復讐者リク 右目で睨む大地
群島地帯の港町で一泊し、その間に物資を詰め込む。今や港で得られる利益はシュドさんが一括で管理しており、帝国は多額の停泊料を収めていた。
俺は明日の出発時刻を確認すると、行くところがあると船を後にする。
「どこへ行くの?」
「シュドさんのとこだ」
「シュドさんって……まさか群島地帯の王、シュド!? あまり良い噂を聞かない人だけれど……」
「へぇ? 参考までにどんな噂か教えてくれよ」
ヴィオルガはシュドについて知っている事を話す。数年前に武力蜂起し、群島地帯を長く荒らした張本人である事。気性が荒く、帝国の船に対しては皇国よりも高い停泊料を取る事。魔術師による脅しが通じず、シュド自身に帝国へ歩み寄る姿勢が感じられない等、面白い話が聞けた。
「無頼王シュド。帝国における評判は最悪よ。そんな人の元へ何しに行くのよ?」
「ああ、言ってなかったな。俺はシュド一家に名を連ねているんだ」
「……………………え?」
「前に群島地帯に住んでいた事がある、て話しただろ。六、七年前か。その時から俺はシュド一家に属しているんだよ」
「う……うそ……。それじゃ、あなたの主はシュドっていう事……?」
「主なんて言う程の主従関係でも無いが。あそこはそこまで関係がはっきりしている様な場所じゃねぇよ。……今はどうか知らねぇが」
ヴィオルガは何か言いたげに口をパクパクさせている。帝国の王女が何という様だ。ヴィオルガの立場からすると、帝国との関係が最悪なシュドの元に俺がいるのが、厄介極まりないんだろうけどな。
「それと。シュドさんが帝国に対して辛辣なのも、俺と似た様な理由だ」
「……それって」
「俺はパスカエルが許せないが。シュドさんにとっては帝国そのものが憎いんだろ。そこについては俺からシュドさんに言う事は何もねぇよ」
ある意味で俺とシュドさんは志を同じくする同志だからな。俺は話を切り上げると船を乗り継ぎ、シュドさんの住む島へと向かった。
 
■
 
シュドさんの屋敷へは直ぐにたどり着けた。以前よりも増築されており、行き来する人も数もかなり多い。上手く会えるだろうか、と思ったが、名を告げると直ぐに取り次いでくれた。どうやら事前にシュドさんから言い含められていた様だな。少し待ったが、俺はシュドさんの待つ部屋へと入る事ができた。
「シュドさん。久しぶり」
「おう、リク! ……へっ、しばらく見ねぇうちに随分マシな面する様になったじゃねぇか」
「そう……か?」
昔よりもかなり忙しいだろうに、時間を作ってくれたシュドさんに感謝しつつ、俺はソファに腰かける。
「皇国での用は済んだのか?」
「大体は。まだ残した事もあるが、ある程度区切りがついたんでな」
「そうか。おめぇが元気にやれてんならそれでいい。……で、何か相談か?」
「相談ってほどの事じゃないさ。報告に来たんだ」
「報告?」
俺はシュドさんの目を正面からしっかりと覗き込む。
「いよいよパスカエルの野郎を殺しに。帝国へ渡る」
「…………! おめぇ……でも今、帝国は……」
「渡航規制があるんだろ? 心配ないさ、帝国の伝手を手に入れた。今日、皇国からきた帝国船籍の船を港に入れただろ? あれには帝国の王女が乗っていてな。俺は今、そいつに警護として雇われているんだ」
「なに……?」
「つまり堂々と帝国へ渡れるっていう訳だ。ここまで随分時間がかかったが……。俺は必ず、奴を見つけ出し。この手で殺す」
左目が痛い程の熱を発する。ああ、もうすぐ。俺はこの熱から解放されるのだろうか。
「……俺が直接ぶちのめしたかったが。結局おめぇに頼る事になっちまったな」
「そんな言い方、よしてくれ。俺はシュド一家のリクとして奴を殺しに行くんだ。シュドさんの分もしっかり報いを受けてもらう」
「今の俺は群島地帯を離れる事ができねぇ。やる事もひっきりなしにある。せめて、おめぇの道行きくらいは協力させてくれ」
そう言うとシュドさんはハンドベルを鳴らした。秒で部下が部屋に入ってくる。
「おい。今日皇国から港に入ってきた、帝国籍の船があるだろ。そこにリク宛てで、水と食料を積んでやれ」
「は……? て、帝国の船に、ですか……?」
「そうだ。さっさと行かねぇか!」
「はは、はい!」
部下は慌ててその場を去って行く。どれくらいの量とか全然打ち合わせしていなかったけど、あれで大丈夫なのか……。しかしシュドさんの帝国嫌いは、部下にも知られている様だな。
「ありがとう、シュドさん」
「へっ。シュド一家の幹部が帝国の魔術師を討ちに行こうってんだ。これくらいやらなきゃ恰好がつかねぇだろうが」
「事が成った暁には。また報告に来るよ。その時は……サリアの墓にも顔を出す」
「おう……。リク。暴れてこい」
「ああ」
パスカエルに対して対抗する力を身に付けるため、シュドさんは群島地帯の支配に乗り出した。これまでの苦労を考えると、シュドさんも一緒に帝国へ行きたいだろう。
だがシュドさんにはシュドさんの立場ができてしまった。今や自由に動ける身ではない。帝国へはちくちくとした嫌がらせしかできず、だいぶ腹が煮えくり返っていただろうな。
■
 
次の日。俺は適当な宿に泊まり、船へと戻ってきた。真っ先にヴィオルガが出迎えに出てくる。
「ちょ、ちょっとリク! 無頼王シュドから、あなた宛てに大量の食料と水が送られてきたのだけれど……!?」
「ああ、昨日寄った時にちょっとな。さすがに一人で処理しきれないだろうから、共用の物資として皆で使ってくれ」
ヴィオルガに案内され、昨日運ばれてきた物資の詰め込まれた船倉を覗く。そこには皇国を出た時よりも大量の物資があった。
「水と食料はここで補給していくつもりだったから、助かるのだけれど。いいの……?」
「ああ。俺も帝国まで船に乗せてもらえるしな。気になるんならお前の警護料に上乗せしておいてくれ」
「う……。そういえばあなたの報酬額、まだ決めていなかったわね……」
シュドさんの様子じゃ、帝国人はここで食料を買うにも割り増しされていそうだな。しかしよくこれだけの物資を詰め込んだものだ。俺に対するシュドさんなりのはなむけだ、ありがたく受け取ろう。
「正直に言うわ。私はシゲツ殿ほど高額な報酬は支払えないの」
「……ん? ああ、その話か。まぁ指月の場合は万葉の護衛という、実際の成果に対する報酬だからな。ある意味、事後の成果報酬みたいなものだ。お前の警護に対する報酬はお前が決めればいい」
それが難しいのは分かっているが。指月の支払う報酬額は、俺に対する評価の現れでもある。それだけ皇族が俺を買っているという事を示すものであり、俺に恥をかかせない金額でもある。
ここで帝国の王女が下手に報酬額を安く設定すると、それはそのまま俺への評価を現している様に取られる。例えヴィオルガにそんなつもりはなくても、見方によっては皇族と比べて俺の能力を軽んじている様にも受け取られる。
そんな体面、気にしなくてもいいと思うが、ヴィオルガはこれからも万葉を始め、皇国との付き合いが発生する。それに俺を雇いたいと言い出したのはヴィオルガ自身だ。値段設定は絶妙なラインが求められていると、勝手に感じているのだろう。
「俺も初めから、お前に指月の様に黄金が用意できると思ってねぇよ」
「……む」
「シュドさんからの物資。これも全部で相当な金額だろうけど、その分もお前には難しいだろ?」
「……むむ」
「まぁお前には帝国において、パスカエルを殺す事に目をつぶってもらうんだ。報酬以外にも俺の得られる恩恵はある。その事も差し引いて警護の話を受けたんだ。報酬額なら本当に自由でいい」
「……帝国についたら……ちょっと……時間をちょうだい……」
「ああ」
王族の面子というやつか。難儀だな。だが実際こいつの中では、金で俺の力が買えるのなら安いと思っているはず。ただでさえ今の帝国は、継承者絡みでややこしい話も出てきそうだからな。
オウス・ヘクセライとしては第二王子を推しているが、まだ確定ではない。第一王子の性格次第では、立場を表明したオウス・ヘクセライに何かしかけてくる可能性もある。金で一枚、強い札を用意できるのであれば、ヴィオルガはためらわないだろう。
群島地帯を出て船は真っすぐに西大陸を目指す。その間、船内はとくに何の問題もなく、船旅は順調に進んだ。そしていよいよ、西大陸が俺の視界に入り始める。
(あれが……帝国の治める大地。あの時は西大陸の地を見る事なく、俺は魔境へと足を踏み入れる事になってしまった。だがいよいよだ。ここまで長かった。結果的に俺は大精霊の契約者となり、力を得た。奴への執念で得たこの力を使い。シュドさんの……サリアの無念ものせて。必ず奴を殺す)
俺は唯一残った右目で、狂うほど強い眼差しで西大陸の地を睨みつけた。
ご覧いただきまして誠にありがとうございます!
次話から四章の始まりとなります。
明日もお昼前後に投稿できるかと思いますので、引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします!




