第三章 はじめての海賊(11)
空が青い。
その後、自体は、あくまでも個人的な範疇ながら、やっかいなひねりが入り出した。
「握力に問題があるじゃないか。弱すぎるんだ、だから剣を離す」
誰の目にも入る甲板の上でやってからしかたはなかった。まず通りかかったセロヒキが、何度となくヘルプセルフにやつけられるおれを見て考察をそう述べてきた。
「片手で剣を振るのは握力がいる」ヘルプセルフが同意する。「また、握力だけに依存しているだけでもいけない」
おれは地面に倒れてながら聞いていた。空だけが見える。
青いし、雲は白い。
「顏もしょぼいしね」どさくさに紛れてリスがいった。化粧道具を失った鬱憤を、身動きができなくなった者を屈辱することによって、わずかにでも晴らそうとしているにちがいない。心のよわい人間だった。
「っうう」おれは、うなりながら上半身を起した。みずおちへの攻撃に慣れはしない。
けれど、なんだかんだで打ち込まれても、後半は剣を手から放さなくはなっていた。でも、思いっきりやられはした。
「いいや、こいつにはあるぜ、握力」ホーキングもいた。海賊船から拝借した小型の銛の先に魚を捉えていた。「飛んでる竜に捕まって一緒に空とべるくらいにな」
「竜がひと乗せて飛ぶわけないでしょ」リスはまったく信じなかった。腕を組み、虚言だと決めけ、揺らぎもない。「この世に竜に乗ろうとして生きてた奴なんていないわよ」
吐き捨てるようにいうリスを見ていると、おれの顏に小さな影がかかった。ビットが「………だいじょうですか?」と、いって顏をのぞき込んできた。
「ぜんぶ、だいじょうぶよ」なぜかリスが勝手に答えた。「狂ったようにがんじょうだからね、竜払いどもは、どいつもこいつも」
文句みたいにいっているが、褒めているとも聞こえなくもない。
「ああ、そうだ。いま関係者だけそろっててちょどいいや」そして、リスは仕切りだす。「質問にあんだけど、そこのセロヒキ」
「ん」セロヒキがリスを見返す。「オレか」
「そう、あんた。で、あんたさ、昨日、この船の海賊を倒したでしょ。それも素手でやったんでしょ」
「うん」
「あんた、なにもんなの?」
リスが漠然と問う。他のみんなも気になっていたのか、一斉にセロヒキへ視線を向けた。
「みんな気になちゃあいたと思うし、でも、こべつに聞くより、こうしてみんながいるとき聞いたほうがさ、あんたもみんなにいっぺんに話は方が楽々なのか思って、だからいまだ、っと思っていま聞いた」
昨日からいままで問いかける機会はあったが、ここが効率的な場面と判断して聞いたらしい。商売人っぽい発想ともいえる。
「あー、ま、話したくない………とか、話せないー………っとか、ならそれでもいいよぉ。しかしぃー、そのばあぁいはぁー、まーそれなりの人間関係になるけどねぇー」
くすぐるように意地悪く言う。なぜか、彼女は素っ気ない猫をいじるときはこんか感じなと思ってしまった。
「オレは軍にいた」
対して、セロヒキは迷いなく回答した。
「大陸軍だ」一瞬、なにかを考えた間が入った。「どの大陸の軍だったかは機密事項だ、決まりで言えない。言えるのは、軍にいたという部分までだ」
「………軍、にか」
ホーキングがどこか神妙な口調でいった。いや、でも、神妙さは気のせいだったかもしれない。
「一年まえに退役した。それからはあの店の厨房で働いてた」
少し間をおいてからリスが「………軍を辞めた理由を聞きたいひと」と、言い、自分で挙手した。
けれど、誰かが挙手にくわわるまえだった。
「軍にいるあいだ、一度も実戦に参加しなかった。それが退役理由になる」
セロヒキはそう語った。
実戦に参加したことがない。それはそうなんだろうなと思った。どの大陸でも、もう二百年近く、人間は戦争をしていない。竜がいるからだ。人間が戦争をはじめれば、必ず竜の怒りをかい、竜が大陸を燃やす。大げさにいいかえれば、竜がいる限り、人は戦争ができない。もちろん、小規模な戦闘はあるけど、それも、いつも長くは続けられない、竜が来てしまう。
それでも各大陸は軍を持っている。なくしてしまえるほど、にんげんはにんげんという生命をただ信じていられないし、それに海軍は必須だった。海賊もいるし、竜は長く飛べないので海上には現れない。もし戦争するなら海の上だった。だからといって、にんげんが、海なる広く無慈悲な領域を、完全に掌握できる日はおそろしく遠そうだし、最後まで出来ない気もする。
セロヒキは一度も実戦には参加しなかったし、それに海賊と遣り合うのは、あれがはじめてだといっていた。こまかい所属のことはわからないけど、もしかして、陸の勤務とかだったかもしれない。
「戦い方は軍で教わった。才能があったらしい。実戦で遣う機会は一度もなかった」
直接な表現はなかったけど、その才能を遣ってみたかったという欲求が伝わって来る。話し方は落ち着いているけど、じつは静かな狂気が入っていそうだった。
「おい」リスが通りかかった海賊たちを一瞥して「昨日の海賊と戦ってみたかったって、発狂的な発想は、やっぱ、そのあたりに関係してくんの?」
「………海軍連中は、時々、海賊と戦っていた、実戦だ。自分たちは実戦を知っているだとよく言われた、オレたち陸の軍は実戦を一度も知らなかった」
「だから、自分も戦場で戦ってみたかったってわけかい」
リスは同調しかねる様子でいった。
「ならさ、いっそ海軍に入ればよかったのに」
「生まれで出来なかった。海軍に入るには高い学歴もいる、血も重視される」
そうなのか。まったく知らなかった。
「軍で働いて、親の借金は返した。残りの寿命は自分がどこまでのものなのか知るために使いたい」
寿命といった。まだ三十歳はいってないはずだ。残り時間を生きるという表現は、まだ不似合いな歳な気がするのに、セロヒキがいうと、妙になじんでしまっている。
「だから、この白い竜を倒す旅に参加したの?」
リスが問うと、セロヒキはうなずいた。
「オレは竜と戦ってみたい」
言い切った。きっと、ここにいる竜を知っている者たちには、死期をひどく早める台詞にもきこえる。うまく言えないが竜に殺されることは、自然な人の死とは違う。その場面に立ち合う旅に、にんげんには決して克服できない何かを想起させる。
自然界の延長線上にある死とは、思えない。オレは竜と戦ってみたい、それはおそらく何も知らない少年期にだけ使える言葉だった。
でも、勝手な想像。セロヒキには自由に世界を想える少年の時間がなかったのかもしれない。
それでいま、この旅にくわわったのか。
そんな勝手な想像をした。
「竜払いの集まるあの店で働いていれば、そのうち竜払いになる方法もみつけられるかと思った。なるためにはまず竜の骨の武器がいるとはきいていた。あんなに値段が高いものだとは思ってなかった」
いって、それから少し笑ったというか、笑ってしまっていた。ほんとに驚いたんだろう。竜の骨は高価だ。
苦もなく引き継いだ身としては、ひどく申し訳なくなった。
「なんだぁ」ふと、リスが気の抜けた声を放つ。「じゃあ、客じゃない、あたしの」
セロヒキはいぶかしげな表情でリスを見た。彼女は視線にはかまわず、腰にくくりつけていた小さな鞄へ手を入れ、がさごそやりだした。
取り出したのは、文鎮よう大きさの平べったい白い楕円形のものだった。
「これ、買え」セロヒキに指し出す。「お金は月賦でいい」
そこにいたリス以外の全員が、じっとその白い楕円形の物体を見た。
「これ、竜の骨で武器つくったときのあまりでつくった耳飾り」
説明され、今度は全員でリスを見た。
きっとみんな、幾ら竜払いになるために竜の骨がいるちいっても、これを買わせようという彼女の精神が消化できなかった。
「と」
しかし、リスは一同が向けてくるその種の視線は予測済みのごとく、仕切りを入れて、白い輪っかを顏によせて指差した。
「あたし、じつはずっと思ってたの、これを」がさごそと猫の手みたいな自身の手に白い輪をはめ込んでゆく。「、こーして、ふがっと手にはめてしまえば、拳鍔になるのではなかろうかと」
白い輪の部分が丁度、指の第二間接あたりに着ている。たしかに、それで相手を殴りつければ、強力として効果は発しそうだった。
けれど、もし竜払いの道具として使うとするなら、すなわち、竜を拳で殴って倒せということになる。
どう考えても寿命が一瞬で蒸発する戦い方になりそうだった。
「う、う、うっ、売ってくれえ!」
けれど、まさか、セロヒキは必死になった。これまでの寡黙な彼とはまるで別人で、すがるようにリスへ迫る。むしろ、売りつけた彼女が、あまりの反響の大きさに慄いたほどだった。通りかかった海賊たち数人も、びく、っと身を震わせた。また、殴られるのかと思ってしまったのかもしれない。
流れのどさくさで、商売上で手に入れた半端ものを売りつけてやろうという悪意を持ち出していたところを、煌くような勢いで買われ、リスはほとんどやつけられてしまったようになっている。悪魔が陽の光りにさらされ灰燼に帰すが如くだった。
あまりにセロヒキの反応が優れているため、ほかのみんなも、買うのは止せというのをためらってさえいる。本人がしあわせなら、もはや、濁すまい。
ただ、個人的には、セロヒキのすごくにんげんらしい部分を目撃することが出来て、どこか安心もしていた。
彼のなかには少年みたいな彼がいるんだと。




