ローゼリーアという女性 動き出すパスカエル
それから程なくして、上級貴族院の建物からヴィオルガが出て来た。帰りの馬車の中で話題になったのは、やはりローゼリーアの事だった。
「まさか彼女があなたに興味を抱くなんてね」
「妙な女だったな。どことなく俺の力についても、見えていた様子だった」
ローゼリーアは俺と話した後、直ぐにヴィオルガとも話したらしい。そこで俺を茶会に呼びたいと申し出たそうだ。
「ローゼが誰かを茶会に誘うなんて、おそらく初めての事よ。この事はあっという間に広がるでしょうね」
「そんなに特殊な立ち位置にいる奴なのか?」
「ええ。あの子は魔力がよく漏れ出る体質の子だから。相手を警戒させやすいし、本人も気にしてか自分から誰かに話しにいく事なんてほぼないのよ」
「そういう風には見えなかったな……」
「だから驚いているのよ。リリ、ローゼはどういう風にリクに接してきたの?」
ヴィオルガの疑問にリリレットはゆっくりと頷く。
「学院に入られてきた際、門の近くにいたリク様にお名前を尋ねられました。最初に自分から名乗られておりましたね。リク様の事を、どこかの家の貴族だと思っていた様子でした」
「ああ……リクが皇国人である事は見えていなかったのね」
「はい。いつも通り、目を閉じておられましたので」
いつも通り、か。つまりローゼリーアが普段からああして過ごしている事は、周知の事実なんだろう。
「あいつ、何で目を閉じているんだ? 不快な思いをさせるとか言っていたが」
「強大な魔力を抑え込むためよ。ああしていないと、魔力が漏れ出てしまうのよ」
「ふん……? 魔力なんて漏れ出ても、別に害がないだろ?」
俺の疑問にヴィオルガは少し眉を寄せる。
「あなたはそう思うでしょうけれど。普段、魔力が漏れ出るなんて戦闘中以外はそうそうないでしょう?」
「臨戦態勢をとられている様で警戒してしまう、てか? そういう奴には見えなかったが。それにそれを逆手にとって、実際に臨戦態勢を取った時に相手を油断させる事もできそうだが」
「あなたねぇ……。それができないのが貴族というものでしょう。それにあの子の魔力は、他人に圧を感じさせやすいのだから」
「俺に貴族の常識……それも帝国貴族の常識を言われてもな……」
自慢だが、俺は貴族の事情にそれほど通じている訳ではない。それに皇国と帝国では同じ貴族でも、文化も異なれば事情も違う。
「まぁ事情は分かったよ。で、茶会ってやつはどうなったんだ?」
「話自体は了承したわ」
「いいのか?」
「彼女の父。アンベルタ家の当主は、西国魔術協会の要職に就いている人物よ」
「…………ほう」
つまりパスカエルに近しい人物だという事だ。なるほど、ヴィオルガは俺に気を使ってくれたようだな。
「だからといって、パスカエルの居場所が分かるかは未知数よ?」
「かまわない。今は情報は何であっても欲しいんだ。ヴィオルガはどうするんだ?」
「さすがに私の立場でアンベルタ家を訪ねれば、少し騒ぎになるわ。行くならあなた一人で……と言いたいところだけれど。流石に不安だからリリと一緒に行ってちょうだい」
「分かった」
「いい? くれぐれも。く・れ・ぐ・れ・も! 騒ぎになる様な事はしないでよ?」
「その言い方、信用ねぇな……」
「上級貴族院に通う貴族を殴りに行こうとしたそうじゃない!? アンベルタ家は帝国でも有数の上級貴族よ、あなたが騒ぎをおこせば雇い主の私にも批判がくるの!」
ちっ、面倒な。少なくともパスカエルを殺すまでは、大人しくしておいた方がいいか。騒ぎを起こして強制送還になるのは俺も避けたい。
■
 
「完成品」とは何だろうか。これはパスカエルが常々考えている事であった。人をさらに上のステージへ導く、道しるべとなる杭。これまで多くの試作品を経て、今では完成品と呼べるものも出来上がった。
しかし更なる向上の余地は常に見つかり、完成させても完成させても終わりはない。果てしない苦悩の旅に出ていたパスカエルであったが、それでも目の前の黒い杭は「完成品」と呼んでも遜色はないだろうと評価していた。
「できれば王族の血肉を使いたかったが……。いや、使わない事で完成に至れたのか……」
「パスカエル様」
「おお、アイリーン。来たか」
アイリーンはパスカエルの助手の一人である。その付き合いは長く、かつては共に群島地帯に赴いた事もあった。
「皆を集めておいてほしい」
「西国魔術協会の、という事でしょうか?」
「そうだ。ああ、それと。第一王子殿にも声をかけておいてくれ」
「では……」
「そろそろクローベント家当主としても動くとするよ。皆、私がどう動くか気になって仕方がないようだからね」
現在の帝国貴族が注目しているのは、なんと言っても次の帝国の継承者についてだった。オウス・ヘクセライの立場表明もあり、多くの貴族は第二王子が選ばれるものと思っている。
だがこれに正面から対抗できる派閥……西国魔術協会とパスカエルはまだ動きを見せていなかったため、周囲の注目は自然とパスカエルの動向に集まっていた。
「我々西国魔術協会は、第一王子グライアン殿下を次期皇帝に推す」
「いよいよですか。しかし陛下を始め、多くの者が黙っていないのでは?」
「だろうねぇ。その辺りの騒ぎも含めて、これはお祭りなのさ。それにこのタイミングで動くのも、意味があるのだよ?」
パスカエルとしては、元々グライアンを推すつもりであった。理由は単純、その方が都合が良いからだ。自分の研究に理解があり、言う事も聞かせやすい。今よりもさらに自分の影響力が大きくなるだろう。
だが今日までその立場を表明しなかったのも理由があった。いくら自分がグライアンを推したいと考えていても、有力貴族や派閥の大半が第二王子に付けばそれは難しい。
パスカエル・クローベントが後ろ盾になる意味は大きいが、個人の思惑で次期皇帝を決められるものではない。
そこでオウス・ヘクセライが第二王子を次期皇帝に推すと表明した時、これに追従する貴族や派閥がどれほどいるのか、様子を見る事にした。
「グライアン殿下の人気は高くないが、幸い第二王子のテオラール殿下も、大勢から強い支持を集められる様な方ではなかったからね。これだけ時が経っても、私の動向を気にする者が多いのだ。後は動き方次第で、十分皇帝陛下の思惑を崩せるだろう」
もちろんパスカエルも、今の皇帝が第二王子を後継者に指名するつもりでいる事は理解している。その上で、皇帝の思惑とは外れた行動をする事ができる立場であった。
元をたどればクローベント家は、最初に六王直系以外の家から皇帝を輩出した家でもある。今の王族とは、それほど遠くない血縁関係でもあるのだ。そういう意味では、パスカエルはクローベント家の当主としての権威も強く持っていた。
「オウス・ヘクセライが第二王子の後ろ盾になっても、テオラール殿下自身が積極的に多くの派閥を取り組む様な動きはしなかったですしね」
「そこがテオラール殿下の優れたところであり、また為政者として足りないところでもある。必死になって動くグライアン殿下が哀れに思うよ」
「てっきりこのまま、テオラール殿下の次期皇帝指名を見守るものかと思っていました」
「場合によってはそれもあり得たが。しかし私もまだまだやりたい研究が多いのだ。それに……」
近く迫った幻獣の大侵攻。これに対抗するため、パスカエルは杭を多くの魔術師に使うつもりでいた。
だが人が変異する事に対して、強い抵抗を感じる者もいるだろう。グライアンはその辺り気にせず、魔術師たちに杭を使う様に命令を下せるはずだ。
上手くいけば杭を使った事による非難を自分ではなくグライアンに集められるし、そもそもグライアンから依頼されて始めた研究だと言い張る事も可能。パスカエルにとってグライアンは、あらゆる意味で扱いやすい人物であった。
「ああ、それと。リクくんとはくれぐれも会わない様に、念を入れて調整してくれたまえよ」
「はい。……しかし本当に、大精霊の契約者なんてことがあり得るのでしょうか……?」
「そこはまだ結論がでないところだね。だが当のリクくんにそのつもりで動く気がないのは、こちらにとって好都合だ。私はこのまま帝国貴族らしく、彼の土俵の外で動くとするよ」
既に理玖に対しては策を打っていた。いくつかの貴族を動かし、理玖の様な異国の平民は王女の警護に相応しくないという論調を形成し、そのまま追い出そうというものだ。
思惑通りに帝国から出ていけば良し、抵抗されて力の片鱗を見せてくれれば、それはそれで良し。パスカエルとしては、実際にその力を見てみたいと考えていた。




