夏の友人
「ねえねえ、肝試ししようよ」
「えーー、肝試しかぁ」
智也はお化けや幽霊が苦手だった。だけど、みんなでワイワイすることは好きだった。
それに、女の子達が肝試しと聞いてキャッキャと楽しがっているのを見ると、怖がっている自分がなんだか恥ずかしくて言い出せなかったのだ。
「ね、智也、智也も参加するでしょ?」
そう言いつつ、じっと見つめられると、行かないと言う訳にはいかなかった。
「……うん、そりゃ俺も参加するけど」
そう言いつつ、今回の話の発端である少女を見やる。
彼女は、この近くに住んでいる子供で、凛という。
毎年、智也の家族は親戚や友人家族達と連れ立って、この田舎に遊びに来ているのだ。
凛とは、二年前の夏に知り合った。
公園でみんなで遊んでいたときにポツンと一人でブランコに乗っていたので、従妹の紗那が声をかけたのだ。
夏と冬に会えるだけのこの友人は、とびぬけて綺麗で、ハーフだったかクォーターだったか、透き通る青い瞳を持っていた。
智也は表向きは普通にしていたが、実はこの子の儚げな横顔を盗み見るのが好きだった。正面から見ると元気いっぱいな少女なのだが、横から見ると、どこか近寄りがたい雰囲気があるのだ。
ふと、凛が視線を感じてこちらを見てにこっと笑った。
「どうしたの?智也」
「なんでもない」
外に出ると、うだるのような暑さが面々を包み込んだ。
「あちー」
「それな」
うんざりしながら、できるだけ木陰の道を選んで歩く。
ととっと凛が横に寄ってきた。
「智也君、しんどそうだね」
「だってあちーもん。凛はなんで大丈夫なんだ?」
「ふふ、私暑いのは平気なの。 ……寒いのは苦手なんだけど、ほら!!」
ピタッと首に充てられた掌は思ったよりも冷たくて、びくっと体が跳ねた。
「つめたっ、凛大丈夫かよ?」
「うん、まったん、ひえしょう? なんだ」
そういえば、叔母と母が冷え性なのよねと会話していたなと思い出した。そのあとに続くお通じやダイエットの事も思い出して少しうんざりしたが。
「りーんちゃん、わっ、ほんとに冷たい!!」
ギューッと後ろから抱きしめたのは幼馴染の鈴だ。凛とは気が合うのか一番しゃべっている。
「お前ら、横から見ると変な生き物みたいだぞ」
俺の首に手を当てた凛と、凛を後ろから抱きしめる鈴の影が連なって、一つの化け物を形作っていた。
が、デリカシー皆無なことを言った友人の雄哉は凛と鈴に一斉ブーイングを食らったのだった。
「みんな、いるかー?」
「「「「はーい」」」」
夜の雑木林手前で点呼を取る。近くにテントを張ってくれた、叔父はファーと大きな欠伸を一つして後はよろしくとばかりにキャンピングカーの中に戻っていった。
昨日ジャンケンで負けて付き添いに選ばれた彼は、いま宿泊所で行われている宴会を思って不貞腐れているのだろう。
仕方がないなと智也はため息を吐いた。
仕込みの終わったくじを順番に回す。
ルールは簡単、二人一組で近所の墓地まで行って、墓地の慰霊碑に花をくべて帰ってくる簡単なルールだ。
「準備はいいか?」
「「「「うん」」」」
「じゃ、一組目の雄哉と俺から順番に行くぞ」
そうして肝試しはスタートした」
「ね、凜ちゃん、真っ暗だね」
「そうだね、鈴ちゃん、怖いなら捕まっててもいいよ」
「うん」
どこか楽しそうに進む凛と、凜の着物の裾をつかみながら恐る恐る進む鈴の二人は、小さな物音などに主に鈴がびくびくしながらも墓地の手前までたどり着いた。
「や、やっとついた」
ふーと安堵の息を吐く鈴とは対照的に、良かったねと言う凜はどこか物足りなさそうだ。
そうして献花をして二人で帰路につくと、遠くから悲鳴が聞こえた。
「ひっ!!」
引きつる鈴をしり目に、凜は楽しそうに鈴の手を引いた。
「なんだろうね、行こう!!」
「うえーーいやだよぉ」
半泣きの鈴と笑顔の凜が、悲鳴のあった方向に向かうと、ぽたぽたっと滴が落ちてきた。
「「えっ?」」
二人で上を見上げたとたん、目の前に落ち武者髑髏と滴る血が見えた。
「「ぎゃーー!!」」
顔に触れた髪の毛が本物の感触で、それが一層怖かった。
そうして二人で逃げ帰ってくると、他のメンバーは平然として、お帰りという。
聞くが、他のメンバーには何もなかったそうだ。
怖かったとえぐえぐ泣く鈴をみんなでなだめながら、その日はテントの中でみんなで眠った。
翌朝、智也と雄哉はみんなにネタ晴らしをした。
二人は驚かす方の仕掛け人で、たまにしか会えない凜に楽しんでもらおうと精巧な落ち武者人形を作成し、血のりを使い、木に登ってまで仕掛けをした。
鈴は凛と一番仲が良いということでとばっちりで巻き込まれた。それを知った鈴は、ひと夏の間、智也と雄哉を許さなかったし、アイスをおごらせ続けたそうだ。
そうして、家に帰って、秋が過ぎ、冬、また同じメンバーで集まった時のことだ。
「なあ、雄哉、鈴、凜は元気かな?」
そう聞く智也に、二人は首を傾げた。
「えっ、凜ってだあれ?」
慌てて智也が凜の特徴を上げると、おぼろげに記憶はある人とない人に分かれた。
さすがにぞっとして、宿泊所につくなり、近所の遊び場にしているお寺に行き、気のいい住職さんにそのことを話したのだ。
そしたら、住職さんはふと空を見上げると、一つの古いアルバムを持ってきた。
そこには榛凜と書かれ、寒い冬に事故で遭難し、凍死したとあった。
怖がる面々に住職さんは穏やかに告げた。
「凜ちゃんも、昔ここに遊びに来ていてね、当時僕は凜ちゃんのことが好きだったんだ。だってあんなに綺麗な子だろう?それでどうしても近づきたくて、一つ約束をしていたんだよ」
「約束、ですか?」
「ああ。凜ちゃんは裕福な家の子だったから習い事が多くて、周りの人と同じようには遊べなかったんだ。それで、僕は頼み込んで、次の夏、クラスのみんなと肝試しをしようって、ね。まだ冬だって言うのに凜ちゃんは楽しみにしていたんだ」
そうしみじみと言う住職さんの顔はどこか切なくて、不意に凜の横顔と重なった。
ああ、あれは恋をしている顔だったのか。
失恋の痛みがツキンと襲ってきて、智也の夏を彩った。