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第〇話



 大陸東南部ファンロン王政国の辺境・ツァスマは、騒然となった。川を隔てて接する(あか)き龍の帝国クォンシュに官吏として赴いた領主アデンが、とある人物と共に帰ってきたのである。アデンがクォンシュに向かった直後に大雨に見舞われて国境の川にかかる橋が落ちてしまい、予定の日より帰還が遅れて安否が問われ始めた矢先の話だ。


 普段穏やかで落ち着きのあるアデンが、珍しく何かを焦るような気まずそうな表情を崩さない、それだけで緊張が走る。


 その隣にいたのは、細やかな彫金細工の(ほどこ)された美しい白銀の甲冑(かっちゅう)と、深い青色の外套(がいとう)(まと)った剣士だった。


 左腕には、クォンシュの皇帝直属剣士隊の証である白い花の刺繍の入った腕章。供の者は一人もいない、その代わりとでもいうように斜め後ろに控えるのは、手綱(たづな)と立派な(くら)を着けられた、(みどり)の豊かな(たてがみ)(なび)かせる雪色の被毛の大きな獣・雪獅子(ルイツ)


 雪獅子を飼い慣らし、クォンシュの剣士隊の一員でもある身分の高い者といえば、ただ一人。


 その名を口にしていいものか、誰もが迷った。何しろ今のクォンシュの皇帝と一悶着あったといわれる人物である。


 屋敷の門前まで迎えに出たアデンの妻と息子は驚き言葉を失っていた。唯一、娘が父に駆け寄る。

「父上、ご無事で! ……あの、えっと……」

「……川が渡れるようになるまで、お世話になった」

「それは……父をお助けいただき、ありがとうございます。あっ、どうぞ、粗末な館ではありますが是非」

「いや、」

 娘の招待を、剣士は断った。顔を完全に隠した(かぶと)の中から響く声は、静かで低い。

「すぐに、帰ると言って出てきた」

「……左様で、ございますか。それではまた、日を改めて御礼に」

「っ、いや、」

 少し、慌てたように。

「……そのっ、……いい。……では、冑を取らぬまま失礼した」

 簡潔な言葉だけを残して、(きびす)を返し、雪獅子を促して元来た道を戻っていった。娘は後を追う。

「あの、せめて国境までお見送りを」

「いや、いい」

 剣士は振り返ることなく(こた)えると同時に、雪獅子に(また)がって駆けて行ってしまった。雪獅子は馬よりも足が速い。あっという間に姿が小さくなっていく。

 全身鎧に包まれているのに何という軽い身のこなしだろう、と娘は感心しきっていた。すっかり見えなくなっても、その去った方角をずっと見ていると、肩を抱かれる。

「マイラ」

 明らかに思い悩んだ表情。様子のおかしい父に、娘は怪訝(けげん)な顔で(のぞ)き込む。

「父上?」

「……すまない」

「どうかなさったのですか?」

「……お前を……あの方に……雪獅子(ゆきじし)公に……嫁がせることに、なって……しまっ……」

 降って湧いた縁談に、ツァスマ領主の娘マイラ・シェウは(まる)く大きな目をぱちぱちとさせた。


「はい?」





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