過ぎ去った旅人
「なぜ、旅をしているの?」
なぜ、そんな事を訊いたのだろう。
その時の記憶は、いまだに強く残っている。
囲炉裏の炎。赤く照らされる部屋。黒く濃く、揺れる影。
どこか暗い色を含む瞳をした、そのひと。
村の誰より背が高く、大きな剣を持ち、砂埃に薄汚れ、険しい顔をしたそのひとを、わたしは、恐い、と感じていたはずだった。
囲炉裏の側で二人、残されて、留守にした両親を恨めしく思ったはずだった。
口を聞く気もなく、唯、時間が過ぎるのを待っていたはずだった。
それなのに、わたしは確かに、そのひとと会話をした。確かに、その記憶がある。
なぜわたしは、口を開く勇気を持ったのだろう。
彼の何が、あるいは、その問いの何が、わたしをそこまで突き動かしたのだろう。
そして、何より。
確かに記憶している。
確かに会話をしたはず。
なのに。
なぜ、覚えていないのか。
村一番の人嫌いと揶揄される程に動かない唇を、動かして、恐ろしい旅人に話し掛ける程、わたしを駆り立てた一言。
その一言に、返されたであろう応えを。
わたしは、覚えていないのだ。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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