デュジャック side
長男が非常識な面会から帰って来た。普通なら不敬とされて、そのまま投獄されて裁判にかけられる。そこをツイード殿下は、アルソンを分かっていて利用したことによる借りを返したのだろう。
「父上!」
「ノックをしろ。先触れを出せ。口が酸っぱくなるほど言っているが、なぜ身に付かない?」
「そんなことよりも」
「そんなこと? お前は貴族としての在り方を免除されるほど偉いのか?」
家の中ならうるさく言わない方針の家は多い。だが、そんなことをすればアルソンは自分は許される存在だと誤解してしまう。少し礼儀知らず、侯爵家の長男は傲慢だと思われる程度なら御の字だ。
「し、失礼しました」
「謝罪で許されないことをしていると自覚しろ。それで? 何についてだ?」
「カーラのことです。なぜゲンボルト王国と繋がりがあると教えてくれなかったのですか?」
「その話は後だ。そうだな。夕食後に時間を作る。いいな?」
このまま話すつもりだったのは一目瞭然だ。許可を求めること無くソファに座って、茶が出てくるのを待っているのだから。執事は無言で退席させようとドアを開けている。渋々、出ているが、廊下で待つのは予想できる。
「旦那様」
「アルソンは、部屋に戻ったか?」
「少し離れたところで立ち止まりました」
「だろうな。侯爵家がゲンボルト王国に乗っ取られないかと心配しているらしい」
殿下に指摘されて初めて侯爵家の現状に気づいたと思っているが、原因が自分にあるとは欠片も思わないようだ。むしろ、侯爵家を陥れようと殿下が画策したとか言い出しかねない。
「だから、国内でも十番手くらいの商会の三男との縁談を纏めてやったというのに」
「アルソン様が直々に乗り込んで破談にしましたからね」
わざわざ危険因子を持った娘を受け入れるのだ。それ相応の代価は秘密裏に用意した。だが、それとは別のものも詫びとして用意せざるを得なかった。
「それで? 離れの娘は何をしている?」
「今度の夜会に出るためのドレスを行商と一緒に選んでますよ。その行商は、ゲンボルト王国に本店を構えている行商ですが・・・」
「本邸には近づけるなよ」
「心得ています」
どうせ、新しい行商では選びにくいと言われて、調べもしないで言われるがままに呼んだのだろう。あれだけ背後関係を確認しろと言ったのに怠った結果だ。人の言うことを素直に聞きすぎる欠点に加えて、面倒なことを嫌うという面もある。何処までも自分本意な息子だ。
「決定的なことをしでかさないから幽閉も難しい」
「はい」
「ミリエナに、男爵家の娘を茶会に呼べと言ったらしい。さすがに断ったようだがな」
誰からも茶会に呼ばれなくて困ってると男爵家の娘に言われて、母親に相談という名の命令をした。侯爵夫人が縁もない男爵家の娘を茶会に呼ぶなどあり得ない。同じことをリチェリーツェ嬢にも言ったようだが、本当にあり得ない。
「奥様は、いっそのこと男爵家に婿入りさせては、どうかと言っていました」
「そうだな。一度、離縁したことで下位貴族と結婚することに問題はない」
「リチェリーツェ様に瑕疵が無いことは皆様ご存知でしょうし。多少根回しをすれば可能かと」
「それは最後の手段だがな」
アルソンが自分の部屋に戻ったことの報告を受けてから自室に行く。夕食後と言っても顔を合わせれば、好きなように話し出すのは目に見えている。家族だから細かい礼儀を気にしなくて良いと勝手に解釈していた。
「父上! なぜ夕食が終わっていることを知らせてくれなかったのです!」
「なら反対に聞くが、なぜ夕食後にサロンでお茶をしていた?」
「それは、父上が来ると思って」
「お前の話は談笑で済むのか?」
いくら使用人たちが侯爵家に仕えていると言っても人の口に戸は立てられない。むしろ、アルソンが率先して愛人を持とうとしているという噂が大々的に流れていないことが不思議なくらいだ。
「それで、話は何だ?」
「カーラのことです。確かに母親がゲンボルト王国出身ですが、カーラ自身は我が国で生まれ育ってます」
「だから何だ?」
「貴族令嬢として扱われるべきです」
「扱っているだろう。親の庇護下にある令嬢を呼びつけたりしていない」
友人同士の茶会ならいざ知らず、他家の子どもを呼んで茶会などあり得ん。その場合は監督者の親も同席させる。
アルソンの言う貴族令嬢として扱われるべきというなら文字通り、正しく扱われている。
「それとも家格が同じ家の招待は受けないとでも言うのか?」
「そんなことはありません」
「どうだかな。どの家も当日になって断りの連絡が、婚約者でもない侯爵令息から伝えられたと手紙が来た。読むか?」
手紙は子爵家や男爵家の当主からで回りくどく書かれているが、どの家も茶会の準備を無駄にされたことへの抗議だ。ミリエナが社交界の友人たちに頼んで開いた茶会だったというのに。開催場所は子爵家や男爵家だが、裏の主催者はミリエナであり侯爵夫人だ。
そんなことも分からずにアルソンは無駄にした。何とか体裁は保ったが、ミリエナの顔に泥を塗ったことには変わりない。
「それは、カーラが茶会に出るためのドレスを用意できなくて困ってると聞いたので」
「それで当日に欠席か。ミリエナが着ていくドレスまで用意したというのに、欠席か?」
「母上が? ですが、カーラは着ていくドレスがないと・・・」
「それはそうだろう。貰ったドレスを質に入れていたのだからな」
男爵家として十分な質のドレスを用意した。流行りよりも手を入れれば長く着られる型のものを選んだと言っていた。親族でもない男爵令嬢に対して厚遇すぎる。
「気になるなら直接聞けば良いだろう」
「分かりました」
聞いたところで真実を話すとは限らない。アルソンの行動は、愛人として囲うための事前準備にしか見えない。当人にそんなつもりが毛頭無くとも。