ヴィオルガの提案 理玖の相場
皇都への帰路は俺も同行した。どうせ目的地は同じだし、何もないとは思うが逃げた女魔術師の事もある。おそろくもう数刻もすれば皇都が見えてくるだろう。帝国聖騎士の件は亀泉領の鏡を使って既に皇都に報告済みだった。今頃指月は大忙しだろうな。
俺はというと、失った血を早く取り戻すためしっかり栄養を取り、今は万葉、ヴィオルガと同じ馬車の中にいた。二人の姫と同じ馬車に乗るなんて、今ここにいる皇国人では清香以外にはできない事だろう。俺は気にしないが。
「ごめんなさいね。取り乱しちゃって……」
「まったくだ。お前のせいでずっと雰囲気悪かったからな」
「悪かったわよ……!」
さすがは王族というべきか、ヴィオルガは表面上では先輩の死を引きずっていない様だった。こんな世界だ、近しい者の死なんて多くの奴が経験している。いつまでも自分だけが悲劇の主人公でいる訳にはいかないと、心のどこかで理解しているのだろう。
「……で、何であなたはここにいるのよ? 帝国と皇国の姫がいるこの空間によくも入ってこられたわね……」
「俺は無国籍だからな。相手がどんなお偉いさんでも気を使う必要がないのさ」
「そこは無国籍でも気を使いなさいよ……。……て、え? リクったら無国籍なの?」
「食いつくのそこかよ。……前に下町で男の武人が話していただろ。俺は皇国においては罪人、皇国籍なんてとっくに抜かれている」
「……ふぅん、そう。で、シゲツ様にマヨの護衛として雇われているのよね?」
ヴィオルガの質問に万葉が頷く。
「……はい。指月兄様も理玖様の事はとても信頼なさっています」
「あいつは金払いもいいからな。お互いに良い関係を築けているよ。こういうの、西大陸ではウィンウィンって言うんだったか」
「よく知ってるわね」
「群島地帯に住んでいた事もあるからな」
俺の略歴にヴィオルガは若干あきれた表情を見せる。皇国人や帝国人にとってあの地は通過点であり、好んで住みつく奴はだいたい訳ありだからな。
「もしかしてその時に大精霊様と契約を結んだの?」
「そいつについてはノーコメントだ。というかその辺の核心に迫るところについて、俺から何か話すつもりは一切ない。お前も王族ならそこには気を付けろよ」
自分から公言する気はないし、させるなと圧をこめる。そこはあやふやにしているから良いのであって、公表なんてしてしまえば俺を含めて多くの人間が無関係でいられなくなる。特にヴィオルガや万葉の様な、体制側の者にはなおさらだ。
「そう、ね。気を付けるわ。で、ものは相談なんだけれど」
「あん?」
「リク。あなた、私に雇われない?」
「……ヴィオルガ姉様?」
「ふん……?」
ヴィオルガがどういう考えから今の発言に至ったのかを考える。単純に優れた術者を雇いたいと考えたのか。契約者であると確信した俺との繋がりを作っておきたいと思ったのか。それとも。
(指月が話していたな。帝国では後継者を巡って多くの貴族や派閥が動いていると。こいつはパスカエルとは無関係の派閥……オウス・ヘクセライに属している。そして今回の聖騎士の反逆。裏で糸を引いているのはオウス・ヘクセライが支持を表明していない第一王子と、第一王子と距離が近いパスカエルの可能性が濃厚との事だった)
相手は人を幻獣に変え、実の妹を消しにかかるくらい狂った奴らだ。これからの政争に備えて、一人でも強力な護衛を雇っておきたいといったところか……?
「もちろん万葉の護衛は続けたままで構わないわ。万葉に何かあれば文字通り跳んでいけるのでしょう? それとも私の元へも同じように跳んでこられるのかしら?」
「できなくはない、が。本人の意思とは関係なく、窮地に駆け付ける事ができるのは万葉だけだ」
「なるほど。この間の時みたいに、ね。そういえば時を巻き戻せるのも万葉だけという話だったわよね。あなたの力を万葉にだけ特別に行使できるのは、何か理由があるのかしら?」
「その話、俺を雇うかどうかに関係あるのか?」
「……ごめんなさい。今のは忘れてちょうだい」
探りを入れてきたというよりは、話しながら浮かんだ疑問をそのまま喋ってしまったといったところか。
「俺を雇って何をさせるつもりだ?」
「私の警護よ」
「だが魔術師でもなく霊力を持たない皇国人を、帝国の姫の警護として置くのは現実的ではないだろう。お前が良くても周りが納得しないはずだ」
「そうね。だから表向きはあくまで剣士として雇うわ。あなた、並の術士であれば素手でも勝てるくらいに強いのでしょう?」
清香から何か聞いたか。あいつもおしゃべりだな。おそらく年の近い同性と、俺の術についての秘密が共有できたのが嬉しかったんだろう。そう納得していると、ヴィオルガが演劇の女優の様な口調で話し始める。
「皇国に渡った私の目に入ったのは、霊力を持たない男が皇国の姫の護衛を務めている事実だった。気になった私は、何故その様な者を護衛につけているの? と聞いた。すると皇族と近衛がそろって言ったのよ。あの男は霊力を持ちませんが、その実力は近衛に迫るものがあり、術士でも太刀打ちできないのだと。そんな訳がない、と私は言ったわ。でも実際、その男の実力を見た私は考えを改めた。そして私もそんな護衛が欲しいと思ったけれど、帝国にはその様な人物はいない。そこで半ば強引に雇い、帝国に連れて来た。……こんな筋書きを考えているのだけれど」
「悪目立ちしそうだな……」
「帝国貴族は珍しいモノを他家の貴族に見せつけるのが好き、という人が多いの。術士に勝る只の剣士なんてとても珍しいもの。私が皇国から連れ帰っても、王女がみんなに自慢するために連れて来た皇国人として認識するくらいよ」
「目立ってんじゃねぇか、それ」
「それに使節団に付いて来た聖騎士や魔術師の多くは裏切り者だったのよ。帰り道に不安を覚えた王女が、現地で見つけた強力な護衛を連れ帰るのはそれほど不自然な事ではないわ」
早い話、やはり帝国内における自分の護衛が欲しいのだろう。確かに残った聖騎士や魔術師をそのまま信用するのは難しいからな。
他にも狙いはあるだろうが、この話は俺にとって渡りに船でもある。何故なら話を受ければ、堂々と正面から帝国に乗り込めるからだ。
「……ヴィオルガ姉様。理玖様には私の護衛以外にも多くの仕事を引き受けていただいております。その……」
「万葉、安心して。何もあなたから理玖を取り上げようって言う訳じゃないわ。言った通り、万葉の護衛は続けてもらって結構だし、何かあれば万葉の呼び出しにはいつでも応えてもらって構わない」
雇用条件としては悪くないだろう。何より俺に利益が大きい。
「お前も万葉も薄々気付いているようだから言っておくが。俺は万葉の安全を最優先にしている。例えお前が危険な目にあっている最中であっても、万葉の窮地を優先する。それは構わないのか?」
「何か事情があるんでしょう? そこは何の問題もないわ」
「……もう一つ。俺には必ず殺すと決めている奴が一人いる」
「あなたにそう思われるなんて。ついていないわね、その人物も」
「そいつは帝国人。名はパスカエルだ」
「……え」
こいつの前でこの事を話すのは賭けだ。だが指月から聞いた話も考えると、分の悪い賭けという訳でもない。
「パスカエルって、あのパスカエル・クローベント?」
「多分な。俺はあいつを殺すために生きてきた。この力もその過程で身に付けたものだ。帝国に行けば俺は奴を殺すために動く」
「……なるほど」
これはヴィオルガとパスカエルの距離を測るための発言でもある。組織と個人の思惑が外れている事なんて、そう珍しい事でもない。
ここでパスカエルを庇う様な素振りを見せれば、俺はこいつに対する態度を変える必要がある。場合によっては将来の敵になる可能性もある。
「いいわ、帝国内におけるあなたの行動には目をつぶりましょう。でもパスカエルは西国魔術協会の長であり、帝国においては上級貴族であり、天才魔術師でもある。私が連れ帰った護衛がそんな人物を殺したとなれば、その責は私にも及ぶでしょう。あなたの仕業と気取られずに動ける事が見逃す条件よ」
「いいのか? 帝国では一角の人物だろう? 王族としてそんな奴が殺されるのを見過ごすというのか?」
「あなたのパスカエルへの憎悪。レイハルトが幻獣化した現象と関係があるのでしょう?」
大型幻獣が元の男に戻った時、俺はヴィオルガの前でパスカエルと幻獣化との関係について質問していた。この辺りの事は予想がつく、か。
「元々あいつは怪しい研究を進めている事で有名なのよ」
「人間を進化させるとか、そんな感じのやつだったか」
「ええ。証拠はないけれど、裏で犯罪組織と繋がっており、人に言えない様な実験をしてきているとも噂されている。あなたが何故パスカエルを殺すと決めているのか知らないけれど、きっとその報いを受ける時が巡ってきたのでしょうね」
その通りだ。あれから6年。もうすぐ7年になる。あの日の事は一日たりとも忘れた事はない。今も疼く左目が、忘れる事を許してくれない。
「でもそういう事なら私の提案、あなたにとっては渡りに船じゃない。帝国は今、入国制限を設けているし。そう簡単に入れないもの」
「ああ、まぁな」
ちっ。気づいたか。
「なら私に雇われなさいよ。あなたも目的を果たせる、私も安全が買える。でも帝国に連れていってあげるんだから、パスカエル暗殺は絶対気付かれない様にやってよね」
この話ぶりなら、こいつにとってパスカエルはいなくなっても構わない奴の様だな。むしろ嫌悪している節もある。
王女の護衛として堂々と帝国に乗り込み、暗殺まで見逃してもらえる。その代わりやるなら、ばれない様にやれ、か。これは特に難しい話ではないし、俺としてもそこまで言ってくれるヴィオルガに迷惑をかけるのは本意ではない。
「いいぜ、お前に雇われてやる。ただし万葉の護衛が最優先だ」
「ふふ。契約成立、ね」
ヴィオルガが差し出す手を握り返す。
「ところであなたの相場はいくらくらいなのかしら?」
ヴィオルガは万葉に視線を向ける。万葉は淡々と答えた。
「……以前に私をお護り下さった時、指月兄様はおよそ5000万朱の価値はある黄金を払いました。帝国で言うと500万から650万エルクくらいでしょうか」
「…………す、少しお安くしてくれないかしら?」
同じ王族でも指月とヴィオルガでは、宮中に対する影響力に差がありそうだな……。
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