ヴィオルガとテオラール 理玖の所感
グライアンとの騒ぎが終わった後、俺とヴィオルガは足早に王宮内を移動していた。
「今日はどこへ行くんだ?」
「テオラールお兄様のところよ。王宮内で部屋を押さえてあるから、そこで会う事になっているの」
「テオラール……」
第二王子の名だ。まさか第一王子と皇帝に会ったその日に、第二王子までお目にかかれるとは。ヴィオルガに連れられ、二階にある部屋へと入る。部屋の中には既に一人の男がおり、窓の側に立っていた。
「お兄様……! もういらしていたのですか」
「やぁオルガ。たまたま早く起きてね」
テオラールの印象は、グライアンとは大きく違った。皇国生まれの俺でも分かるくらいの美男子だ。
髪色や瞳の色は、ヴィオルガらと同じ金髪碧眼。体形はグライアンとは反対で細い。病弱……という訳ではなさそうだが、押せば折れてしまいそうな印象がある。
だがヴィオルガほどではないにせよ、その身に宿す魔力は強い方だろう。グライアンが連れてきていた魔術師たちよりも圧倒的に上だ。
「君の護衛、すごいね。ここから見ていたよ。早起きした甲斐があったというものさ」
そう言うと、俺に視線を向けてきた。新種の動物を見ているかの様な表情だ。
「せっかくだから挨拶しておこうかな。僕はテオラール・ガリアード。聞いているだろうけど、ヴィオルガの兄にしてこの国の第二王子さ」
「リクだ。しばらくの間、ヴィオルガの護衛として雇われている」
「術士に勝る皇国の剣士、か。触れ込み通りの実力という事だね。素直に驚いたよ」
どうやら俺に興味を持った様子だ。ヴィオルガがテオラール陣営のせいか、俺に対する敵意みたいなものは感じない。
しかしこう言ってはなんだが、グライアンに感じた覇気の様なものも感じないな。
「参考までに聞きたいんけど。相手が障壁を張っていたら、どうするつもりだったんだい?」
「障壁……?」
皇国で戦った大型幻獣も使っていた結界の様なものかと思っていると、ヴィオルガが補足を入れてくる。
「普通の魔術師はね。戦闘の時、障壁という結界魔術を前方に張りながら戦うのよ」
「さっきの奴にはなかったな」
「あなた相手に必要ないと思っていたのでしょうけれど。陛下の合図と同時に決着がついたから、障壁を張る時間もなかったのよ」
ヴィオルガの講釈にへぇ、と返事する。皇国の術士は武人と組んで行動する事が多い。だが帝国の魔術師には前衛を任せておける存在がいないため、障壁を張りながら戦うという戦術が発展したのだろう。感心している俺にテオラールが言葉を続ける。
「相手の障壁をいかに阻害しながら勝利をもぎ取るか。魔術師にはそうした立ち回りが求められるのさ。中にはオルガの様に、力技で正面突破できる者もいるけどね。だが君は魔術師ではない。そんな君が障壁を張った魔術師にどう立ち向かうのか興味がある」
「さぁな……。実際やってみない事には何とも言えないが。多少時間はかかるだろうが、結果はやっぱり変わらないだろうな」
「へぇ。自信があると?」
「ああ。これで叩けば壊せるだろ」
そう言うと俺は、腰に挿した神徹刀の柄に手を添えた。大型幻獣と戦った時、俺は相手の障壁を砕いている。強い力で壊せることが分かっている以上、いくらか手はあるだろう。
「ふふ、そうか。君はあのオルガが、わざわざ皇国から連れてくるくらいの人物だ。であれば、やはり何とかできるのだろうね」
ヴィオルガが関わっているだけで、そこまで実力に信用がおけるものなのか。それだけヴィオルガも、帝国内では特別視されている人物なのは理解できるが。
「ひょっとして皇国の武人というのは、君よりも強いのかい?」
「俺の方が並の武人よりは強いだろうな。だが近衛ともなってくると、怪しいところだ」
「近衛……皇国最強の武人と呼ばれる、皇族の護衛だね」
結構有名なんだな、近衛って。近衛相手となると、流石に俺でも術を使う必要が出てくる。そして俺の術は、規模や使用回数に比例して血を消失する。継戦能力が高いとは言い難い。
これは俺にとって大きな弱点になるため、人に言うつもりはないが。仮に皇国の全近衛と戦うとなれば、規模の大きい術一つで一網打尽にするだろう。各個に向かってこられるのが一番対処に困る。
「負けるつもりはないが」
「君の様な剣士がいるんだ。皇国の評価を改めないといけないね。オルガもだいぶ皇国に対する見方が変わったんじゃないかい?」
「ええ。近衛も術士も、決して帝国の魔術師に引けを取る者達ではなかったわ」
会話を続けながら、二人はごく自然に席についた。俺はヴィオルガの後ろに立つ。
「さてオルガ。何の用かな?」
「お兄様も分かっているでしょう。帝国の次期継承者の件です」
ああ、とテオラールは柔らかく微笑んだ。大事な話題だろうに、あまり話したがっている様には見えないな。
「陛下はお兄様を指名するつもりでした。しかし今になって西国魔術協会が豚……グライアン王子の後ろ盾についた」
「兄上の方が御しやすいと判断したんだろうね。父上のご意向に反してでも動く価値があると考えたのだろう」
「ええ……。このままテオラール兄様を指名すれば、西国魔術協会の一派は陛下とお兄様に協調姿勢を見せないかもしれない」
「そうなるとまともな執政はできないだろう。最悪、兄上派と私派で国内は割れるかもしれない。父上もそれは避けたいのではないかな」
「ですから。今一度、テオラール兄さまに積極的な姿勢をとっていただきたいのです。次代の帝国を継ぐのは自分こそが相応しいと」
テオラールは、ヴィオルガの強い視線を躱す様に顔を背ける。
「次代の帝国、か。オルガ、皇国では大変な目にあったそうだね」
「え……?」
「裏で糸引いた者も大体の想像がついているんだろう? しかし相手は、正面から糾弾してもそれを気にせず振る舞える人物だ。王族が謀り事に巻き込まれたというのに、これに強い対処ができないほどに今の王族は力を失っている。帝国にとって、今の王族はその様な存在だ。頑張ってくれているオルガには申し訳ないけどね。私自身はあまり皇帝という位に執着はもってないんだ」
「…………お兄様」
「兄上が皇帝になっても、王族の権威は強くならないだろう。むしろ有力貴族の影響力が増々強くなる。だがその中にはかのパスカエル氏もいるんだ。いっそ、彼の傀儡皇帝の方が上手く帝国を……」
「お兄様。それ以上はなりません」
「…………すまない」
部外者が聞くには少し重い話題に思えるが。俺、このまま部屋に居ていいのだろうか。
しかし第二王子のテオラールは、皇帝位を継ぐ事に対して前向きにはなれないみたいだな。むしろ恐れている節もある。自分が台頭する事で、妹の様に危険な目に合う可能性も考えているのだろう。
王族の権威失墜がここまできているとは。そのうちテオラールの言う通り、完全な有力貴族の傀儡皇帝が誕生するかもしれない。
(ここでもパスカエルか。あいつの影響力は相当なものだな。……ヴィオルガが奴の暗殺を見逃す理由は、こういうところにもあるのか)
ヴィオルガには王族としての独立性や矜持を重んじているところがある。相反するパスカエルや西国魔術協会とは折り合いが悪いのだろう。
だが王族の全員がヴィオルガと同じように考えている訳ではない。中には積極的に長いものに巻かれにいく者もいるし、あえて関わらない事で安全圏に身をおきたいと考える者もる。
「せめて私にもオルガやリクのような、自分に自信の持てる力があれば良かったんだけどね」
「お兄様も十分強い魔力をお持ちではありませんか」
「僕の魔力なんて、オルガやパスカエル氏と比べると児戯の様なものさ」
ヴィオルガとテオラールの間には、熱量の違いみたいなものを感じる。だがすでにテオラール擁立の動きを見せている以上、ヴィオルガも立ち止まる訳にはいかない。
「お兄様が何と言おうと。次の皇帝にはなっていただきますし、次代の帝国を引っ張っていただきます。グライアン兄上は、あまりにも多方面からの影響を受け過ぎている。それではだめなのです」
「そうだね……。すまない、弱気が過ぎたね。今から何ができるか分からないけど、私なりに頑張ってみるとするよ」
「……お願いします」
この様子をみるに、今の皇帝も苦労しているんだろうな。もしかしたら自身が皇帝位を継ぐときも、この様なやり取りをしてきたのかもしれない。
ガハハと笑っている裏で、いろいろ大変な折衝を繰り返しているんだろうか。俺はあくまで部外者で良かったと心中で呟いていた。
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