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辺境夫婦善哉-ひきこもり雪獅子公と陽気な嫁様-  作者: 半井 幸矢
デアーシュの嵐/後編
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第五十一話



 マイラはずっと考えていた。


 デアーシュの先の王マスハーシ・ヴェファーディ・デアサの死。

 庶子による王位の乗っ取り。

 王となるはずだった嫡子の姫の、追放にも等しいクォンシュへの輿入れ。


 当時子どもとはいえ物心はついていたし、祖父や父親が教えてくれたから異国で起こっていたそれを知ってはいたが、実はその後デアーシュについての不穏な話はほとんど聞いたことがなかった。王となったヤハジャは気性が荒く臣下への当たりが強いだとか、イノギアに侵攻しようとしているとか、そんな噂がちらほらと聞こえてきたのはここ二、三年ほどのことで、それまでは本当に静かなものだったのだ。


 何故急に出てきたのか?

 ヤハジャ・ヴァティ・ネメイヤ・デアサという男がとうとう本性を現した?


 そういう可能性もあるだろう。



 しかし、それにしても、何故か腑に落ちない。


 先程会った男は確かに口が悪いし、振る舞いも王らしくはなかったが、十年近くもの間デアーシュは内乱すら起きていない。


 それは即ち、その間デアーシュはよく治められていたということではないのか?


「マイラ様」

 声と、冷たいものの感触に、我に返る。(かたわ)らに座っていたレイシャが、膝の上で裾を握り締めていた手に鼻先を擦り付けている。いつの間にか馬車は宮廷に到着していた。

「お若いとはいってもさすがにお疲れのご様子」

 正面で苦笑するノウルは、ファンロンで会って以来ずっと薄汚れた外套(がいとう)(まと)傭兵(ようへい)のような格好をしていたが、フェロで身なりを整えて貴人の従者らしい姿に変わっていた。彼自身も良家に生まれ育ったのだということがありありとわかる。

「ファンロンでお助けいただいたばかりでなく、こんなに長々とお付き合いさせてしまい、申し訳ありませんでした。深く、御礼申し上げます」

 止まった馬車の中でノウルは(ひざまず)き、礼をした。マイラは席を立ってノウルの前でしゃがみ、肩に手を添える。

「乗りかかった船というやつです。デアーシュの民の皆さんが穏やかに過ごせるお力添えができたのであれば、私も幸いです」

「ありがたきお言葉。夜の乙女、貴女にも感謝の意を」

 獰猛な黒牙獣(ワラウス)というだけあって当初こそレイシャに対して恐怖心を抱いていたノウルであったが、マイラとのやりとりを見る限り彼女は賢く誇り高いのだとわかってきて丁寧に接するようになった。レイシャもそれを悪く思ってはいないようで、頭を下げるノウルに、ふすん、と鼻を鳴らして応える。

「参りましょう」

「はい」

 馬車を降りようと扉を開けた途端、

「マイラ! 来たな!」

 待ち構えていたらしい皇妃ショウハが駆け寄ってきた。薄い布地を幾重にも重ねた衣と透かし織りの帯がひらひらと舞う。

「ショウハ様」

「へーかに、話、聞いた! こっち!」

 マイラの袖をぐいぐい引くショウハは、ノウルにも目を向けた。興味深そうに、腰に提げている剣を見る。

「剣。お前、強いか?」

「えっ」

 問われてノウルは戸惑うが、マイラが説明する。

「デアーシュの、軍の方です。お強いですよ」

「ふぅん。残念。時間、ある、ば、やった」

「えっ」

 またまたノウルは困惑する。片言ながらの言葉の意味を拾って推測するに、この小柄な少女は自分と手合わせしてみたいと言っているようだ。

「ショウハ様はヴェセン王の姪御ですので、剣を持つ方に興味がおありのようです」

「成程、ヴェセンの……」

 マイラの説明に流れるような所作で一礼し、ヴェセンの言葉を使い初対面の挨拶をし名乗ったノウルに、ショウハは、に、と笑い掛けた。

「上手いな。ハンジュどのもヴェセンの言葉がわかる。そうか、お前、ハンジュどのの学友だな?」

(おお)せの通りでございます、妃殿下」

「話はよく聞いている。……しかし、ノウルとやら、」

 掴んでいたマイラの袖から手を離しノウルの正面に立つと、真冬の星のような銀色の目を細め、


「お前、ハンジュどのの気持ちを、ちゃんと考えたことがあるのか?」


 一言。


 それは、鋭利な剣の一閃のようだった。


 ノウルの表情が凍り付く。


 その様子を見た小さな妃殿下は、すっかり呆れ返った溜め息をつき、(しか)めた顔を逸らした。

「全く度し(がた)い! 斬って捨ててやろうか!」

 何か知っているのか――マイラはショウハに問う。

「ハンジュ様が、何か(おっしゃ)っていたのですか?」

「何も言っていない。誰にも言わないようにしている、いや言えないのだろうさ。我々陛下の妻はたとえ皇后であっても祖国の者を傍には置けないからな。それにハンジュどのは王の気質を持つ者、皇后みたいにぽやぽやしていないのに、ここしばらくよくぼんやりしていた」

 血の気が多くまだ幼さの残る皇妃ショウハだが、戦士の国の姫だけあって、人をよく見る癖が付いているらしい。

「……左様で、ございますか」

 ちらりとノウルの様子を窺う。やや俯くその表情は険しい。彼もまた、何か思うところがあるのだろう。

 見抜いたショウハはノウルの腕を掴んで強く引いた。

「来いノウル・ネハートとやら、ちゃんとハンジュどのと話せ! デアーシュの王が誰になろうと私はどうでもいいが、友が思い悩むのは我慢ならん!」

「わ、あ、ちょっ、妃殿下っ」

 しっかりした体格の成人男性を難なく引き()っていく小さな妃殿下の怪力に、マイラは驚いてぽかんとしてしまったが、

「…………はっ!? あっ、まっ、待って下さいショウハ様! レイシャ、行くよ!」

 呼ばれて馬車から小走りで出てきた黒牙獣と共にその後を追った。



     ◎     ◎     ◎



 少年が、椅子に座って山際を見つめていたトウキとチュフィンの背後で(うやうや)しく礼をした。

「只今戻りまーしたっ」

「お、おっかえりィ」

「どうだった」

「のんびりしたもんだったぜ。酒飲んだり円盤棋(ラプム)で遊んでたり」

「は?」

 二人で思わず立ち上がり振り返ると、跪いていたユーイも立ち上がり頭部を覆っていた暗い色の布を解いた。ひとつに結った蜜色の長い髪が流れ出る。

「多分だけど、あれ、やり合う(・・・・)気がねーな。武器はほとんど準備してない。防具だけ着込んで、ただあそこに居座ってるだけ。後ろに別の部隊がいるわけでもなさそうだ」

 もたらされた奇妙な情報に、国境警備隊隊長と副隊長は顔を見合わせた。

「戦う気が、ない……?」

「誘い込んで油断させる策ってんなら納得できなくもないけど……何か、変、ですね?」

「あぁ、変だ」


 戦うつもりがないのなら、何故部隊をあんな国境ギリギリの場所に配置している?


「…………わざわざ見せる意味、って、何だ……?」

「見せる? 俺らはここにいるぜーって主張してるってことですか?」

「でなければどうしてあんな場所にいる? 戦う気がないのならそのまま通せばいいだけの話」

 二人の視線を同時に感じ、ユーイは美しい(おも)を容赦なく顰めた。

「って、俺に言われても困るよ。俺廻者(まわしもの)だぜ、そういうの全然わかんねーんだから」

「ん、まぁ、それはそう、なん、だが」

 聡い妻が親しく接する友というせいか、つい何かを期待してしまう。ユーイもそれは察したようで、

「あんたらさ。俺が姫様と仲いいからって、俺が姫様と同じように難しいことぽんぽん考えられると思ってねーか?」

 苦笑いで言われ、トウキは、きゅ、と唇を結び、チュフィンは笑う。

「あー、そっか、そうだよなぁ。まぁ、でもさ、国境警備隊も一応軍の管轄ではあるんだけど所属してるのは正規の軍人じゃないから、陣形がどうのとか策がどうのとか、そういう細かいこと全然わかんねーんだわ。あくまで国境を護る、攻め入られたらできるだけ食い止めるのが仕事だからな。ユーイはいろんな国行っていろいろ見て知ってるだろ、何か、ない?」

 困ると言っていた割に、意見を求められ悪い気はしないらしい。ユーイの口元が歪む。

「ま、そうだな~。そういうの全然わかんねーバカな俺なりの考えとしては、だ」

 デアーシュ軍の陣営の方へ向けて、目を凝らす。その表情は真剣だ。

「…………まさかとは思うけどさ。あれ、皇妃様を迎えに来た――とかだったりして?」

「ハンジュはデアーシュ王を討ち取ろうとしてるんだぞ」

「だって、その王様があそこにいるんだぜ?」

 衝撃の発言に、


「は!?」


 トウキとチュフィンは同時に声を上げた。中性的な美貌の少年は、己の口元に指を立てる。

「落ち着けよ。まだ誰にも言うな、隊が乱れるぞ」

 言われて二人は息をのむ。そうだ、戦うのではなくとも、皆を混乱させるわけにはいかない。

 副官と顔を見合わせ、揃って深呼吸をしてから、トウキは口を開いた。

「それは、確かなのか、ユーイ」

「何か偉そうで派手なカッコの男が陛下って呼ばれてたからそうなんだろ。遊びでも陛下なんて呼んでたら不敬で捕まるぞ」

「…………そうか」


 益々解せない。


 妹が命を狙ってやってくるというのに、わざわざ自ら出向くだろうか?

 噂ではデアーシュ王ヤハジャは妹のハンジュを大層可愛がっていたとはいうが――ハンジュは幼い頃から父王に連れられてクォンシュに度々やってきていたからある程度どんな人物かはわかるが、ヤハジャは庶子であるせいかそんなことは全くなく、何を考えているのか、考えそうなのか、見当が付かない。


「全然わからん」

 溜め息をつきながら零すと、そうですねぇ、とチュフィンも同意した。

「俺らは直接戦わないにしても、ハンジュ様が来たときに何て報告していいのか……」

「そのまま言やいいだろ」

 何の気なしにユーイが言う。とはいえ、確かにそれしかないのだが。

「……とりあえず、」

 トウキは咳払いした。

「もう少し詳細な情報がほしい、また見てきてもらえるか。ハンジュがここに着くのはおそらく明日になる」

「あいよぉ」

 (きびす)を返しその場を立ち去るユーイを見送りながら、チュフィンが、ふ、と息をつく。

「そんな便利に使っちゃって大丈夫ですか? あいつ、あんたじゃなくて奥様の廻者なんでしょ?」

 彼も一応トウキの副官ということで、ユーイの正体は知らされている。

「不在の間は俺に従えとマイラが命じた」

「その奥様は、いつお戻りで?」

「あれのことだ、すぐ帰ってくるだろうさ」

「えぇ!? あの方ずっと移動しっぱなしじゃないですか」

 トウキは深々嘆息する。

「言ったんだがな……疲れているだろうしここは戦場にならないから心配するな、ゆっくりショウハ様と会ってくるといいと」

(せわ)しないお姫様ですね本当に」

「領主の妻だからといろいろ気負ってしまっているんだろう。ああいう気質だ、おとなしくしていろと言ったところで聞かないだろうし、そもそも言うつもりもないが……さすがに今回ばかりは、全部終わったら無理矢理にでも少し休ませなければならんとは思う。いくら若いとはいってもな」

「それにはあんたにも休んでもらう必要がありますねぇ」

「何で」

 チュフィンは、にや、と笑った。

「あんたが一緒ならあの方も安心して休んでくれますよ。またロナルの温泉でも行ってくりゃいい、そろそろイチャイチャできるようになったでしょ」

「なん」


 それから少しして、シウルが二人の元にやってきた。

「トウキ、フィー、ごはんできたよ見張り代わるから食べてきな…………あんた、まーた余計なこと言ったね?」

 水辺にいるわけでもないのに全身ずぶ濡れのチュフィン・ロウは、解せない気持ちを顔一杯に表しながら、腰に提げていた剣を椅子に立て掛けた。

(ねえ)さん、詰所行って着替えてきていっすか」

「急いで行っといで!」



     ◎     ◎     ◎



 ノウルがハンジュと二人だけで話をしたいと申し出たので、皇帝リュセイは部屋を用意した。皇妃の私室は皇家の者と皇妃に仕える女官しか立ち入ることが許されない後宮内にあるためである。



 そのほぼ中央で、二人は、対峙していた。



「本当はヤハジャを殺したくないんだろう、ノウル」


 表情ひとつ変えずハンジュは言う。

 その問いにノウルは応えない。


「わかっているよ。きみとあいつの絆は深い。だから気持ちはわからなくはない」

「貴女こそ」


 親友と全く同じ色の目を見返す。


「本当はヤハジャを憎んでなどいないのでしょう、ハンジュ」


 今度はハンジュが押し黙る。


「貴女のことだ、何もかもご存知のはず」

「……だと、すれば?」


 ゆっくり、ノウルは膝を折り、頭を深く下げた。


「許せとは申しません。どうか、……どうか…………せめて、ヤハジャの命を、命だけでも、お救い下さい」

「私は王になる者だ。ならなければいけない。そのために兄様が命懸けでお膳立てしてくれたのを、ぶち壊すなんてことは、できない」

「ハンジュ様!」


 にこり、微笑む。


 その笑顔に(にじ)むのは、悲しみ、寂しさ、覚悟。



「あのひとの愛を、裏切るわけにはいかないよ」



 ノウルがハンジュに声を掛けようとした、その瞬間――



「ぉわっ!?」

「だゃっ!」


 突然扉が開き、雪崩(なだ)れるようにマイラとショウハが重なって倒れ込んだ。それまで真剣な顔で話していたハンジュとノウルは呆気にとられる。


 ハンジュと目が合ったマイラは、気まずそうにぎこちなく笑った。



「あ、えと、あの……へへ、えへへへへ」






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