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前編

 晴れ渡る空が広がるサンブロッサム王国の王城では城下の活気溢れる空気とは異なる厳かな雰囲気に包まれていた。謁見の間に集う臣下達はグラスを片手に和やかな雰囲気を醸しながら談笑している。今日はサンブロッサム王国の第三王子が立太子されるめでたい日だ。招待された臣下達は様々な思惑を胸に秘め、主役の登場を待ちわびている。


(さすが王宮。華やかさもあるが、腹芸の上手い奴らばかりだ)


 壁際に立ち、一人一人の様子を白けた顔で眺めながら長身の青年はグラスを傾けた。

 彼の名前はローレル・ソレイユ。

 サンブロッサム王国から北に2000kmほど離れた険しい山が連なる場所に領地を賜わり、何代にも渡って優秀な騎士を輩出しているソレイユ辺境伯の嫡子だ。鼻筋の通った顔、きっちりと切り揃えられたダークブラウンの髪、その下には光を受けて輝くペリドットの瞳が収まっている。12歳を過ぎるまでは身体が弱く発達も遅かったこともあり、騎士の家系としては細身に見えるがその身体はしなやかさと強さを兼ね備えている。13歳から本格的に剣を習い始めればめきめきと腕を上げ、今では領地の騎士団の副団長を17歳の若さで務めている実力者だ。

 普段なら夜会やパーティーなどかしこまった場が好きでないローレルだがこの式典に参加したのは王子を見るためでは無い。彼には別の目的があった。


(あまり長居はできないけど…、ちゃんと逢えるだろうか)


 己の目的を果たせないのでは、と憂う気持ちで溜息を吐けば、少し離れたところから彼を見つめていたご令嬢達が扇子の下で小さく悲鳴を上げた。ローレルにあまり自覚はないが彼は美しい顔をしていた。


「国王・王妃両陛下ならびにローレル王太子殿下、ご入場です」


 宰相の太く通る声が響き渡り、臣下が腰を折り一斉に礼を取る。ローレルもそれに倣い臣下の礼を取る。扉が開かれ壇上へ向かう足音を聴きながら「そういえば第三王子と俺の名前、同じだな」ととりとめも無いことを考える。

 第三王子の存在は今まで知らされていなかったが、5年前に第一王子が不慮の事故で天に召され、2年前には第二王子が病気で召された。立て続けに起こる国の不幸に皆が不安になっていた。そんな時、喪が明けるタイミングで第三王子の存在と一年後には立太子の式典を行う旨の連絡が国中の貴族へと届いた。まさに寝耳に水の出来事で王都では混乱が起きたらしい。

 王子の存在が明るみに出て一年。王都から遠く離れた我が領地にも第三王子の輝かしい噂は届いていた。聡明さと優しさを兼ね備え、国の問題に対する解決策も次々と打ち出す能力に加え、剣の腕も相当だと聞く。さらに彼の側には「黒騎士」と呼ばれる王宮一の剣の使い手が護衛兼側近としてついているそうだ。これだけの器量を備えたと分かれば彼が王位につくことに誰も異を唱えることは無いだろう。


「楽にしてくれ。この良き日に集まってくれたことに礼を言う」

「―――ッ!?」


 全員の視線が壇上の陛下へ向いている中、ローレルは瞳の中に飛び込んで来た光景に零れそうになる声を喉で留めた。


「本日、我がサンブロッサム王国第三王子ローレル・ブルームが立太子することとなった。まだ学ぶべき事は多いがどうか力になってやってくれ」


 陛下の言葉に第三王子が立ち上がり、手を上げて微笑む。ローズブロンドの甘い色合いの髪がちょうど天井の大窓から差す陽に輝き、美しい緑色の瞳が宝石のように煌めいた。まるで天が祝福するかのような様子に、謁見の間には割れんばかりの拍手が沸き起こった。


(なんで…)


 ローレルは拍手することもなく、呼吸も忘れてその場に立ち尽くしている。

 その目は第三王子を捉えて離さないままだ。


(なんで、そこに居るんだよ…! ()()()!)



 なんと、ローレルの目的である相手は目の前にいた。





 ◇◇◇◇◇



 姉は良く言えば活発で、悪く言えば規格外のひとだ。

 森でかくれんぼをすれば誰も探せず、最終的に騎士団総出の大がかりな捜索にまで至ったと思えば本人は退屈で隠れた場所で眠ってしまっていただけだったり、木剣を振り回して稽古をすれば一週間で折れる事態を引き起こし(これについては本人が稽古の時間以外にも鍛錬を積んだせいだ。おかげで騎士団長が鍛錬で子供に負けるわけにはいかない!と躍起になり練習量が倍になって死ぬかと思ったと当時の副団長から聞いたことがある)、火系魔法を使えば加減を間違い小屋を一軒焼失させその場に居合わせただけの俺も一緒に怒られ、森を探検しようと姉と二人で出掛ければ奥深くまで入ってしまい狼や熊に追いかけられて死ぬような思いもさせられたことがある。

そして姉は悪戯においては(悪ガキとしての伝説がいくつも残っているがここでは敢えて語るまい)もはや天才―――いや天災級だった。

 破天荒ながらもどこか憎むことができない姉はなんだかんだと領地のみんなに愛されていた。

 俺もそのうちの一人で、どこに行くにも背中を追いかけていた。しかし身体が弱く、体力もない俺は遊んでは寝込む日々を繰り返すことが多く、一年の半分以上はベッドの中で過ごすことがほとんどだった。俺がベッドがから起き上がれない日は、姉さんは部屋で本を読んで側にいてくれた。強くて優しい姉さんは俺の憧れで、同じ髪型、同じ服(姉ははよく動き回るので試行錯誤した結果、俺と同じ男物を着るようになった)をせがんでは両親を困らせていた。

 俺が7歳を過ぎた頃からは二人で競うように勉強や剣の稽古をした。

 姉と同じ事ができるようになるのは純粋に嬉しかった。しかし体力のない俺は身体を動かすだけで熱を出してしまうので必然的に横になっていてもできる勉強に特化することになった。それは唯一姉よりも抜きん出た才能だとも言えた。活発な姉は剣や馬術などを学び前に進んでいく。背中ばかりを見つめ、追いつかないことに寂しさと悔しさを覚えたときもあったが「大丈夫!時間はかかるかもしれないけれどロリーならすぐに追いつくわ!」と励ましてくれた。


 そして俺が10歳になろうとしていた、ある夏の日。

 姉は王宮へと召し上げられた。

 当時は理解できていなかったが、時が経って両親に話を聞けば第六王女の話し相手として姉は王宮に呼び出されたそうだ。王女と年齢が近い息女で、権力に左右され難く、王の信頼を得ている臣下の中からという条件を満たしたのが姉だったのだ。ゆくゆくは皇室の侍女として待遇する約束をされれば確かに悪い話ではなかった。

 だが当時の俺は「姉と離れる」という絶望感でいっぱいだったのだ。


『やだ。…リラ、いかないで…!』

『ごめんね、ロリー…。だけど陛下の命令だから行かなきゃいけないの』

『やだぁ! お、おれも一緒にいく!』

『ロリー…』


 屋敷の中が慌ただしく王都へと向かう準備が進む中、その事を知らされた俺はベッドの中で泣きじゃくっていた。辺境伯の息子という自覚を持ち始め、少しずつ我慢を覚え始めた俺だったがその日は体調を崩して熱を出していたこともあって、いつもの聞き分けの良さはなりを潜め、姉を困らせる言葉しか吐き出すことができなかった。


『ねぇロリー、私と約束しましょう』

『? や、くそく?』

『そうよ。まず、身体を大事にして、元気になること。それから元気になって、私より強くなれたら会いに来て』

『…できないよ…、リラより強くなんて…なれない…!』

『大丈夫、ロリーなら―――ローレルならできるわ!』

『…うん…、が、がんばる…』

『いい子ね』


 ぎゅっと抱き締められ耳元でそう囁かれると何故かなんでもできるような気がした。

 離れたくなくて必死にしがみついていたけれど、いつの間にか眠ってしまっていたようで次に目が覚めたときには姉の姿はなかった。さよならの言葉もなければ、置き手紙もなにもない。俺ならできる、と言葉を残した姉の言葉に応えられるようにその日から俺は泣くよりも前に進むことを選んだ。


 城にいる姉から二ヶ月に一度、家族に向けて手紙が届く。王都からはとても遠いから手紙が届くのも時間がかかるのだ。まだ幼く文字の読み書きが上手く出来ない俺は手紙の内容を母にせがんで繰り返し読んでもらったり、姉への手紙に自分の事を書いて欲しいと強請った。

 姉からの手紙は王城の雰囲気から始まり王都での流行りや強い騎士の話と多岐に渡った。そして手紙の最後には俺の勉強の進み具合を褒めて、家族に逢える日が楽しみだという言葉で締めくくられる。それだけで嬉しかった。

 身体的な制限があるのならばと無理のない程度に身体を動かし、ひたすら知識をつけることにした。魔法も中々芽が出なかったが年を重ねるようになって姉ほどではないが生活魔法を使える程度にまで成長できた。

 次いで姉に会いにいくことを夢見て、貴族に必要な知識を飲み込むことにも没頭した。

 大きくなって姉に会った時に恥ずかしくないようにと。

 その意欲に両親もいたく感動し、王都から教育係まで呼んでくれた。

 知識を吸収していく過程で、政治や情勢面に触れ始めると俺は様々なことに違和感を覚えた、


 一つ目は我が家の爵位だ。

 父は現国王の弟だ。そして母はその国王の側室だった。側室だった母が何故父と結婚したのかというのは恐らく公に出来ない事情があったのだろうと思われる。そこは追々知るとして、王弟ともなれば公爵を名乗ることが普通であるのに何故辺境伯の地位を賜わったのか疑問が残る。特に王位継承に問題が起こったという話もないのに。

 一度、怒られることを覚悟で両親へと聞いてみたが曖昧に微笑んでかわされてしまったので深入りすることは諦めた。

 二つ目は、姉が侍女として王城へと招かれた本来の理由についてだ。

 この地は二つの国と隣接しており、この領地がどちらかの国に攻め入られ突破された場合、もしくは秘密裏に繋がった場合、サンブロッサム王国は敵の侵入を許してしまうことになる。国の護りそのものであるこの領地の忠誠心を高めるために姉が王城へ呼ばれたのだと。

そう領主である父が万が一にも裏切りの気を起こさぬための人質として姉は連れて行かれたのだ。

 それに気付いた時、俺の中にどす黒いものと王家への怒りが芽吹いた気がした。


 12歳を過ぎた頃、身体に異変が起きた。

 それまでどこか重い枷を嵌められていたような感覚が消え、身体が思い通りに動くようになった。少々のことで疲れることがなくなり、病気にもかかりにくくなったのだ。毎月の半分ほど寝込んでいたがその間隔が短くなり、一年が経つ頃には臥せることがなくなった。

 魔法力も徐々に上がり、火魔法は魔獣の討伐時に役立つほどに威力があがり、さらに光魔法にまで目覚めることになった。光魔法といえば王家の長子に受け継がれる魔法だ。父からは「隔世遺伝でも起こったのかもしれないな」と言われたが人に知られることのないようにと釘を刺された。確かに王族でもない人間が光魔法を使うのは体面が良くないだろう。父の言葉通りに俺は屋敷の庭で練習する程度に留めた。

 ひょろりとしていた身体は剣を握るための身体に仕上がり、騎士団に入って本格的に稽古を始めれば日に日に力がついていくことが分かった。姉が言っていたように「自分より強くなれたら会いに来い」という目標が遠くないことを感じた俺は、ひたすら剣を磨いた。

 

ソレイユ領はスターブロッサム帝国とムーンブロッサム公国と隣接している。聳え立つユニコーン山脈が各国との境界線だ。現在は和平条約が結ばれており、各国とも関係は悪くないので心配は少ないが山脈には魔獣が住んでいる。余程のことが無い限り降りてくることはないが、新月が近づくと気性の荒い魔物が下りてくることがある。辺境伯騎士団は他国への牽制の役目が第一であるが、領地内に賊や魔獣が侵入したり、王命があれば近隣の戦場へと向かうこともある。俺は強くなるために戦場に向かいひたすら経験を積むことに集中した。

 そうして実力を認められ、副団長に昇格した頃、教育係からも完璧な立ち振る舞いができるようになったと太鼓判を押された。

つまりいつでも姉に会いにいける貴族としても戦士としても準備が整ったということだ。


(リラ、待ってて。もうすぐ会いに行くから)



 やがて王都へ向かう大義名分となる式典の招待状が届いた―――。




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