遺された洗濯機
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶつぶはさあ、いまの洗濯機ってどれくらい使ってる?
あたしはそろそろ5年ってところ。あのときは思い切って買い替えたけれど、今度はなかなか踏ん切りがつかなくって。
でも、こうして自分だけの洗濯機があるって、少し安心しない? 思春期だと特に、おうちの人の脱いだ服とかと、一緒に洗われるのに抵抗があってさ。
だって、服とかパンツとか、汗とか脂とかしみついてるじゃない。そんなものと一緒に、自分のものを洗われるのって、気持ち悪いと思わない?
あたしも、当時はその口だったんだけどさ。それが高じたおかげで、少しおかしな目に遭ったことがあるのよ。一人暮らしをしている、今でこそ起こっていないけど、またいつ顔を出してくることか……。
用心のためにも、つぶつぶ。聞いてみない?
私の家は洗濯機が二台あったわ。
一台は両親に弟、そして私の分を洗うもの。そしてもう一台はおばあちゃんが専用で使う、昔から家にある洗濯機だった。専用の脱水槽が隣にくっついているタイプの奴ね。
おばあちゃんはあたしが中学校2年生のときに、病気を患って亡くなってしまったわ。自然、洗濯機も残される形に。
不謹慎だけど、「しめた」と思っちゃったのは否定できない。私は親に交渉して、おばあちゃんの遺した洗濯機を使わせてもらえるよう、交渉したわ。もちろん、家族のものと別にして洗うことができるように。
お母さんからは、最初反対されたわね。水道代もろもろが余計にかかるから、洗濯機一台で済ませるようにしなさい、と。
でも、私にとってはお金よりも清潔感の方がずっと大事。水道代を小遣いから差っ引いても構わないから、どうかあの洗濯機を使わせてほしいと頼み込んだわ。
どうにかごり押しで権利を勝ち取った私は、それからガンガン、おばあちゃんの遺した洗濯機を使って、自分の洗濯ものを洗うようになったわ。
毎日のように洗濯機を回し、洗剤を突っ込んで、自分の部屋に面したベランダへ干す。心置きなく、これができるというのが、なんともうれしかったの。
――これで父親の、加齢臭漂うシャツからも、逃れることができる。
内心で、そうほくそ笑んでいたくらい。
けれども、半年くらいが経ったころ。私はちょっとした異常に気が付いたわ。
一度、母親に「一人なんだから、数日分溜めて、いっぺんに洗うようにしなさい」と注意を受けてから、私は三日、四日分を溜めてから洗濯機を回すようになっていたわ。
服にそこまで頓着しない私だけど、その日は気づいてしまう。私が三日前に家で着ていたシャツが、槽の中に見当たらないのよ。
自分の部屋を確かめたけど、やっぱりない。どこに行ったのかと、ベランダへ出てみると、なんてことはなかった。
物干しざおのもう一方、お母さんたちが干している洗濯物たちの一番端っこに私のシャツがかかっていたの。
昔のクセで、つい向こうに干しちゃったのかな? と当初の私は思っていたわ。けれど、日を置いて二回、三回と続いてくると、さすがに不審に思ってくる。
洗濯物を干すのは、これまではお母さんがいつもしてくれている。
けれどこのことがあってから、私は早起きして、自分の洗濯物を自分で干すようにしたわ。学校へ行く前に位置も確かめて、自分の部屋の真ん前に置いているはず。
なのに、学校から帰ってくると、お母さんは自分たちの分のみならず、私の分まで取り込んでしまうようだった。
「小雨が降ってきたから」「空が急にかげって、涼しくなってきたから」と理由を離されると、強く突っ込むことははばかられる。
でも、疑いを強めるあたしは、親がいじっていることに半ば確信を抱いていたわ。
そしてあたしは、ついにその瞬間を目撃する。
学校が三者面談実施期間に入り、生徒たちがいつもより早く帰される時間帯。あたしは友達からの遊びの誘いをすべて断り、家へと直行した。
玄関くぐって、「ただいま」コースじゃない。ベランダを見張れる物陰に隠れて、様子をうかがうコースへ行ったのよ。
目がいいのが幸いした。あたしが今朝に干した洗濯物は、すべて欠けることなく、部屋の前の竿にかかっている。
両親の部屋とあたしの部屋。隣り合っている二部屋は、屋内では廊下。屋外ではベランダでつながり、その間に仕切りはない。
やがてお母さんが窓を開けて、あたしは物陰に隠れなおしつつ、チラリとベランダの様子をうかがう。
案の定、お母さんは自分たちの部屋の前に干している洗濯物を無視し、まっすぐにあたしの部屋の前の洗濯物。あのシャツのハンガーに手をかけて、持って行ったの。
――嘘つき。
ギリ、とあたしは唇の端をかんだわ。うすうす予想していたけど、やはり目の前で見てしまうと、こみ上げてくるものがある。
お母さんは、これまであたしが何度も見てきた竿の端へ、シャツのハンガーをかけた。そのまま部屋へ引っ込んでいくのを見て、あたしは物陰から飛び出したわ。このまま家へ乗り込んで、お母さんに談判してやる腹積もりだったの。
でも、あたしが走り出すか否かのところで。
竿の端へ、大きいカラスのような鳥が、外から舞い降りてきたのね。
そう、見た目はカラスのように見えたの。けれどその足は、鳥のそれには見えない五本指。人間の手のように思えたのよ。
カラスはあたしの服にしがみつくと、くちばしを生地に押し付けて、何度も何度も往復させる。ブラッシングか、やすりでこすっているような反復動作で、見たことのない動きにあたしはぞっとしたわ。
だいたい五分ほど、あたしの服をこすった後、五本足のカラスは唐突に飛び去って行ったわ。
あたしは家に戻って、あのカラスの件も含めて、母親へ詰め寄ったわ。
「見ちゃったか」と、なかばあきらめたような表情をして、母親は続ける。
あのカラス。実はおばあちゃんが生きていたころから、何度も見かけていたみたい。
あいつはおばあちゃんの服、いや、厳密にはおばあちゃんが使っていた、あの洗濯機で洗ったものが好きらしくて、ふとした拍子にやってくるのだとか。
「あのカラスにね、あの洗濯機で洗ったものを用意してやらないと、ひどいのよ。以前、おばあちゃんが生きていた時に、お友達のところへ泊りに行った時、窓ガラスが割られていたの、覚えている?
あれね、あの五本足のカラスが窓を突っついて開けたのよ。どれもただの一突きでね」
信じられなかった。
確かにガラスが盛大に割られた事件を覚えているけど、あれはガラス一面がなくなるほどの大惨事。てっきり、重たい何かが風に飛ばされてぶつかったのかと思っていたけど……。
お母さんは最初、自分の服をあの洗濯機で洗ってカラスにあてがおうとしたけど、あたしがあまりに強く押すから、仕方なくこんなことになったみたい。
正直、相談してほしい気持ちもあったけど……実際に見るまでは、あたしも納得しなかったでしょうね。