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辺境夫婦善哉-ひきこもり雪獅子公と陽気な嫁様-  作者: 半井 幸矢
エシュ奮闘編
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第四十四話



 夫の部下が隠れているとは思わなかったマイラは目を丸くした。

「チュフィンさん!? どうしてっ、」

 当のチュフィン・ワバール・ロウは苦笑しながら頭を()いた。

「すみません奥様、どうしても心配で」

 エシュの隣に立ち右手でその小さな肩をしっかりと抱くと、

「奥様やエシュが変なことを言われたりされたりしたら(たた)っ斬ってやろうかと思って」

 目を細めながら、左手の指を腰に提げた剣の(つば)にかける。視線が合ったウーリェスは両手を前に出して振る、が、さして慌てた様子もない。

「嫌だなぁそんなことしませんよ安心して下さい、私は勉学には自信はありますがてんで非力な文官なんです。それに今までの話も聞いていたでしょう、勘当された身なので職を失うような生活に関わる真似(まね)はしません」

 勘当、と呟いて、チュフィンは剣から手を離した。

「厳しい家なんですねぇ」

「私ほどではないですが、そこそこ優秀な兄がいるので。私一人いなくなったところで問題ありませんよ」

「あぁ、なるほど、そういう」

 このときのチュフィンは二種類の納得をした。対峙しているキラキラした男は、家庭において自分と似たような立場にいること、そしてこういう性格でこういうことを全く悪気なくさらっと口にしてしまうのだ、ということである。

 あまりにも自然に流れるように自信を表に出してしまうそのキラキラの男ウーリェスは、エシュの肩からは離れないチュフィンの手を見ると、にこりと笑った。

「そうか、貴方がエシュターナ様のいい人」

「……そうですけど?」

「いえ、確認できてよかったなと思っただけです」

「確認?」

 不審がるチュフィンに、マイラがそっと手を添えて制した。

「本題に戻りましょう。ウーリェス様、何故エシュのことを?」

「イノギアの、チハネとコヤールの乱」

 そこまでウーリェスが言うと、エシュははっとした。イノギアの内乱で自分の家族がどうなったのかは、以前養父ナルテアに聞いている。


 三十年ほど前、イノギアの大臣ファーダス・チハネは王とその周囲の親しい者たちによる腐敗した政治を正すべく、当時の王に退位を迫った。それがだんだんと大きくなり結果として乱へと発展してしまったのであるが、チハネは(こころざし)半ばで病に倒れた。その後、チハネの愛弟子といわれるデサヴァ・コヤールが遺志を継ぐ形となり乱は長期化し、結局コヤールは捕えられて処刑。コヤールの娘であるエシュの生母も血縁であるというだけで疑惑の目を向けられ、夫である宰相ツコラと無理矢理離縁させられたのちに、流刑ということでクォンシュのウェイダ領やファンロンのツァスマ領とは比べものにならないほど何もない国境の僻地(へきち)に追いやられた。当時生まれて間もなかった娘のエシュ――エシュターナも、コヤール家の血を引いているという理由から最悪殺されてしまう恐れがあったため、宰相は愛娘を病で死んだことにして密かにクォンシュに亡命させ、現在に至っている。


「あの、もしかして誰かっ……私の縁者を、ご存知なんですか!?」

 エシュはチュフィンを振り払ってウーリェスに迫った。ウーリェスはそっと、静かに距離を取る。

「それを、これからご説明します。……七年ほど前になりますか。いろいろあってファンロンの都の娼館街(しょうかんがい)でちょっと厄介なことに巻き込まれそうになったとき、私はスーティという方に助けられました。そのひとは少し西の方の響きが混じる話し方をしていたので、ファンロンの人ではないというのはすぐにわかりました。……そう、エシュターナ様。貴女と同じ、黒い髪に紫の目の、とても美しい女性です」


 ファンロンの民ではない。

 同じ髪と目の色の女性。


 それは、もしかして。


「ウーリェス様、あのっ、その人ってっ、」

 また食い気味に迫りかけたエシュを、今度はチュフィンが両肩を掴んで差し止める。

「こーら、落ち着けってエシュ。今説明してくれてるだろ」

 ウーリェスはにこにこ微笑んだ。

「ふふふ、睦まじいですね。そのまま捕まえておいて下さいちょっと怖いので」

「ほらぁ」

 怖いと言われてしまいさすがに恥ずかしくなったか、エシュは冷静さを取り戻した。

「すみません」

「お気持ちはお察しします。……まぁ、もうおわかりかとは思いますが。その人こそスシュタ・コヤール――エシュターナ様、貴女のお母上です」

「私のっ……母っ……!?」

 思わず振り返ってチュフィンの顔を見て、またウーリェスを見て、それを何度も繰り返す。忙しなく動く小動物のようなエシュにチュフィンは苦笑いする。

「エシュ。落ち着け」

「だっ、ねぇ、はは、おや!」

「エシュ」

「だって!」

「すみません、大丈夫なんで話続けて下さい」

 再度冷静でなくなってしまった小柄な婚約者を少し強めに抱き留めながらチュフィンが促すと、マイラが疑問を呈した。

「エシュのお母様がどうしてファンロンに? “流刑”なら国外追放ではないはず。イノギア国内にいらっしゃったのでは?」

「平定するのに二十年以上もかかった派手な乱です、()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょう。災いの種というのはできるだけなくしておきたいものですからね」

 国の要人によるいざこざとはそういうものだ――理解していても、いざ言葉に出されると胸の底が、ずん、と重たくなる。同じように都から遠ざけられたトウキとはわけが違う。親しい間柄である皇帝(当時は皇太子であるが)の命を身を挺して助けていなければ、トウキもそうなっていたはずなのだ。

「スシュタ様は流刑となって三年ほど経った頃から命を狙われ、その末にクォンシュを経由してファンロンに入られたそうです。もちろん正式な手続きは取っていなかったので表立っての入国ではなく密入国ということになりますが、まぁそこは命の危険に関わる事態ということで置いておいて。身を隠すのに適した場所……娼館街の片隅に流れ着きました。そこで今も慎ましく暮らしておられます」

「娼館街……」

「お客は取られていませんよ。一番大きな娼館で食事の準備や掃除なんかの下働きをしていらっしゃいます。スーティというのは偽名……というか、愛称ですね」


 「娼館街」。「助けられた」。

 マイラには、もうひとつのウーリェスの謎が解けた。


「ウーリェス様。もしかして、助けられた御礼をするために、スシュタ様の元へ足を運ばれていたのですか?」


 そんなところに通っていれば、遊んでいると思われてもおかしくはない。しかし、わざわざただ謝罪をするためにマイラを呼び出したこの男ならば、恩人のためになら通うだろう。


 ウーリェスは、その問いに答えずに、少し笑った。そして、改めてエシュの前に出る。

「これを、預かってきました」


 懐から出したのは、ファンロンの最上の青い布地でできた小さな袋だった。


「『ずっと貴女を思っている』、と」


 ゆる、と力を抜いたチュフィンの腕の中から抜けたエシュは、それを受け取った。


 開けてみると中から出てきたのは、黒い香木(こうぼく)(くし)。鮮やかな(みどり)色の大粒の石が、蜜のようにとろりとした輝きを放つ。収められていた袋といい、高価な品であることは間違いない。微かに鼻先をくすぐる香りは、かつて母も(まと)ったものだったのだろうか。


 と、大きな手がにゅっと背後から伸びてきて、エシュの掌から櫛を無遠慮に摘まみ上げた。そのままエシュの黒髪の上に、翠の玉が落とされる。


「うん。似合うな」


 振り向かずに、後頭部の櫛に触れる。


「そう?」

「すげーいいよ」

「そっか。……ウーリェス様、その、ありがとう、ございます」

 頭を下げたエシュに、ウーリェスは満足そうな顔になった。

「とんでもない。私も大事な役目を果たせて一安心です」

「でも、あの」

「はい?」

「どうして、私がエシュターナ・ツコラでマイラ様の嫁いだウェイダにいるとわかったのですか?」

「それは……」

 濃い青色の目が、同じ色の従妹の目をちらりと見た。

「翼を持った蛇が、ね」

「は?」

 エシュは顔いっぱいに不可解を表すが、目の合ったマイラは己の飼う翼蛇(ウォーサ)を思い出し、笑いを(こら)える。

「そう、ですか。……ところでウーリェス様。まさかとは思うのですが、その…………貴方の想う方、というのは」

「…………あー、」


 それまで余裕綽々(しゃくしゃく)だった青年の放つ強い光が、はにかむのと同時にほんわりとやわらかくなった、ように見えた。


「心を奪われたひとのためとあれば、一肌も二肌も脱ぎましょう」


 その台詞が一体何を示すのか理解した瞬間、


「……えっ」

「うぇっ!?」


 エシュとチュフィンは二の句が継げなくなり、


「あは、ははは……」


 マイラは苦笑いするしかなかった。



     ◎     ◎     ◎



 アデンとウーリェスがファンロンへと帰って行ったのと入れ替わるようにして、その深夜に輝く美貌の翼蛇が戻ってきた、のだが。


「ただいま……」


 身なりは小綺麗にしているものの、疲労のあまりに美貌の輝きがすっかり失われていた。すっかりフラフラの足取りのユーイを、裏口で迎え出たマイラが慌てて支える。

「ユーイ、大丈夫? 今日はもう休んで」

「や、報告……させて……それが俺の仕事……」

「だって、デアーシュに行ってイノギアに行って、ファンロンにまで行ったんでしょう?」

 同じく迎えに出てきたトウキが呆れた溜め息をつく。

「マイラはデアーシュとイノギアの様子を見てイノギアの宰相に書簡を届けろと命じただけのはずだが?」

「だって、この姫様なら絶対言うだろ。宰相に頼まれた手紙を宰相の元嫁に届けろ、ってさ」

 なぁ、と投げ掛けると、マイラは笑った。きっとその場にいたら、そう命じていただろう。

「やっぱり貴方を手に入れられてよかった。報酬、奮発しなきゃ」

「金はいらねーから二、三日休みくれ、ロナルの温泉入ってくらァ」

 帯で腰に固定していた(かばん)から、紐で()じた紙の束を取り出して差し出す。結構な厚さだ。

「イノギアはデアーシュの動きを警戒してるけど、前の反乱のせいで相変わらず政府も軍もガタガタなままだ。統率できる奴が軒並み処刑されちまったっつーから、無理もねー話さな。デアーシュはデアーシュで、イノギア侵攻派と穏健派とで国がキレーに真っ二つに割れてる。王様が侵攻派だったっけ、下手したら昔のイノギアみたいに反乱起こるんじゃねーか? ま、ともかく、どっちも不安定すぎてしばらく戦になるようなことはねーと思うから安心していいと思うぜ。細かい情報はこれにまとめといた」

「ありがとうユーイ、お疲れ様。……旦那様」

 妻から受け取った紙束をぱらぱらとめくって軽く目を通すと、トウキはユーイの肩を叩いた。

「ご苦労だった。これからもよろしく頼む」

「あいよ、任せときな」


 そのときだった。


「あの」


 少女の声に三人は裏口を振り返る。

 そこには、本日は泊まりの番の、黒髪の小柄な侍女長。


「わ、ぁ、」

「エシュ」

「ぅげ」


 最初は少し驚いたような顔をしていたエシュだったが、やがてゆっくり、ユーイの前に進み出る。


「貴方が、父と母に、私のことを報せてくれたんですか?」

「あ、ん、そう、ね」

「ありがとうございました」

「う、うん」

「奥様」

 続いて呼ばれて、マイラは緊張する。

「はいっ」

「もう今日は遅いので、この人のことは明日詳しく聞かせて下さいね。じゃ、おやすみなさい」

 頭を下げてから屋敷の中に戻っていく侍女長を見送ったユーイは、大きな溜め息をついた。

「……そんで、姫様。俺、一体何人に正体知られればいいわけ?」

「ごめんねユーイ、多分あと二、三人には知っておいてもらった方がよさそう」

「俺、廻者(まわしもの)なんだけど」

「ごめんってば」

 密かに吹き出した領主様に、廻者は舌打ちした。





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