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繰り返されるさよならの先に ――三十分間の追走曲(カノン)――  作者: 香澄翔


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緊張の瞬間

 あれから六日が過ぎた。


 そのあと劇は大成功して、穂花ほのかと文化祭を一緒に回って、告白をしかけてタイミング悪く邪魔が入って、後夜祭も一緒に過ごして、穂花がオーディションに出る事を決意して。俺はそれを応援して。二人の距離が少しだけ縮まって。


 うちの文化祭は文化の日に行うから、今日はもう土曜日で学校は休みだ。そして穂花のオーディションの日でもある。

 珍しく早起きして、そそくさと準備をして穂花の家に向かおうと思う。オーディションにいく前に励ましてやろうと思った。

 スマホをみたら『これからオーディションいってくるね』と、そんなライムが入っていた。慌てて家から飛び出す。


 穂花の家はすぐ近所だ。五分も歩けば到着するが、まだ間に合うだろうか。

 するとちょうど穂花が家を出るところだったようだ。玄関のところから外にでてきていた。

 チェックのワンピース。少しお嬢様っぽい感じの服装が、今日も可愛らしい。


 でもなんだか少し違和感があった。いつもと違うような、と思うものの、特に穂花の格好が普段と大きく違う訳ではない。穂花はワンピースを着ている事が多いから、いつも通りの穂花だ。なんでそう思ったんだろうなと不思議に思う。

 だけどそんな違和感をすぐになくなって、穂花の姿をみているだけで嬉しく思う。

 穂花は俺に気がついたようで、少し小首をかしげてこちらを見つめていた。


「あれ、たかくん。どうしたの」


 穂花はいつも通りのふんわりとした表情を浮かべて、俺へと微笑みかけてくる。

 ああ、こういう姿は本当に可愛いなと思う。


「今日はお前のオーディションだっただろ。だから行く前に激励してやろうと思ってさ」


 鼻頭を指でかきながら、柄でも無いことを告げる。

 ただせっかく踏み出した穂花の一歩目を最初に応援するのは自分でありたかった。


「ほんと? ありがと。正直、今からだいぶん緊張してる。こんなんで本番大丈夫かなって思う。でもね。でも、たかくんがこの間励ましてくれたから。がんばってみようと思っている。結果が出たら、たかくんにも教えるね」


 穂花は言いながら俺の手をとる。

 え、と思うものの、俺が何を思うよりも早く、手をとったまま自分の胸のあたりまで手を上げてくる。


「たかくん。私ね。たかくんに本当に感謝しているの。最後の最後でずっと迷っていた。でも、でもね。たかくんのおかげで決心がついたよ。たぶんたかくんが後押ししてくれなかったら、きっと結局今日も行けなかったと思う」


 両手で俺の手を包み込むように握りしめる。

 なんだか前にもこんな事があった気がする。どこかで不安が俺を包む。


 ただつながれた手に、緊張しているという穂花よりも俺の方の鼓動が強くなっていく。穂花はたぶんそんな事は気にもしていないだろうけど、心臓がこのまま激しく動いて破裂するんじゃないかとすら思えた。

 穂花の体温が伝わってくるけれど、俺の鼓動も聞こえてしまうんじゃないかと不安になる。それでも平気なふりをして、穂花へとにこやかに笑いかけていた。


 そんな俺の気持ちには気がついていないのか、穂花はそのまま話を続けていく。


「たかくんには言ってなかったけど、今までもね。オーディションには何度も応募していたの。でも書類だけ送って、当日怖くなっていけない。そんな事何回も繰り返してた。でもね。今日は行ってみようと思えた。ダメかもしれないけど、挑戦してみようと思えたの。それというのもぜんぶたかくんのおかげだよ」


 穂花は少し頬を上気させて紅をさしていた。声も少しだけうわずっている。

 緊張しているのだろう。だけどそれでもやる気に溢れているのだろう。いつもの穂花よりも目を輝かせていた。

 穂花を応援したい。穂花のために力になりたい。

 強く思う。


「だから応援していてね。がんばってくるから」


 手を離して、それから胸元で小さなガッツポーズを見せる。

 穂花は少しずつ強くなっているのだろう。だから俺はそれを見守ろうと思う。

 ここから駅は近い。ほんの少し歩くだけだ。それでも俺は一緒にいたいと思った。


「駅まで送っていくよ。一緒に行こうぜ」


 俺の提案に穂花はほんの少しだけ目を開いて、それからすぐに笑いかける。


「ありがと、たかくん。わざわざ見送りしてもらうのは、ちょっと恥ずかしい気もするけど、でも嬉しいよ」


 穂花の照れたような表情は、いつもの穂花にも増して可愛らしいと思った。


 この笑顔を守りたい。

 本当にそう思った。


 駅まで一緒に歩く数分。心臓の音は止まらなかった。

 どこか不安が隠せなかった。どうしてこんなに不安に思っているかもわからない。

 胸がばくばくと鼓動していた。気をつけなきゃ。事故に遭うかもと、たかだか駅に向かうだけの事で、強く焦りを感じていた。

 急激にはき出しそうになるが、それでも俺は緊張をとかずになぜか辺りを警戒していた。平和な駅の風景だから、何も起きるはずもないのに。だけど俺は強い不安感に襲われながら、急に何かあっても穂花を守ろうと強く思っていた。


 だけど俺の不安は何一つ当たらなかった。


 何事もないまま穂花は元気よく駅のホームへと向かっていく。俺はそれを見送りながら、うまくいくといいなと心の中で思う。

 そして急に胸の中のつかえがとれたような気がしていた。

 不安がすっと溶けていく。ああ、もう大丈夫なんだとなぜか思った。


 ただ穂花が駅にむかって電車に乗っていっただけだというのに、俺は心から安堵の息を吐き出していた。

 力が抜けてその場に座り込みそうになる。だけど何とか力を振り絞って、駅前にあるベンチに座った。しばらくの間ここから動けなかった。だけどやり遂げた気持ちが俺を満たしていた。

 たかだか駅まで送っていっただけでどうかしているぜと思うけれど、俺は極端な緊張がとけてしばらくの間は何も出来ずにベンチに腰掛けたままだった。


 一時間ほど駅で惚けていたけれど、そのあとは家に戻って穂花の便りを待った。もっともそれまでも穂花から不安そうなライムが何度も入ってきていたから、そのたびに俺は励ましの言葉を送った。


 穂花なら出来る。大丈夫だ。きっと上手くいく。


 そんな言葉を惜しげも無く贈った。


 たぶんオーディションが始まったのだろう。何度も送られてきたライムも途切れる。

 だから俺は机の前に座って、ただただ結果を待ち続ける。


 しばらくの間は何事も無かった。ただぼうっと天井を眺めていた。

 ときどきフェルの事を思いだして、泣きそうになる。

 だけどそれでも今は穂花の事だけを待ち続けた。


『オーディション終わったよ。緊張したけど、なんとか上手く出来たと思う。結果は後日連絡しますだって』


 穂花からオーディションが終わったライムが届く。

 ほっと息を吐き出す。それから少しだけ考えて、穂花にライムを送る。


『戻ってきたら、会って話したい事があるんだ。聴いてくれるか?』


 穂花は前に進み出した。だから俺も前に進まなければならない。だから今まで言えずにいた気持ちを、はっきりとつなげよう。これからも穂花と一緒にいるために。


 穂花に俺の気持ちを伝えよう。どうなるかなんてわからないけれど、穂花が遠くにいってしまう前に、はっきりと気持ちを伝えよう。そう思う。

 穂花へ告白する。結果がどうなるかなんてわからない。だけどこれからも穂花と一緒に歩きたい。だから俺は告白する。


『わかった。ついたら電話するね』


 少しして穂花から戻ってきた答えにほっと息を吐き出す。

 ほっと息を吐き出した瞬間、首元に急に吐息がかかった。

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