中編
短めです。
何故、「彼」が姉だと気付いたのか。
と聞かれても、どう説明したらいいかなんて分からない。
ただ「分かった」としか言えないのだ。
7年近く離ればなれになっていた男と女だ。勘違いだろう、と突っ込まれても可笑しくない。
病弱だった俺は騎士として男らしい身体になった。昔に比べれば身体厚みも筋肉の付き方も違う。
女の子だって違う。姉と一緒に森や畑を駆け回っていたお転婆だった女の子は皆、美しくなった。
だが、目の前のどこをどうみても男に見える人間は「姉」なのだ。それだけだった。
◇◇◇◇◇
人生で二番目の衝撃(一番目は姉と離れた時だ)を受けた俺の動揺をおいて式典は恙なく進んでいく。
両親はと言えば微笑みを浮かべるだけで、これは最初から知っていたなと理解した。
何も知らされていないのは俺だけか。なんかちょっと腹が立った。
が、ここでそんなことを口にすれば不敬罪で投獄、果ては死罪まっしぐらだ。
ぐっと堪えてポーカーフェイスを貫き通した。
両陛下へ挨拶をした際に第三王子と目が合ったと感じたのは気のせいではないはずだ。その時に見た口端を上げた微笑み方や右眉をほんの少し持ち上げている様は幼い頃、姉が悪戯を成功させたときの表情にそっくりだった。
もうこれ間違いないだろ。
逸る気持ちを抑えてタウンハウスへと辿り着き、両親へ疑問をぶつけようとすれば、城から遣いが来ていると告げられた。慌ただしく応接室へ向かえば第三王子の臣下と言う男によって密かに城に招かれた。
王家の紋章も家紋のない一般の辻馬車へ乗り込み、王城から数キロ離れた離宮へと連れられ、その後長い石造りの狭い廊下を抜けた先にいたのは第三王子だった。
「父上、母上!」
側近達を下がらせ人払いをした王子は静かに湛えていた微笑みを崩すと、両親へと抱き付いた。
藍色のシャツにベージュのトラウザーズという装いで出迎えてくれた「彼女」はどこから見ても美青年と呼んで差し支えないほど完璧だ。王子として母に席を勧める動きは男の俺から見ても洗練されて美しかった。父と母は姉がこうしていることを以前から知っていたのだろう。仲間外れにされたような気分がもやりと胸を過ぎった。
両親と言葉を交わす「姉」の姿を離れたところで眺める。
7年前に別れてから会いたいと願っていた姉に会えたことは嬉しい。
だが、胸からせり上がるような感動で震えることはなかった。姉のことだからきっと一筋縄では会えないだろうと思っていたのにあっさり会えて拍子抜けをしてしまったというのが一番だろうか。
否、それよりも再会した状況がとんでもなさすぎて感覚が麻痺しているのだろう。
これは悪戯と呼ぶには質が悪すぎる。
昔から姉の悪戯は相手と姉自身に不利益がなく、笑って手を引ける程度のものしかやらなかった。
つまり相手の沸点と未来の代償を計算して実行していたのだ。7.8歳の子供にそんな損得計算ができるか?と言われると答えることは難しいが恐らく無意識でやっていたと思われる。
俺達の侍女や護衛が不穏な気配を纏い悪意の矛先を向けたときも、家にやってきた商人が不正を働こうとしたのを見抜いたときもそうだった。姉は「人を見る目」が確かなのだ。
その姉が王都に来て何を知り、何を見て、何を感じたのか。それは分からない。
ただ、姉が「王子」になってまで成し遂げたい悪戯があるということは分かった。
しかしこの悪戯に失敗は許されない。露見すれば一族郎党、ひいては領民の命までをも奪いかねない大罪だ。
姉の行動をそこまで分析したところで麻痺していた感覚に熱が戻り、ふとした瞬間に導き出された可能性の血の気が引いた。
いや、それはない。いや、あってはならない可能性だ。
とてもじゃないが考えたくもないことだ。
…だけど、そう考えば辻褄が合う。合ってしまうのだ。
いますぐ意識を失って倒れるか、何も見聞きしなかったことにしてすぐさま領地に帰りたい気分に陥った。うん、帰ろう。領地に留守番として残してきた可愛い我が弟の和やかな笑顔に癒やされたい。本気でそう思った。
「ロリー」
記憶よりも低い、男らしい声音で呼ばれる愛称はなんだか変な気分だった。顔を上げれば戸惑う表情が側にあった。
それは領地にいる時によく見た、悪戯がバレて、しかも姉自身に非があると分かって、許しを乞おうとしている時の表情だ。悪いと分かっていて何故やってしまうのか。否、これはもう性格なのだろう。
死ぬまで変わらない頑固な我が姉の譲れないものなのだ。ならば仕方が無い、受け入れるまでだ。
溜息をついて両腕を広げれば笑顔を浮かべて抱き付かれた。
興奮を隠せないのかぎゅうぎゅうと締め付け、さらに背中をばしばしと遠慮の無い力で叩かれる。一応身体を鍛えている俺でも地味に痛かった。一体何をしたらこうなるんだ。
「ロリー、ロリー!」
絵面的には男同士が抱き合っているというなんとも言えないものではあるが、両親以外にこうして久しぶりに名前を呼んでくれる存在に胸が温かくなる。抱き留めてみれば見た目は男のようでもその細さはすぐに感じることが出来た。詰め物でもしているのか胸周りや脇の感触がごわごわとしている。俺の半分ほどしかないんじゃないかと思えるほど肩はとても小さかった。
幼い頃は自分の前を進んでいく大きな背中を追いかけていたというのに、7年の歳月は思ったよりも俺と姉の違いをまざまざと見せつけてくれた。一体この頭の中にはどんな悪戯が渦巻いて、それをこんなにも頼りない身体で成そうとしたのか。そんな気持ちが芽生えた。
そうだ。俺はそれを聞かなければならない。いや、きっとそれを手伝わなければならないのだろう。
彼女の弟として。
とはいえ、相談もなくこんな大事を起こしてくれたのだ。
姉ではあるが、家族として、これからとばっちりを食らう人間として少しくらい怒っても良いだろう。
「さて、姉さん。今度は一体どんな悪戯を考えているのか、俺に教えてもらえるかな」