幻獣の大侵攻 明かされる真実
皇都に戻り二日後。俺は万葉の呼ぶ気配を察知し、万葉の元へと転位した。おそらく要件は俺への報酬の件だろう。万葉には落ち着いたら呼ぶ様に前もって話していた。
跳んだ先は初めて万葉に呼ばれた部屋と同じ場所。という事は御所の離れか。部屋には万葉と指月の他、ヴィオルガもいた。
「ほ、本当に跳んできた……」
「やぁ。今回も万葉の身を護ってくれたそうだね。兄として礼を言うよ」
「……改めまして、理玖様。先日はありがとうございました」
ヴィオルガがいる理由は……俺の帝国行きの件が関わっているな。万葉の護衛の雇い主としては、俺からヴィオルガを交えて直接話を聞いておきたいといったところか。
「仕事だからな。前から言っているだろ、気にするな」
「だが今回は万葉も負傷したと聞く。それも救ってくれたのだろう? 君にはいくら感謝してもたりないな」
「そこは誠意を見せてくれればそれでいい」
万葉の左腕の話か。あれは事前に保険をかけていなければ危なかったな。
指月は俺の言うところの誠意を示すため、以前と同じ木箱を俺の前に置く。中身はやはり、前回と同じく黄金だった。ヴィオルガが引きつった笑みを浮かべている。
「前回同様、およそ五千万朱の価値がある。受け取ってくれ」
「ああ」
俺はそれをスッとその場から消す。ある程度の大きさの物であれば、魔境にある静寂の間に作成した領域に送る事ができる。出し入れは自由だが、作成した領域にも大きさがあるため、無限とはいかない。
「あなた、この間もいつの間にか剣を持っていたわね……」
「俺の特技の一つだ、気にするな。……で、何でお前までいるんだ?」
「……私が、お願いしました」
「万葉が?」
てっきり指月かと思ったが。
「理玖様。ヴィオルガ姉様にも、これから先の件でご協力いただけるのではないかと思いまして」
「……ああ、そういう話か」
ヴィオルガは何の事だか分かっていない様子だが、指月は気づいている。事前に万葉に相談を持ちかけられたのだろう。
要するにこれから先、皇国と帝国が直面する試練……幻獣の大量発生について情報を共有しておきたいと考えたのだ。
七年後に迫った幻獣の大量発生。この詳細は情報源も含めて皇護三家にも伝わっていない。それなのにヴィオルガに話したいと考えたのは、ヴィオルガが帝国の王女だからか。それとも万葉から見て、そこまで信じるに値する人物だと判断したからか。
「何の話?」
「まぁ……そうだな。この際だ、もう少し詳細に話しておこうか」
「おや……。ありがたいが、構わないのかい?」
「ああ。どうやら万葉も霊力の扱いについて、相当頑張っているみたいだからな」
この分では五年後と言わず、もっと早く南の幻獣領域に挑戦できるかも知れない。早い分には構わないからな。
「近く迫った災害についてだ。帝国でも数年の間に起こるであろう、幻獣の大量発生には備えているんだろ?」
「……ええ。といっても帝国は皇国よりも領主の権限が大きいの。特に幻獣領域に面している領主には特権も与えられている。一丸となって取り組む、という点では皇国に後れをとっているわね。……恥ずかしい話だけれど」
「その幻獣の大量発生な。起こるのは今から七年後だ」
「……どうしてそうはっきり時期が分かるの? 万葉の未来視?」
万葉はヴィオルガの問いにはっきりといいえ、と答える。
「……確かに幻獣の侵攻により、いくつも皇国の領地が失われる未来は見ましたが。時期までは分かりませんでした」
「時期が分かるのは簡単な話だ。その時期に幻獣を大量発生させられるほど、大地に理力があふれるからだ」
「大地に……理力?」
「そもそも。何故幻獣が百五十年周期で大量発生し、人の生存領域を奪うのか。これは元をたどれば人間側に原因がある」
幻獣の大量発生は自然災害ではなく、人間側に問題のある人災である。この話は三人とも大きく興味を惹かれた様だった。
最も、俺自身は全てが人のせいであるとは考えていないのだが。
「……どういう、事なのでしょう」
「六王が大陸に現れる以前。人間の世界はどうなっていたと思う?」
「確か幻獣に怯え、大陸の隅で隠れる様に暮らしていたのだったね。そこに六王がこの地に現れ、人々を導き幻獣から人の住める領域を勝ち取っていった」
「その後は?」
「人は今よりもっと広く大陸を支配したけれど、およそ四百五十年前に最初の幻獣大量発生が起こったんでしょ? 以降東西両大陸は、じわじわと人の住める領域が幻獣によって削られて今に至るわ」
「理玖殿が言っているのはその前。六王が現れてから最初の幻獣大量発生が起こるまでの事ではないかな?」
「え……?」
この様子だと指月は知っている様だな。ヴィオルガと万葉は得心いっていない様子だが。俺は黙って指月の続きを聞く。
「ご先祖様方のご活躍もあり、人は幻獣の脅威から解放された。その後、人類は栄えたかというとそう単純でもない。今度は六つの国で人同士、争い合ったんだ」
「……国同士で、ですか」
「ああ。二十歳を超えた皇族にしか入れない、古の書庫があってね。私はそこで知ったんだ」
そんな書庫があるのか。しかし皇族にしか伝えられていないとは。負の歴史は伏せておきたいという先人の想いだろうか。
「指月の言う通りだ。六つの国家は争い、とうとう人同士の争いで滅ぶ国も出てきた」
「そんな……」
「四つの国、全てが幻獣によって滅ぼされたと思っていたか? 人は幻獣という共通の脅威がなくなると、今度は自分たちで争い始めた。かつて人類を幻獣という脅威から守るために大精霊は六王と契約を結んだが、自分たちの授けた力を殺し合いに使われて、大精霊はどう感じていたんだろうな?」
「…………」
大昔の話だ、今は皇国も帝国も互いに争う事なくやっていけている。指月達が責任を感じる必要はないと思うが、始祖に連なる血族としてはどうしても考えてしまうか。
「大精霊は自分たちと姿の似た人間がこの世界に生まれた事を祝福していたんだ。だが力を得た人類が互いに争う姿を見て、失望してしまった。幻獣がいたころの方が、人は互いに手を取り合って生きていけていた。多くの大精霊がそう考えた時、ある大精霊が大地と契約をした」
「大地と……?」
「その大精霊は元々、人間よりも幻獣に寄り添っていたんだ。そのため人間によってその数を減らした幻獣の存在に心を痛めていた」
「大精霊様は私たちの味方ではないの……?」
「大精霊というのは、本来はどこにも肩入れをしない。あくまで命を育み、それを見守る存在だ。人や幻獣なんて関係ない。大精霊からすれば、草木の一本まで愛しい存在さ。人間に興味を持っていたのは確かだが、それは自分たちと姿が似ているのと、独自に文明を発展させていく様が面白いと思っていたからだ」
俺は大精霊との会話を思い出しながら話を続ける。
「六王と契約したのもその辺りが理由だな。……続けるぞ。大地と契約した大精霊もまた、人に失望した一人だった。その大精霊は当時、大地に溢れていた理力を用いて大量の幻獣を生み出したんだ」
「まさか……それが……」
「最初の幻獣大量発生だ。その大精霊は今でも大地と契約しており、大地に理力が溜まる時……およそ150年周期で幻獣を大量発生させているのさ」
「……では。今、こうして人の領域が減っていっているのは」
「直接の原因はその大精霊だ。だが事の発端は、幻獣がいなくなった事で人間同士争いを始めた事だ」
「なんという……」
今まで大精霊は自分たちの味方だと考えていた者からすれば、信じたくない話だろう。その力を今も受け継ぐ血族ならなおさらだ。
だがこれが真実。人に力を与えた大精霊は、後になってその事に後悔した。俺から言わせれば、勝手に味方しておいて自分たちの思い通りにならなかったからと失望するなんて、傲慢な奴らだと思うが。
なおこの事は、大精霊の前で直接言った。それが結果として、複数の大精霊と契約を結ぶに至ったのだが。
「で、次に大地に理力が溢れる時期。これが七年後という訳だ。いや、そろそろ六年後かな?」
三人の顔に緊張が走る。みんな俺の話を信じているな。俺が大精霊と契約を結んだ事を察しているからか。
今の話も大精霊から直接聞いたと思っているだろう。半分以上、魔境の壁に埋め込まれていた顔から聞いた話だが。
「で、だ。万葉が話したいのはこの先の事だろ?」
俺の問いに万葉は静かに頷く。
「はい。帝国の王女であるヴィオルガ姉様は信用するに値する方だと。判断いたしました」
「今の話の後に……何があるというの……?」
「この幻獣の大量発生な。そのものを食い止める手段がない訳じゃない」
「え……? あなた、今、なんて……?」
「聞こえなかったか? 過去、そしてこれからも続く幻獣の大量発生、それと同時に起こる大侵攻。この流れ自体を食い止める手段はあるんだ。といっても、簡単な話ではないが」
おそらくこのまま順調にいけば、万葉は十分にその力を身に付ける。その確信が得られた今、手段の具体的な内容を話してもいいだろう。
それにここで縁を結べた帝国の王女、ヴィオルガを巻き込むのも悪い判断ではない。
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