カーラ side
本当に嫌になるわ。親切で面倒を見てくれているアルソンを愛人を探してるだなんて。次の夜会でしっかり言ってあげなくちゃ。
「ねぇ。もっと豪華なドレスは無いの?」
「豪華、でございますか?」
「そうよ。こんなドレスじゃ笑われてしまうわ。アルソンの隣に立つのにみすぼらしい格好はできないわ」
お母様が懇意にしている商会だから最高級の物を用意してくれると思ったのに、これじゃ他の男爵令嬢と変わらない。最低でもお母様と同じものは着たいわ。
「お母様は、今度の夜会でどんなドレスを作ったの? それと同じものを用意してちょうだい」
「同じもの、でございますか? それは難しいかと」
「どうしてよ、私はお母様の娘なのよ」
「はい。ですが、リージィ様は伯爵令嬢であらせられました。それ相応のお立場をお持ちです」
私は、この分からず屋のせいで、いつも満足のいくドレスが買えないでいた。お母様の娘ーー伯爵令嬢の娘なのだから私だって、相応の立場を持ってるわよ。アルソンの母親も茶会でドレスを送ってきたけど、流行りも何もないドレスだった。
「だからお母様に恥をかかせないために!」
「なら、小切手を用意してください。先にいただいた分では到底足りませんから」
「分かったわよ。なら、このドレスを持って行きなさいよ。茶会用にってアルソンの母親がくれたけど、私の趣味じゃないの。売ったらいくらかになるでしょ?」
「・・・カーラ」
「えっ? アルソン?」
今の会話、聞かれて無いわよね。いつもは商人が来てるときは部屋に入って来ないのに。どんなドレスを着るのか見る楽しみが無くなるとか言ってたし。
「父上が、カーラが母上から贈られたドレスを売っていると聞いて、確認しようとしたんだが、本当だったとは」
「違うのよ。私は売るつもりなんてないの。この商人がドレスを売れって脅してくるの」
「商人は信用が第一ですよ。貴女が自分から進んで売ったことは明白です。誓約書もありますからね。お望みなら写しを届けますよ」
「け、結構だ!」
困ったわ。このままだと追い出されちゃう。アルソンが怒ってるけど、私は何も悪いことをしてないわ。センスのないアルソンの母親が悪いんじゃない。私はアルソンの母親を助けたのよ。
「売りたくて売ったわけじゃないの。ドレスを送ってくれたことに感謝してるわ。でも、とても着て行ける型じゃなくて、だから困ってしまって」
「カーラ」
「だけど、他を仕立てようにも足元を見られて困ったの。夫人に言えないし、アルソンも自分の母親の美的感覚がずれているって言われたら困るでしょ?」
「カーラ。いくら何でも黙って売るのは許されることじゃない。とにかく、母上に謝罪しよう」
どうして分かってくれないのよ。私が悪いと言われるのは困るわ。アルソンは謝らせようとしてくるし、最悪だわ。
「ほら、行くよ」
「アルソン、待って。侯爵夫人に会うのにこんなドレスじゃ困るわ」
「母上は、マナーに優しいんだ。指摘したことは一度も無いんだ」
半信半疑でアルソンに手を引かれて本邸に向かった。途中、アルソンは執事に母親の所在を確認して、中庭に向かう。なんでもお茶をしているらしい。
「母上!」
「・・・アルソン」
「ほら、カーラ。謝罪して」
「アルソン。そちらの子は、どなたかしら? 名乗りを受けたことが無いのよ」
「カーラです。殿下から世話を頼まれて預かっている令嬢です。ってわざわざ紹介なんていらないでしょ? 母上はカーラにドレスを贈ってくださったんですから」
扇で口許を隠した侯爵夫人が冷たい目でこちらを見てる。マナーに優しいって言うのは、自分がマナー知らずだから他人を指摘することができないだけじゃない。
「まだいたのね。手切れ金代わりにドレスを送ってあげたのに。それとも本当にアルソンの愛人になりたいのかしら?」
「母上! カーラに失礼なことを言わないでください」
「どこが失礼なことをなのかしら? ドレスを売り飛ばしても、離れの使用人を自分のところの使用人のように扱っても、息子の愛人だと噂されても、居候でいさせているのに、何が問題なのかしら?」
そんなのアルソンが自分の家と思って良いって言ったからよ。ドレスだって流行りも分からない人が恥をかかないようにしてあげただけなのに。
「居候ではありません! カーラは殿下から世話を頼まれて預かっている令嬢です。言わば、賓客です」
「賓客なら賓客らしく、来月の夜会は欠席よね? まさか招かれてもいないのに王家主催の夜会に参加するなんて恐れ多くてできないでしょうけど」
アルソンの母親だから何も言わないでいたけど、嫌味ばかりで何の価値もない人だわ。でも、ドレスを売ってるのに気づいているなら、自分の感覚の悪さにも気づいて欲しいわね。
「母上、それではカーラが困ることになります」
「困る? 何を困ると言うの? ドレスもエスコートも全部、ご実家の男爵家が手配するものよ。なぜ我が侯爵家がしなければならないのか。アルソン、よくよく考えなさい。このままではリチェリーツェ嬢と離縁することになりますよ」
貴族の結婚がそんなに簡単に反古にできるものじゃないことは子どもでも知ってるわ。脅しにもならないことを意味ありげに言っても虚しいだけよ。なのに、アルソンは顔を青ざめさせている。
「リチェリーツェ嬢は格上のご令嬢。彼女が別れると言えば、その通りになるわ。どうするかは、アルソン。貴方に任せるわ」
「か、カーラ。離れに戻ってくれ。僕はリチェリーツェに会いに行くから」
「ちょっと!」
「リチェリーツェは、どこにいる?」
「アルソン、待って。私も行くわ」
結婚したんだから妻は夫に従うものでしょ。お母様は、いつもお父様を立ててたもの。だから、お母様はドレスの仕立て代は実家に請求してたわ。妻が夫の金で贅沢をするのは、恥だと。私も見習ってお父様にドレスを強請ることはしなかったわ。