ツイード side
「殿下、アルソンが面会を求めると書状が届きました」
「そうか。いつだ?」
「本日の午後三時です」
「応接室に通せ」
「お会いになるのですか? 今日の今日の知らせですよ?」
普通は一週間前くらいに予定を確認してから訪ねるものだ。恐らくアルソンは、かつて側近だったことで許される立場だと勘違いしている。あいつが側近だったのは、学院に在籍していたときだけだ。今は、内政に深く関わる公務を任せられるようになったから自然と、アルソンは外した。
「今回だけだ。次からは通常の手順を踏ませろ」
「分かりました」
学院に在籍していた三年間で、アルソンの性格は把握している。思い込んだら突き進む性格で、なかなか意見を変えない。今回の約束を無視しても、すでに本人の中で会うことになっているから、こちらが約束を反古にしたと言い出しかねなかった。
「あと、アルソンと会うときに茶は出さなくて良い。無駄になるからな」
あれでも貴族としての教育を受けているのだ。本来なら不敬なことをしていると気づいてもよさそうだが、期待するだけ疲れるだけなのは分かりきっている。
「リーツェ嬢には頭が上がらないな」
「ツイード様、アルソンの前で、その愛称は口にしないでくださいよ」
「分かってる。アルソンが愛称で呼んだら訂正されたのを愚痴っていたからな」
婚約者であった時からアルソンはリーツェ嬢から壁を作られていたからな。真っ先に許されるはずの愛称呼びを拒否された。反対に、婚約者以外の交流のあるものは、愛称呼びを許可されている。
「そろそろ時間です」
「行こう」
応接室ではアルソンが足を組んで苛立ちを隠そうともしていない。この腹芸のひとつもできないところは、権謀術数の渦巻く王宮で癒しではあった。だが、それは同時に敵に利用されやすいことも意味する。そんな男を側近にはできない。
「殿下! カーラが愛妾じゃないってどういうことですか!」
「・・・挨拶も無しか」
「殿下?」
「言葉のままだ。愛妾候補ではあったが、いろいろ足りないため召し抱えることはできなかった。だから、お前に困らないようにしてやってくれ、と頼んだ」
アルソンは愛妾を寵愛を受けた存在だと思っているがーー中には、そのままの意味の存在もいるがーー本来は高位貴族の妻になれるほど優秀だが、身分が足りない者に箔をつけるための制度だ。愛妾という職業だった。王家が太鼓判を押すのだから生半可な者では務まらない。
「そうです。だから、僕は困らないようにしたのに、なぜか愛人だと言われて。僕にはリチェリーツェがいるのに」
「困らないように、ね」
アルソンには曖昧に伝えたが、本当にこちらが予想していた通りに勘違いしてくれた。困らないように。私が困らないようにしてくれ、という意味で使ったのに、アルソンはカーラが困らないようにしてくれ、と捉えた。
カーラの口癖である困ってるの、を利用した。
「だから夜会に連れて行ったのか?」
「はい。カーラが夜会に参加できないと困るって言うので」
「だから婚約を破談にしたのか?」
「はい。カーラが平民になるのは困るって言うので」
「男爵家のカーラ嬢が高位貴族に嫁いで困らないのか?」
基本的な貴族の在り方は同じだが、責任の重さが圧倒的に違う。さっきも言ったようにカーラ嬢は足りてない。教養の無い彼女では困ることになるのは目に見えていた。
「ですから、それを支えてくれる相手を・・・」
「ならアルソン、君が支えれば良いのではないか? 今からでも遅くない。離縁して、カーラ嬢を迎え入れれば良い」
「僕は、侯爵家ですよ! 男爵令嬢では釣り合わない!」
「なぜ釣り合わない? 君は同じ侯爵家や格上の公爵家に男爵令嬢を娶らせるつもりだったんだろう? 他人は良くて自分はだめな理由が思い付かないな」
どうせ深く考えてはいない。男爵家のままでは思うように生活できなくて困ってると言われて、それなら金のある高位貴族と結婚させればいいと安直に考えたはずだ。
この男は、無意識に自分が損をしないための手段を選んだ。だからと言って、本当に結婚されても困ることになるから、口だけだが。
「そ、そう言うのでしたら殿下が結婚すれば良いのではないですか?」
「お前は、この国を滅ぼすつもりか?」
「はっ? 滅ぼす?」
「知らないなら教えてやる。一度しか言わないから良く聞け」
カーラ嬢が色々と足りないのに愛妾候補になったのは、母親の出自が関係している。普通なら選ばれもしないのに、選ばれた理由は母親がゲンボルト王国の伯爵令嬢だったからだ。
「カーラ嬢の母親はゲンボルト王国の出身だ」
「えっ? あのゲンボルト王国ですか?」
「そうだ」
「内政に深く口出して、内乱寸前まで引き起こしたところで戦争を仕掛ける。あのゲンボルト王国・・・」
カーラ嬢に足りなくても、足りないからこそ何も考えずに言われた通りにする。そんな者を王家に入れれば国は滅びる。人の悪意を感じ取れないアルソンでも意味を理解したようだ。
「それで? お前はカーラ嬢を愛人としておくのか?」
「僕はリチェリーツェ一筋です!」
「なら、早くに手を切ることだな。もう遅いかもしれないが」
「どういうことですか!」
「この間の夜会で同伴したのは、誰だ?」
アルソンの愛人と知れ渡れば、他の貴族は関わらないようにする。それでなくてもカーラ嬢の母親は有名だ。好き好んで迎え入れたいと思う貴族はいない。
「お前の愛人に横恋慕する高位貴族はいない。さらに、他国とは言え伯爵家だ。下位貴族では介入を阻止できない。だから、権力から離れた結婚相手が理想だったんだが、それも潰えたからな」
「潰えた? 貴族との繋がりを求める者は多いと思いますが?」
「それをお前が言うのか? まあ良い。これからどうするのかはルーバル卿と相談しろ」
「父上と?」
まだ本質的に理解していないようだが、これ以上は時間の無駄だ。アルソンが私を支えるなら兎も角、私がアルソンを支えるのでは立場が違う。
「アルソン、時間だ」
「待て。まだ殿下との話は終わっていない」
「それを決めるのはツイード様で、アルソンではない」
きちんと側近として仕えてくれている友人たちは、アルソンを応接室から連れ出した。きっと中途半端にせずに侯爵家の馬車に押し込んで、出発するところまで見送ってくれることだろう。