リチェリーツェ side
驚いたことがあった。
王家主催の夜会に参加するために馬車に乗ったところで、アリソンが同乗してきた。いつも男爵令嬢と参加していたから、てっきり今日もだと思っていたのに。
「リチェリーツェ、きれいだね」
「・・・ありがとうございます」
婚約していたときから会話らしい会話をしていないから無言になる。会話はアルソンにとって面倒なことになるらしい。特に婚約者のご機嫌を取るためのおべっかは、時間の無駄ということだ。
「じゃあ、帰るときに声をかけてくれ」
「・・・分かりました」
何のために馬車に乗ったのか分からないが、アルソンの中では、エスコートしたことになっているのだ。一人で馬車を降りて、一人で会場に入ったとしても。
「リーツェ嬢」
「ツイード様」
「アルソンは、相変わらずか」
「そうですわね」
アルソンは知らない。私の名を愛称で呼べないことを。昔馴染みの友人たちは、もちろんだが、義両親であるルーバル侯爵夫妻にも愛称呼びを許している。
同じようにツイード様もアルソンには名を呼ぶ栄誉を与えていない。だから、ずっと殿下と呼んでいる。ツイード殿下と、も呼ばせてもらえない。
「男爵家の娘はどうした?」
「ドレスを仕立ててもらえずに不貞腐れてますわ」
「アルソンが仕立てなかったのか?」
「ふふ、ご自分の財布が減る面倒を甘んじると思いますか?」
アルソンはカーラを手放すことはしない。完全に囲うこともしない。自分の株が上がる程度に世話するが、それ以上は、しない。貴族らしい残酷さを無自覚に発揮するのだから質が悪い。
「だから、僕はリチェリーツェを愛してるんだ。愛人なんて持たない」
「ですが・・・」
「ねぇ」
「ご夫人を連れていらっしゃらないのに、愛人を作らないとは、道理が通りませんことよ」
夜会で妻以外の親族でもない女性を連れていたのだ。アルソンが愛人を作ったと誰しもが思う。そんなところで妻への愛を語っても信じてもらえない。
「リチェリーツェ! 僕が愛していることを信じてくれるよね?」
「信じると言ってもエスコートもダンスも無くて何を信じれば良いのか・・・」
「何を言ってるんだ。僕は常に愛してると言ってるじゃないか!」
言葉だけなら誰でも言えるし、贈り物をするのは周りに相手を大切にしていることを周知させる意味がある。言っているだけで、やっていることは正反対だ。
「ドレスも宝飾品も一度も贈られた記憶が無くて・・・」
「何を言ってるんだ。婚約者に贈り物が届くのは当然だろ」
「そうですわね。では、どちらの婚約者に贈られたのです?」
「リチェリーツェに決まってる。婚約者には贈り物が届くのは当然だと、先生が言っていた。だから届いていないのはおかしい」
人の言うことを素直に聞きすぎる弊害だろう。アルソンは婚約者には贈り物が勝手に届くと勘違いしていた。ただ、ルーバル家では私への贈り物をしていないことは気づいている。気づいていながら黙認しただけ。
「あっ! アルソン」
「えっ? カーラ、どうしてここに? どうやって」
王家主催の夜会に招待されていない者が入ることはできない。アルソンの疑問は正しい。だけど、男爵令嬢を招待できる者は限られている。そのことには思い至らないらしい。
「まさか本当に招待なさるとは思いませんでしたわ」
「父上が、下手に隠せば利用される可能性があるから大々的に名と顔を売ってしまえ、と言っていてね」
「確かに間者にするには有名になりすぎましたね」
アルソンの愛人が王家の夜会に参加した。この事実は、本人たちの預かり知らぬところで大きくなる。アルソンはゲンボルト王国の関係者を愛人にした。全貴族から監視されることになる。
「アルソンがリチェリーツェを愛してるのは私ちゃんと分かってるわ。だからアルソンは、愛人を作るつもりはないって皆に知らせようと思って来たの」
「カーラ・・・そうなんだ! 僕はリチェリーツェを愛してるって言ってるに、誰も信じてくれないんだ。ありがとう。カーラは分かるのに、どうして分からないのか不思議なんだ」
手を握りあって、見つめあって、どこからどう見ても情熱的な恋人同士だ。興味のない人たちは離れたところでダンスを踊っている。
「僕たちも一曲踊るかい? 王族が一回も踊らないのは問題だし」
「よろしいですよ。ツイード様」
「それではお手を、リーツェ嬢」
優雅なリードで安心してダンスを踊れる。一度だけ婚約発表の夜会でアルソンとは踊ったが、ステップは間違える、足を踏まれそうになる、散々なダンスだった。
「あっ! 殿下! どうしてリチェリーツェの愛称を呼んでるんですか。リチェリーツェもどうして殿下の名前を呼んでるんだ」
「アルソン、急にどうしたの?」
「カーラ。聞いてくれ。僕には名前を呼ぶのを断っておいて、二人は名前を呼び合ってるんだ。きっと二人は浮気をしてるんだ」
「まあ、酷い」
「そうだろ? 僕はリチェリーツェを愛してるのに」
夜会で醜態をさらす二人を誰も信用しない。おそらく二人の茶番劇見たさに招待状は増える。それは人脈のためではなく、娯楽要因だ。
「あら、愛する方がいるのに、別の女性の手を握るなんて」
「あのように見つめあって」
「愛人にしたのなら責任を持っていただかないと」
「僕は愛人を持たない!」
ご夫人たちに、けしかけられて何度も叫んでいるけど、それを見て笑っている人がいるのに気づかないとは。いや、むしろ、好意的に見られていると思っているのか。
「そんなことを侯爵家の僕に言うのは、貴女たちだけだ。周りは皆、何も言っていない」
「あらあら」
「まあまあ」
「お若いわね」
「ええ。招待状を送るから是非とも参加してちょうだい」
さっそくお呼びがかかったようだ。素直に喜んでいるが、どうして喜べるのか。アルソンの相手は、私ではない。
「喜んでいただけて嬉しいわ」
「若い方がいるだけで、楽しいもの」
アルソンは自分の主張が認められたと思ってカーラをエスコートして、ダンスを踊る。お互いにステップを間違うから面白いくらいに足を踏んでいない。本当にお似合いだこと。