、喰らう。稀に、ユキオオカミの毛皮が売りに出る、のは、その所為、だ。死して喰われたユキオオカミの、毛皮を貰って売っているのだ。でなければ、出回るはずが、ない。ここ一帯でユキオオカミを殺す事、は、御法度、だし、そもそも今回のように幼い子供でも狙われない限り、人如きに、ユキオオカミが殺されるはずが、ないのだから。
同朋の肉を喰らい、己が身の内で、死した同朋を生かす。その為に、肉を喰らう。
その中でも、生命力の象徴である心臓は、特別な部位、だ。
喰らうのは最高位の個体、のはず。
戸惑うわたしの前で、恐らくここ一帯の覇者であろう彼は、跪いて目を閉じた。雄々しい尻尾も、ぺたり、と地面に付けられている。彼に追従して、他のユキオオカミ達も跪き、目を閉じる。
これは、相手の優位を示す行動、だ。
「……わたし、が、最高位、だって、言うの?」
目の前のユキオオカミは、ぱさ、と尾を一振りして答えた。
「本当に、良い、の?」
なおも躊躇えば、伏せたままに開いた瞳で促された。
意を決し、震える手で、胸を割く。取り出した心臓は辛うじて、まだ、温かかった。
ぼたぼた、と、血を滴らせるそれを、口に含む。
血抜きもしていない、火も通らない、ほんのすこし前まで生きて、動いていたはずの、心臓。
それを、喰らう事に、不思議と、嫌悪や恐怖は、感じなかった。
言いようのない、悔しさと悲しさと、同時に、なんとも言えない胸の熱さと、充足感を覚える。まるで心に火が灯った、みたいに。
確かに、身の内に新たな生が宿った、と感じた。
一つ喰らって目を向ければ、続けろ、と促される。
二つ、三つ四つ五つ、六つ。
全ての心臓を喰らい尽くして、自分の胃はそこまでものを入れられたのか、と驚いた。
いつの間に、か、わたしの全身は遺体から零れた血で、真っ赤に、染まっていた。
わたしが、心臓を喰らい尽くした、と確認する、といっとう大きなユキオオカミは、立ち上がり、彼にくらべれば遥小さな六つの頭を、一つずつ、飲み込んだ。
ユキオオカミにとって、は、心臓が最上位で頭がその下。誰かが心臓を喰らった後で頭を喰らう、なら、それは明確な示位行為だ。
改めて、状況を理解して、背筋に、ひやり、としたものを感じる。今、わたしはここ一帯のユキオオカミの、頂点に位置付けられた。
未だ胸で燃え盛る六つの命が、事実をより強烈に、実感させる。
頭を喰らったユキオオカミがわたしの傍らに寄り添い、子供達の死を悼む為に集ったユキオオカミ達が、順繰りに肉を喰らって行く。わたしの上位を、認めて、行く。
どの位、時間が経った、だろうか。六つの遺体は骨と皮を遺して、喰い尽くされた。わたしがあれ程零した、血も、もう、わたしの身体を染めるものしか、遺っていない。
寄り添うユキオオカミに目を向ける、と、頷いて肯定を示された。
今度は鞘ごと剣を構え、花を退けて、穴を掘る。
ユキオオカミ達は、黙ってそれを、見ていた。
結構な時間を掛けて満足なだけ穴を掘ると、遺った骨を中に入れた。土を被せ、穴を掘る上で退けておいた花を、埋め戻す。
わたしの身体は血に塗れ、土に塗れた。
わたしの汚れた頬を舐め、最高位のユキオオカミが再び跪いた。他のユキオオカミ達も、後に続く。
気高きユキオオカミの鼻先が、わたしの爪先に触れる。
「我らが姫。同朋を弔ってくれた事、心より感謝する」
「……我が、同朋。同朋、として、認めてくれた、事、心より、感謝、する」
額突いた顔を引き上げ、その額に額を付けた。
なぜ、わたしが姫と、呼ばれたのか、わからない。でも、そうすべきだ、と感じた。
額を付けていたから彼が、ぴくり、と反応したのに気付いた。
「──!?あー……」
ずしゃーっ
声と音に驚いて、わたしは顔を上げた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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