第十九話
オーギ家の門前ではシウルが宮廷に戻る支度を万全にして待っていたが、夫と雪獅子と連れ立って歩いてくるマイラに気付くなり、
「何よそれぇ!?」
驚き呆れた。それはそうだろう、最後に見たのは珍しく小綺麗な若奥様だったはずなのに、帰ってきたと思ったらまるで一暴れしてきたような泥だらけでボロボロの姿、しかも訪問時には所持していなかった二振りの剣まで腰に提げている。纏っているのが女物の衣でなく髪も短かったら、少年と思われても不思議ではない。
「奥様、マイラちゃん……何が……や、でも、そっかアルマト様……怪我ない? 痛いとこある?」
「大丈夫ですシウルさん、それよりごめんなさい今日しか着てないのにこんなにしちゃって」
シウルはマイラをぎゅっと抱き締める。
「いいよ、いいよ、アルマト様が相手じゃしょうがないよまた作ろうね無事でよかったよ~……トウキ、帰り絶対チェグル寄って布買って! この際だから普段着も可愛いのいっぱい作る!」
「ああ、任せる。…………」
トウキが来た道を振り返るのでマイラもつられて見る。そのまま様子を窺っているように黙っている二人に、シウルは怪訝な顔になった。
「何、どうかしたの?」
「いや、何でもない」
「です」
山の麓まで下りてきたときには、それまで少し離れて後をついてきていた黒牙獣はいなくなっていた。何故そんなことをしていたのかは獣のことだから全くわからないが、諦めたのだろうか。街中にまでついてこられたら大ごとになるのは必至なのでその点ではよかったといえるが。
と、スニヤがシウルの腰のあたりに頭をぐいぐい押し付けた。シウルの手がスニヤの鬣を掻き回す。
「何だ何だ雪玉くん、嬉しそうだねぇ~」
先程からずっとスニヤがご機嫌なのも気になる。夫婦は顔見合わせてぎこちなく苦笑いした。黒牙獣のことを教えたら、きっとシウルは益々驚愕するだろう。黙っていた方がいいかもしれないと二人は目配せのみで決めた。
「……よし」
そんなことも知らずひとしきりスニヤを撫でたシウルは、マイラの方に向き直る。
「一旦宮廷戻って、お湯入って着替えてからまた街に出よっか。うちで食べるって伝えちゃったからちゃんとした食事の用意してないと思うし。軽いものじゃ足りないでしょ」
「シウルさんのご案内ですか? 楽しみです!」
手を叩いて喜ぶさまを見て、シウルも微笑む。何やら泣いた後のような顔をしているがもう問題ないらしい。
「そんじゃトウキ、私ら先に行くね。スニヤのごはんも用意しておいたから、裏に連れてって。スニヤ、今日はおいしいお肉だぞ~」
「わかった、ありがとうシウル。マイラ、また後で」
「はい」
仲の良い姉妹のように歩いていく二人を見送ると、トウキはスニヤに問いかける。
「……スニヤ。お前、あの黒いのとどうなったんだ?」
喉を鳴らす雪獅子は、主の手にちょいちょい鼻先を付けて撫でるように催促する。誤魔化しているのか、はたまた何も考えていないのか。
溜め息をついて、眉間から後頭部にかけてひと撫でし首の後ろを叩くと、トウキとスニヤは共にオーギ家の門をくぐった。
◎ ◎ ◎
夕食をとった後、キクロはトウキを応接室に招いた。卓子の上には書類が数枚置いてある。
「いろいろ探してみたんだけどね。まぁ座って」
失礼します、と小さく言ってから、トウキは長椅子に腰を下ろした。キクロも書類を手に取り見ながら座る。
「クォンシュは広いし都だけでもそこそこ優秀な人材は探せば簡単に見つかるけど、残念ながらその中から人格者を探す方が難しい。特に、きみのような気が小さいくせに偏屈な子と合う人、っていうのがね、なかなかね」
「偏屈、って」
「卑屈で頑固。控えめといえば聞こえはいいけど」
優しい顔をして容赦のない物言い。そういえばシウルの兄貴だった──トウキはできるだけ口答えしないでいようと決めた。
「しかし残念だなぁ、きみの選んだ自慢の奥方とゆっくり話す機会がなくなった。聞いた限りじゃ仲良くなれそうな気がしたんだけど」
「すまない兄さん、母上のせいで」
「まぁ、マルウも大きくなったし、近いうちにまた遊びに行くよ、警備隊の連中の腕も久々に試したいしね。……それよりおめでとうお兄ちゃん」
にっこりと、まだ話していなかったはずのことに触れられて、
「んぐ」
詰まる。とはいえ、少しでも気になれば決して見逃さないキクロに加え、医療術に長けたリネアもいるのだからバレるのも当然か。本人は自覚していないようだが、そういう見てくれに似合わない鋭さが軍の高官としての地位を築いている。
「言わないでくれ複雑なんだ」
「あっはっは。……さて本題に戻ろう。さっきのは冗談として」
冗談にしてはきつかった。しかしキクロはただ意味もなく貶すようなことはしないのもわかっている。優しく穏やかに諭す父とは違い、現実を見る目をくれる。
「皇帝の敵たる雪獅子公の味方をしてくれる人というのも、人格者を探すのと同じくらいに大変でね」
「恨まれているから仕方がない」
十数年前に皇太子だったリュセイと継承権第三位だったトウキとの間に起きたといわれているクォンシュの帝位継承争いでは、国外追放やほぼ一生の禁固刑に処された者だけでなく、処刑された者も出ている。
「勝手にすり寄ってきて勝手に俺の名を使って騒いで勝手に失敗したくせに、俺がリュセイを助けて生き延びたら今度は裏切り者扱いして寄り付かない。面倒な奴らだ」
キクロはおかしそうに笑った。
「きみね、そういうところが捻くれてるって言っているんだよ。奥さんには見せない方がいい。……で、だ。僕の独断できみの力になってくれそうな人を適当に選ばせてもらった結果がこれだ」
手にしていた書類の中から、たった一枚引き抜いて卓子の上に置く。トウキはそれを手に取り目を通す。
「……これって、司法院の?」
「そう、テアス・ナンヒ長官のお子さん。今リネアの婆様の家に下宿してて、そこの術士院に通ってるんだ。たまに僕も手伝いをしてもらうんだけど、今年で……二十になるんだったかな? 賢いし仕事も早い、いい子だよ」
「ふぅん……術士か」
「ん? 術剣士がよかった? 今からでも探そうか?」
「やめてくれウェイダはやさぐれ小僧どもの更生施設じゃないんだぞ、今ほしいのは警備隊の人員じゃなくて事務方の手伝いだって言っているじゃないか」
「あっはっは」
国境警備隊の隊員のほとんどは、術剣士隊『白梅』に所属していない術剣士で形成されている。国賊といわれる雪獅子公の治める領地にある国境を守りたいと進み出る者は皆無なため、丁度いいと世間的にあまりいい目で見られていない術剣士候補を送り込んでいるのは実はキクロである。
これには未来の『白梅』の隊員となり得る術剣士を育成するという目的もあるということで、トウキも了承している。他の領地の国境警備隊に比べると人数は格段に少ないが、術を使えるお陰で守備や連絡の手段が多く、少人数でも対応しやすいという利点がある。
「その子は術の腕はきみよりちょっと下ぐらいなんだけど知識と応用力がある。術士というより文官向き。そういう意味では、きみの奥さんとも気が合うかもしれない。そういえばアデン・シェウ・ファンロン殿下も司法官だったよね、名前ぐらいは知ってるんじゃないかな?」
確かナンヒといえば、帝位継承争いの際にどちらの派閥にも属さず完全中立を貫いた家で、罰された者も出ていない。変な偏見も持たずに接してもらえるかもしれない。
「そう、だな……一度会って話がしたい」
うん、とキクロは頷く。
「時間があるなら明日にでも術士院に行っておいで、後で連絡しておくよ。本人にもナンヒの家にもそういう話は少しだけしてあるけど、一応紹介状も書いておこうね」
「ありがとう」
「ところでトウキ」
ふ、と姿が消えたかと思うと、キクロはトウキの隣に現れた。にこにこ笑いながら詰め寄る。
「奥さんとは、上手くいってるの?」
「なっ」
「チュフィンが言ってたんだよねぇ、トウキが奥さんに対して踏み切れないようだって」
たれ込みの犯人の名を聞き、トウキの表情が固まる──あいつ、帰ったらシメる。
「あのねトウキ、これは経験者としての助言だ」
「いやあのその点については心の準備が」
「いいから聞きなさいこれはとても大事なことだ!」
ばん、と卓上をキクロの手が叩き付ける。声を張るのも珍しい。あまりの真剣さに少し身が竦んだ。
「……な、なに……?」
恐る恐る問うたそのとき、扉が開いた。
「おとーさま!」
絵本を数冊持ったウティラが駆け込んできたかと思うと、勢いをつけてキクロの膝に飛び乗る。う、とキクロは顔を歪めながら呻いた。娘の膝が腹部を直撃したらしい。
「ねーるーの! ごほんよんで!」
幼子はそのままの体勢で容赦なく体を激しく揺らす。細い膝が父親の腹を更に圧迫する。そんな苦況にありながらも、
「……お、お部屋で……待って、なさい……もうちょっとしたら、行くから……」
父は必死に、穏やかに微笑もうと努めた。しかし涙目だ。それを見たトウキは、敬愛する人物の初めて見る表情に何か声を掛けるべきか迷った末に、ただ空気を飲み込んだ。ウティラを引き離すべきだろうか、いやしかし、よそのご家庭のことだし──
父の返答にウティラは歓喜し更に体を揺らした。
「ほ、ん、と、ねっ!?」
「ほっ、んとうっ、だよ、ちゃんと、行く、から、だから、ちょっとだけ、待ってて、ねっ」
「はぁい! トウキおにいさま、おやすみなさい!」
ぴょんと下りると、小さな嵐は来たときと同じように走り去っていく。
扉が閉まったところで、キクロは腹を押さえた。
「トウキ、きみもう三十になるだろう……見た通り育児は体力と、愛しいけどどうしようもない理不尽に耐えうる精神力がいる……ゲンカ様がしてくれたようにしたいのなら早めに子ども作った方がいい、身がもたないから」
軍の高官にしてこの国一番の術剣士が痛みに震えながら言う言葉に、トウキは己とリュセイが幼い頃のことを思い出しながらゆっくり、頷いた──ああ、父上もこんな苦労をしていたのか。
「……善処します」
◎ ◎ ◎
宮廷から術士院まではそう遠くはないが、敷地内から建物が見える程度に近い将軍の邸宅やオーギ家のように徒歩で行くわけにはいかない。トウキとマイラは馬車で目的地へと向かった。
「うーん、あちらは覚えていてくれているでしょうか……忘れてしまっているかもしれませんねぇ……」
推薦された人物は、キクロが言っていた通りマイラの知る人物で、しかも子どもの頃に父親に連れられマイラの実家を二度訪れたことがあるらしい。
「円盤棋が得意だって聞いたので遊んだんですけど、ものすごく強かったんです。父も一回も勝てませんでした」
そう語るマイラは既に楽しそうだ。きっと彼女にとってはいい思い出なのだろう。
「承諾してもらえたら、住み込みで来てもらおうと思う。お前とも、いい友人になれたらいいんだが」
「きっと大丈夫です!」
「だといい、な」
馬車が止まり、到着が知らされる。先にトウキが下りて、マイラに手を差し出す。夫の手を取り下車したマイラは、古めかしい木造の門を目にするなり、おぉ、と声を上げた。
「歴史を、感じますね……」
「古いだけだ。……そろそろ倒れるんじゃないか、危ないからあまり近付かない方がいい」
トウキがマイラの手を取ったのと逆の手で門柱をつつくと、表面がぼろぼろと崩れた。
「今年いっぱい、形を保っていられるかどうか……といったところだな……」
「そういえば、お義母様がもうすぐ建て替えるって仰ってました」
「だろうな。二十年くらい前からそんな話があったはずなんだが、やっとか……」
奥を見ると、何十人もの術士と思われる者が忙しなく動き回り、木造の建物から運び出したらしい荷物が外に大量に並べられている。マイラは思わず手土産にと持ってきたゴユ酒の瓶の包みを抱き締め、トウキの顔を窺った。
「あの中にいらっしゃいますかね?」
「一応昨日のうちに連絡はしてあるが……」
おそらく総出で荷物を移動しているのだろう。取り次いでもらえそうもない。
「こちらから探した方が早そうだ」
「訊いてきます」
マイラは瓶を抱えたまま、一番近い場所で荷物の仕分けをしていた男の術士に駆け寄り声を掛けた。ぺこりと頭を下げて、すぐにトウキの元へ戻ってくる。
「裏の焼却炉で火の番をしていらっしゃるそうです」
「行こうか」
「はい!」
トウキの赤い髪と半面を隠す仮面は目立つ。術士たちの中にも昔の事件を気にする者がいるのか、恐れるような顔をしたり奇異の目を向けてきたりという反応があり、その度にマイラは夫が心配になったが、敢えてそれについては言及しなかった。あまりそれに触れすぎてもかえって傷付けてしまうかもしれないし、きっと彼は大丈夫だと少し苦しそうに返すだろう。
せめて、気になるのが薄れるように──そっと腕を組んで、微笑みながら、周囲を眺める。
「薬草がたくさん植えられていますね」
「薬を使う術も多いからな。……そういえば、前に温室がほしいと」
「あっ、はい、私もその、打ち身の薬とか虫除けとか、薬草茶とか簡単なものなら作れますので、栽培できたらなって。あと、冬でも育てられるお花もありますし」
「ウェイダに戻ったら手配しよう。少し時間がかかってしまうが」
「いえ! ありがとうございます、嬉しいです!」
本当に嬉しそうに笑うその顔に、トウキも受けた視線から生じた緊張が解けるのを感じる。気を遣って全然関係のない話を振ってくれたことはわかっていた。理解してくれることがありがたいし、傍にいてくれるのも心強い。
上から何か落ちてこないか留意しながら建物の角を曲がった途端、頬に熱が当たった。大きな炉の中が激しく燃え盛っているのが見える。しかし焼却炉というには少々形が変わっていた。上部と下部に窯があり、何かついでに加熱されているのか、香ばしいいい香りが漂っている。
その前にレンガを積んで板を乗せただけの背の低い卓のようなものと木の椅子が数脚、そのうちのひとつに、件の人物は座っていた。黒い頭巾付きの外套にすっぽりと身を包んでいる。
「あ」
怪しい黒ずくめは夫婦に気付くと立ち上がり、頭巾を外して礼をした。満月のような銀色に近い薄い金の髪が、熱い風にさらりと流れた。
「お待ちしておりました、こんなところまで足を運ばせてしまい申し訳ありません。ですが下手に動き回るよりも、どこかに留まっていた方がいいと思いまして」
白い頬や額には煤の跡が付いているが、身のこなしは育ちの良さが滲む。氷晶石に似た薄い青色の瞳が涼やかで知的な光をたたえる。
「お初にお目にかかりますトウキ様。マイラ様……は、お久しぶり、で、ございますね。司法院長官テアス・ナンヒが一子、ルコ・ナンヒにございます」
落ち着いた声、すらりとした肢体。まるで美しい剣のような佇まいだ。
「トウキ・ウィイ・アヴィロだ、力を抜いて気軽に接してほしい。……しかし、ナンヒどのに貴殿のようなご子息がいたとは」
「違います、旦那様」
マイラが袖を引いた。
「ん?」
「ルコ様は、女性です」
「…………んっ!?」
トウキが改めて見ると、表情を全く変えないままルコは言った。
「お気になさらず。慣れています」
「たっ……大変な、失礼を、した」
「髪を伸ばせばまた違うのでしょうが、この方が楽なので……自分の選択の結果です。どうぞ、お掛けになって下さい」
焼却炉の横に設置された流し台の前に移動し、小さな鍋に向けてくるくると指を回すと、鍋の中が水で満たされる。その中に懐から出した金属の小箱の中身──粉のような見た目からして茶葉だろうか──を入れ、炉の上部の窯の片隅に置く。見ていたマイラが感心した声を上げた。
「そっか、この炉はゴミを焼く火をいろいろと活用できる作りなのですね!」
「館内にも窯はあるのですが、ここはずっと火がついているので火力が安定していて使いやすいのです。……そろそろいい頃合いかもしれませんね」
灰かき棒を上段の窯の奥に突っ込んで何かを引き出す。鉄板の上には、いい焼き色の小さな包み焼きが三つ。木の火ばさみで懐紙に一つずつ乗せて卓の上に並べ、続いて鍋で沸かした茶を木筒に注いで供する。客人の為に準備していたらしい。あ、とマイラが気付いて慌てて抱えていた手土産を差し出した。
「あの、すみません、これ、お土産のゴユ酒なんですけど」
「わざわざありがとうございます、マイラ様。丁度合うお茶ですから少し入れましょうか。温まりますし」
受け取った包みを開け、茶の入った木筒の中に少しずつ酒を注ぐ。粗末な茶器からそぐわぬ上品な香りが立った。
「このようなおもてなししかできませんが」
ルコにトウキは笑った。
「術士院らしくていい。子どもの頃に来たときにも、オーギ隊長にその場で作った蜜花の甘水を振る舞ってもらった」
手に取った包み焼きを口に運ぶ。中に詰められた甘酸っぱい紫スモモの蜜煮が、乳脂の練り込まれた歯ごたえのいい皮によく絡む。
「すごく! おいしいです! こうやってお外でお茶をするのもいいですね!」
マイラが感激の声を出す。ルコの表情はそのままだが、僅かに嬉しそうにも見える。
「お口に合ってよかったです。母が似たようなものを昔作ってくれたのですが、見よう見まねというか……記憶を頼りに作ったので」
「ルコ様は覚えがとてもよろしいのですね」
「そのくらいしか、取り柄がありません」
「いえ、いえ、素晴らしいことだと思います! ですよね、旦那様」
茶を啜ったトウキは頷きながらキクロにしたためてもらった紹介状を差し出した。包み焼きはとっくになくなっている。
「改めて、お願いしたい。ウェイダ領の為の仕事を、手伝ってもらえないだろうか。俺の下で働くとなると、周囲の目が痛くなるかもしれないが……」
紹介状を取り、目を通してから丁寧にたたみ直したルコは、
「私も女のくせにとか生意気だとかよく陰口を叩かれる身。そこに雪獅子公にお仕えするという札が付いたとて、今更何を恐れましょう。慎んで、お受け致します。ご随意にお使い下さいませ」
椅子から下り跪き、手にしたそれを押し戴いた。実に美しい所作だ。そんなに仰々しくしなくてもいい、と言おうとして──トウキは、座したままルコを見た。
「……何故、受けてくれるんだ?」
「ナンヒの家は、クォンシュの公正なる秤。トウキ様が先の諍いにてどのようなお立場にあったのか、また何をなさったのかは裁きの際に記録されており、現在の有り様がその結果の全て。皇帝陛下が既にお許しになっておられるのに今尚過去のことを持ち出し忌み嫌うなど、愚かしいことでございます。そんな方が私の力を求められているのなら、私はナンヒの子として貴方に力をお貸しする、それが道理でございましょう」
「わかりやすいな」
「……というのは、ただの建前で」
ルコは顔を上げて、真っ直ぐトウキを見据えた。
「面白そう、だからです。そんな貴方の治める領地を、侮られる私が全力で補佐することにより、他のどこよりも豊かにして見返してやりたい。腕が鳴るというもの。しかもお傍にはマイラ様もいらっしゃいます、こんなに楽しそうなことが他にありましょうか?」
おとなしそうな顔から出てきたとても強気な発言に、
「…………ふ、くっ、……っはっはははははは!」
トウキは、声を上げて笑った。




